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第十九話 チーフの選択

 人はそいつをゴブリンチーフと呼んだ。


 たしかにふつうのゴブリンとは見た目からして違う。

 一般ゴブリンが身長百五十センチほどなのに対し、三メーターを超えるどっしりとした巨体だ。

 顔つきもいかめしく、腕も丸太のように太い。

 そして気配は(じゃく)として、山のように重たい。


 町民の恐れようは並ならぬものだった。


「あたしも本で読んだだけで、見るのははじめてなんだけどね……」


 アンはツバを飲み込み、言った。


「ゴブリンの中でも、真に料理を極めた者だけが成長してゴブリンチーフになるんだって」


 それのなにが恐ろしいんだ?


「あまりに料理がおいしすぎて、いちどチーフの料理を食べたらもう二度とふつうの食事じゃ満足できない舌になっちゃうそうよ」


 なんだそりゃ。食わなきゃいいだけだろ。


「なに言ってんのよ! おいしいものタダで食べられるのよ! 食べなきゃ損じゃない!」


 うーん……たしかに!


「ウガー(しかし驚いたな……)」


 ゴブリンチーフはあごを指でさすり、まじまじと周囲を見渡し言った。


「ウガー(人間と会話ができると聞いて飛んできたが、まさか本当だとは)」


 どうやらこいつは仲間のゴブリンに呼び出されて来たらしい。

 様子からして、これまでの経緯も聞かされているようだ。


「ウガー(みんな、集まってくれ)」


 チーフはゴブリンたちにそう言って、自分のそばに集まらせた。

 そして、


「ウガー(まずは謝罪しよう)」


「ギギッ!(ええっ!? 謝るんですか!?)」


「ウガー(ああ。聞けば、我々の勝手な解釈で、個人のご家庭に大変なご迷惑をかけていたそうじゃないか。わたしも若いころはよく街に行って料理をした。共有財産だと勝手に思い込んでな)」


「ギー!(で、でも……あいつらみんなで食ってよろこんでたし……)」


「ウガー(いいから謝るんだ!)」


「ギギー!(うっ……はい)」


 チーフはおれたちの方に向き直った。ゴブリンたちも同様にし、


「ウガー(申し訳ない)」


「ギギー!(すみませんでした!)」


 深々と頭を下げた。

 ……なんか、モンスターのくせにすごいマトモだぞ!

 やたら勝負したがる人間なんかよりよっぽどしっかりしてらあ!


 それに対して、


『いまさら謝って済むかー! 人ン家の食料めちゃくちゃにしやがって!』


『そうだそうだー! 賠償(ばいしょう)しろー!』


「ウガー(言葉もない。この通りだ)」


『いいから金で払えよー! 謝ったって一文にもならねえんだよー!』


『死んで詫びろー!』


 うわあ、下手(したて)に出た途端すげえ上からになりやがった!

 見た目だけで言やぁどう見たってゴブリンどもの方がケダモノなのに、こうなるとこっちがモンスターだぞ。


 そんな騒乱の中、


「あんたたち落ち着きなさいよ!」


 アンがあいだに入り、叫ぶように言った。


「そんな騒いだってしょうがないでしょ! そりゃいままでのこと考えたら対価を求めるのは当然かもしれないけど、相手はモンスターなのよ! お金なんてあるわけないじゃない!」


『それじゃどうしようってんだ!』


「料理勝負よ!」


『な、なんだって!?』


「あたしたちは人間よ! 人間には誇り高い決着方法、料理勝負があるわ!」


『ふざけんな! ゴブリンチーフに勝てる人間なんてこの世にいねえよ!』


「いいえ、ここにいるわ!」


 そう言ってアンのやろう、おれをご指名しやがった!


「お、おれかよ!」


「そうよ! ショーンズ・キッチンのオーナー親子を倒したあんたならきっと勝てるわ!」


『おい、マジかよ! ショーンズ・キッチンのクロッコオーナーっつったら、あっちじゃ随一(ずいいち)のプロだぜ!』


『息子のシロッコもとんでもねえ腕だって話だぜ! そういや負けたって聞いたけど、まさかこの少年が倒したってのか!?』


『おいおい、やれんじゃねえか!?』


 街のヤツらは目の色輝かせてやんややんや言いやがった。

 おいおい、冗談だろ? おれは姉さんの手伝いしてただけのド素人だぜ?


「ウガー(すまない、料理勝負というものがなんなのか、聞かせてもらっていいかな?)」


 チーフは怪訝そうに訊いた。

 そういやこいつらゴブリンは料理勝負を知らねえのか。


「えっとね、料理勝負っていうのは——」


 アンは手短に説明した。

 するとチーフはすぐに飲み込み、


「ウガー(なるほど……つまりは賭け勝負ということだね。ふうむ……)」


 と考え込んだ。


「どうすんのよ。あたしら人間はそれでケリがつくわよ」


 とアンは()かすように言った。しかし、


「ギギー!(おい姉ちゃん、チーフはきっと受けないぜ!)」


「なんでよ」


「ギー!(チーフは料理をおもちゃにしたり、賭け事とかするのが大嫌いなんだ!)」


「えー、そうなの!?」


「ギー!(ああ、見てな! いまにノーと言うからよ!)」


 とゴブリンは言い放った。

 だが、


「ウガー(おもしろい、やってみようか)」


「ギギッ!?(ええっ!?)」


「ウガー(賭けの内容は、わたしが勝ったらこれまでの罪を不問にし、今後一年間、この街の料理を指揮する。そのかわり負けたら労働によって罪をつぐなう。これでどうだろう)」


「いいわよ! それで決定!」


 アンは即答した。

 おいおい、いいのかよ。おめえの街じゃねえんだぞ。


「それじゃ、ジャッジカモーン!」


 アンがそう叫ぶと、突如白い稲妻が落ち、荘厳な服装のハゲ親父——ジャッジが現れた。


「久しぶりだなコトナリ少年! そしてアン少女!」


「おひさー!」


 アンのヤツずいぶんな軽口だな。一応相手は料理の神様だぜ?


「さて、今回はどのような勝負をするのだ?」


「うん、そこのゴブリンチーフと————」


「なるほど、人間とモンスターの勝負か! おもしろいではないか! それでお題はなんだ!」


「あ、まだ決めてなかった!」


 おいおい、適当だな。

 ジャッジを呼んじまったってことはもう後戻りできねえんだぞ。


「う〜ん、どうしましょ。この場合どっちが決めるのかしら」


 ちゃんと考えてからはじめようぜ〜。料理すんのはおれなんだしよ〜。


 と、おれが呆れていると、


「なあ、おれも参加させてくれないか!?」


 およ? アカトがなんか張り切ってるぞ?


「ウガー(ほう、ふたりと勝負……ということかな?)」


「……おれは食材のこともろくにわからないクズだ。ただ適当に包丁振り回してるだけの、料理人なんて言えねえダメやろうだ。だからあなたと勝負するような資格はないかもしれない……だけど、参加したいんだ! おれも料理がしたいんだ!」


「ウガー(ほう……)」


「おれはゴブリンのテストを受けて、大切ななにかを教わった気がする! まだハッキリとはわからないが、すごく大切ななにかを! それがいま、つかめそうなんだ! だから頼む! おれとも勝負してくれ!」


「ウガー(うむ、いいじゃないか。わたしは君のように熱意ある男が好きだ。ぜひいっしょに料理をしよう)」


「あ、ありがとう!」


「ウガー(ところで……ひとつ料理のお題を思いついたんだが、よろしいかな?)」


 お? いい案があるのか?


「ウガー(“最高の夕食”というのはどうだろう)」


 はあ? お題って、料理の種類じゃねえのかよ。

 ふつうハンバーグだのラーメンだの、そーゆー決め方すんだぜ。

 ジャッジ、どうなんだよ。


「ふむ……おもしろいではないか」


 え、有りなの?


「料理の種類ではなく、テーマに沿って作る。なんとも(おもむき)があってよろしい! 汝ら相違はないか!?」


 う〜ん……別にかまわねえけど……


「あたしもいーわよ!」


「おれもだ!」


「よし! それでは闘技場を準備せよ!」


 こうしておれたちは勝負をすることになった。

 お題は“最高の夕食”。

 制限時間は一時間。

 この街には闘技場がないので、近くの広場に簡易オーブンセットを用意し、食材を並べた。


 ゴブリンチーフ、アカト、そしておれの三人が、それぞれ別のキッチン台に待機する。


 そして!


「料理勝負、開始ーーーーッ!」


 ジャッジが巨大な砂時計をひっくり返し、勝負がはじまった。


「よし、行くぜ!」


「ウガー(わたしも食材を選ばせてもらうとしよう)」


 アカトとチーフがまず食材を選びに行った。


「これと、これ、あとこれだ!」


「ウガー(うむ、いいダイコンだ。すばらしい食材ばかりじゃないか)」


 どうやらふたりは作るものが決まっているらしい。

 選択に迷いがない。

 頭の中に材料がインプットされているんだろう。


 ああ、おれかい? おれは動かねえよ。

 だってなに作ればいいかぜんぜんわかんねーもん。

 なんだよ最高の夕食って。バカじゃねえの?


「まずは下ごしらえだ!」


 おっ、アカトのやろうずいぶん気合い入ってんじゃねえか。

 いったいなにを作るんだ?


「まずは肉に塩、コショウをまぶし、よく揉み込む! そしてフライパンをよく熱し、バターをひいて両面を焼き焦がす!」


 おお! うまそうなステーキだ!

 つーか分厚(ぶあつ)すぎんだろ! 四、五センチくらいはあるぞ!


「側面も軽く焦がし、火から上げる!」


「ウガー(ほう、レアにしてもかなり生焼けだな……)」


「まだだ! こいつをオーブンに入れ、香草とタマネギのみじん切りを乗せて……火を消す!」


「ウガー(なるほど! 余熱のみであたためるわけか!)」


「ああそうさ! だからおれは肉汁が逃げないよう、表面を焦がしたんだ!」


「ウガー(いやはや、なかなかおもしろいじゃないか。これはたのしみだ)」


 ほー? チーフとやらはずいぶん余裕じゃねえか。

 勝負ってより、料理をたのしんでるみてえだ。

 あれかな? 絶対に勝つと思って余裕なんか?


「さあ、おれはしばらく見てるだけだ! 次はあなたのわざを見せてもらおう!」


「ウガー(ああ、と言ってもあまり自慢するようなことはないがね)」


 そう言ってチーフは小鍋に水を入れ、湯を沸かした。


「ウガー(たしかパンやライスは用意してもらえるんだったね?)」


「うむ! すでに用意してある! 特別こだわりがあるなら(みずか)ら作るがよい!」


 とジャッジが答えた。すると、


「ウガー(いや、あればいいんだ。むしろこだわらない方がいい)」


 なんだそれ? パンとか米とか、こだわった方がいいに決まってんじゃねーか。

 まさかわざとまずくしようってのか?


「ウガー(ふつうのでいいんだ。ふつうので)」


 チーフはダイコンを輪切りにし、それをさらに細切りにした。

 そして絹ごし豆腐を手のひらに乗せ、サイコロ状に切っていく。


 それらを小鍋に入れ、乾燥ワカメを水で戻し、それも入れた。

 さらにはネギを輪切りに切っていく。


 おい……これってもしかして……


「ウガー(ははは、ちょっと具材が贅沢すぎたなか? わたしは欲張りだからなあ)」


 トントントンと小気味よい音とともにネギが刻まれ、ほどよい量ができたところで、


「ウガー(さて、鍋を火から上げて……)」


 そこに、味噌を溶いた。


 やっぱそうだ! あれ味噌汁じゃねえか!


 最高の夕食で味噌汁!? この大勝負でただの味噌汁!?


 しかもそれだけじゃねえ!


「えっ!? それ入れちゃうの!?」


 アンが大声を出すほど驚くものがサラサラと入った。


 なんとそれは「うま味調味料」!


「ウガー(ああ、おいしいからね。これを使うとダシを取る必要もないし、簡単でいいんだ)」


「だけどあんたいいの!? アカトはあんな豪華なお肉用意してたのよ! せめてもっとこだわって作ったらどうなの!?」


「ウガー(いいや、十分こだわってるさ)」


 はあ〜? なにがどうこだわってるっつーんだ?

 ならもっとダシを選ぶとか、すげえわざを使うとか、いろいろあるじゃん。

 どう見ても手抜き料理だろ。


「ギギー!(ち、チーフ! 言いにくいんですが、おれももう少し凝った方がいいかと……)」


「ウガー(はあ、どうしてだい?)」


「ギー!(あの人間の言う通り、これではあまりに質素です! ただのご家庭味噌汁じゃないですか!)」


「ウガー(ははは、君もまだまだ青いな)」


「ギギー!(……)」


「ウガー(わたしはね、彼がこの勝負に参加すると聞いて、このお題を選んだんだ。なぜだと思う?)」


「ギギー!(わ、わかりません……)」


「ウガー(彼ならわかってくれるからさ)」


「ギー!?(そ、それはどういうことでしょうか!?)」


「ウガー(正直、この料理はかなりの大ばくちさ。たぶんほとんどの料理に負けてしまうだろう。だけど、わたしは賭けたんだ。彼が本物の料理人であることにね)」


 そう言ってチーフはアカトをちらりと見た。

 一瞬だが、ふたりの視線が交差する。


 それを見てゴブリンが、


「ギギッ!(はっ……! も、もしかして……そういうことですか! ですがしかし……人間ごときにチーフの心がわかるでしょうか!)」


「ウガー(もしわかってもらえないようなら、わたしの目が節穴だったってことさ。そのときは勝負する価値もなかったとあきらめよう)」


「ギギギー!(ち、チーフ……!)」


 ……こいつらなに言ってんだ?

 賭けがどーだの、心がどーだの、さっぱり意味わかんねえ。


 あーもうなんだっていいや! おれもさっさと作ろう! どーせおれの勝ちは決まってんだ!

 みなさんせいぜいがんばっておくんなせえ!

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