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第一話 キンタマ

 冬が——終わろうとしている。


 春は芽吹(めぶき)の季節だ。

 それまで土の中で眠っていた草花が続々と顔を出し、梅、桜と、たくさんの命が太陽の輝きに応えるよう列を成して花開く。


 生き物もそうだ。

 朝に遊ぶスズメたちも心なしかよろこびにはずんで見え、蝶や羽虫が待ちわびたとばかりに飛び回る。


 そしておれたち人間も熱を帯びる。


「うおおー! 春だぜー!」


 昼休み、おれは校庭の鉄棒に登り、空へ向かって叫んだ。

 別に地上で叫んでもおなじことだが、どういうわけか気分が上がると高いところに登りたくなる。


「おい琴鳴(コトナリ)! 危ないぜ!」


 背後から友人が言った。


「鉄棒なんか乗って、足を滑らせでもしたらどうする! キンタマ打つぞ!」


「大丈夫さ! ちゃんと支柱をつかんでるから!」


 おれの友人はみな心配性だ。

 おれがいつも危なっかしいことや、わけのわからないことをすると言って、やたらと止めてくる。

 見てわからないのかね。こうしていれば落ちないんだぜ。


「しかし琴鳴、おまえ本当に高校行かないのか?」


 友人は鉄棒に腕をもたれかけ、不満げに言った。


「いまからでもなんとかなるんじゃないか? みんなと西高行こうぜ」


「やだね。おれは一日でも早く料理を学びたいんだ」


「そんなに急ぐことかな……」


 友人はため息混じりに遠くを眺めた。

 おれが高校に行かず料理の専門学校に通うことが気に入らないらしい。


 たしかに高校は出た方がいい。

 高卒と中卒では将来が違ってくる。


 でもおれには時間がないんだ。

 なにせ姉さんが嫁に行ってしまう。


 我が家はいつも姉さんが料理を作っていた。

 その腕前は一流レストランと並ぶほどで、おかげでおれは超グルメの食いしん坊になってしまった。


 もうふつうの食事じゃ満足できない。

 チェーン店なんか食えたもんじゃないし、そこらの弁当はゴミ以下だ。


 母さんには任せられない。

 そもそも姉さんが料理をはじめたのは母さんのメシがまずいからで、そうすると日々の食事をだれが作るかってことになる。


 まさかプロの料理人を雇うわけにはいかない。

 うちはお世辞にも金持ちとは言えない。


 だからおれが作ることにした。

 それなら共働きの両親に負担をかけることもないし、おれも食いたいものが好きに食えるようになる。

 一石二鳥だ。


「おーい、琴鳴ー! そんなところ登って危ないぞー!」


 校舎の方から別の友人が声を上げた。


「もし落っこちでもしたらキンタマ打っちまうぞー!」


「大丈夫だよー!」

 おれは首だけ振り返り、叫び返した。

「ちゃんとつかまってるからー! ほらー!」


「でも道路を見てみろよー! そこで道路工事やってるだろー! あのドカタのおっちゃん、地面をドルルルルッてやる機械持ってるぜー! あれやったら振動で足が滑るぞー!」


 ほーん、言われてみりゃ危ないかもな。

 でも大丈夫さ。ちゃんと落ちないよう支えてるから。


「おい、米賀(コメガ)ー! そんなとこ登るなー!」


 おっと、先生まで注意しにきやがった。


「もし滑って落ちたら大変だぞー! キンタマ打ったらどうするつもりだー!」


「大丈夫でーす! ちゃんとつかまってまーす!」


「でもおまえ、地面がドルルルルッてなるぞー! それに花粉が飛んでるから、くしゃみしたらバランス崩すぞー!」


「だから大丈夫って言って——」


 うっ! 花粉が!


「ふぇっ、ふぇっ……」


「琴鳴!」


「米賀ー!」


「へーっくし!」


 やばい! 鼻水が! ティッシュティッシュ!


「おい、手を離すな!」


「えっ? あっ!」


「道路工事がはじまったぞー!」


 ドルルルルルルル!


「あっ!」


 ツルンっ!


「琴鳴ー!」


「あーーーーーー!」


キンタマ「キーーーーーーン!」


「ウギャアアアアアーーーーーーッ!」


道路工事「ドルルルルルルルル!」


キンタマ「キンキンキンキンキンキンキンキン!」


「ホアアアアアーーーーッ!」


「琴鳴ーーッ!」


「米賀ーーッ!」


「あっ、大変だ! 琴鳴の方に暴走トラックがーーッ!」


「逃げろーーッ!」


 キキーッ!


「わあああああーーーー!」


 ——ガッシャーーーーン!




 ………………ハッ!


「こ、ここは……」


 おれはわけのわからないところで寝ていた。

 地面は雲で、景色は一面の青空。

 太陽が浮かんでいるが、不思議とまぶしさが痛くない。


「気がついた〜?」


「えっ?」


 おれは背後から向けられた女の声に振り返った。

 するとそこには超ナイスバディのセクシー美女が、宗教画に出てくるような白い(ころも)を着て覗き込んでいた。


「あ、あんたは? ここは?」


「あたしは神様〜。ここは天界〜」


 へっ、神様!? 天界!?


「ってことはおれ……もしかして死んだの?」


「……ぷぷぷ」


「へ?」


「あははは! あははははははは!」


 な、なんだこいつ? 腹抱えて笑ってやがる。


「あーおっかしい! あははははは! あははははははは!」


「な、なに笑ってんだよ……」


「ごめんなさい! だっておもしろすぎるんだもの! あははははははーー!」


 なにがおもしろいってんだ?


「だってほら! あなたの死因こんなにおもしろいのよ! ほらー!」


 神様とやらがそう言うと、突如目の前にでっかいテレビモニターが現れた。

 そして、


 ——キーーーーーーン!


 ——ウギャアアアアアーーーーーーッ!


「あっ、これは!」


 そこに映されたのは校庭での惨劇だった。


「どう、思い出したー?」


 ……思い出した。

 そうだ、おれは死んだんだ。

 不幸にもキンタマを打って、暴走したトラックに()かれて……


「ねー! 傑作でしょー! あたしめっちゃ笑っちゃったー!」


 わ、笑うなよ……


「何万年も人間見てきたけど、こんなおもしろい死に方はじめてよー! あははははは!」


 ひ、ひでえ……


「ここなんど見ても笑えるわーー! キーンって打ちつけて、キンタマ潰れちゃってすっごい声出して、おもしろーー!」


 うっ……!


「しかも重機の振動で潰れたキンタマがぐちゃぐちゃになって、あーおっかしい!」


 うげえ!


「ねえねえ、これ透視図! ほら! ミックスジュースみたいになってる!」


「や、やめろー!」


「あら、キンタマ押さえてどうしたの?」


「痛い! 見てるだけで痛い!」


「え〜? ここでは痛覚なんてないのよ〜? それにもうカタキンなくなってるし、痛いわけないじゃないの〜」


「そういう問題じゃない! 痛いからやめてくれ!」


「ふ〜ん?」ニマ〜〜。


 な、なんだよ……そんなニタニタして、ナイショ話するみたいな手で耳元に近づいて、


「ミックスジュ〜〜ス」


「わあああ!」


「あははははは! おもしろーい!」


 な、なんてやろうだ! 神様だかなんだか知らねえが性格悪すぎだぞ!


「あはははは! ごめんごめん、ちょっとからかいすぎちゃった。こんなおもしろいことひさしぶりで」


 なんなんだこいつは。つーかなにが目的なんだ。

 人間は死んだら輪廻転生(りんねてんせい)とか、天国地獄に行くとかじゃねーのかよ。


「そうそう、よく知ってるじゃない。仏教徒は輪廻転生することになってるわ。あんたんちには仏壇(ぶつだん)あるから、ホントはそーなる予定」


 ホントはそーなる予定?


「なんだけどね、今回特別にサービスしてあげようと思って」


「サービス?」


「いやさ、あんたの死に方あんまりにも悲惨でしょ。いくらなんでもかわいそうなレベルよ。それに笑わせてもらったし、特別に生き返らせてあげようと思って」


「ホントか!?」


「ええ。ただし別の世界にね」


 どういうこと?


「なんてゆーか、死んだ人間をおなじ世界によみがえらせるといろいろ問題あるのよ。でも別の世界ならシステム的になんとかなるの」


 ふーん、よくわかんないけどいろいろあんだな。


「どうする? ほかの人みたいにまた地球でランダムに生まれる? 記憶なくなっちゃうけど」


 う〜ん……せっかくだし別の世界っての気になるなぁ。


「だよね〜! そんなわけで、あんたが転生する世界をピックアップしました!」


 ほう!


「酸素濃度二十一パーセント前後で、気圧、重力も同等、一日が約二十四時間で、現代の地球人が適応できる文明レベルに発達してる世界が三つあります!」


 ほほう!


「ひとつめ! ドチャクソハーレム世界!」


 おほう!


「男子の出生率が(いちじる)しく低く、女はなぜか美女ばかり! 男に生まれただけでどんな不細工でも超モテモテ! 毎日精力抜群の食事を与えられ、種付けするだけで遊んで暮らせるドスケベの夢の世界!」


 おひょー!


「ふたつめ! 剣と魔法の不思議な世界!」


 ほー!


「魔物を狩ってハンター生活! なぜかゲームみたいなパラメーターが付与されて、防御が高いと槍で突かれても火だるまになっても傷ひとつつかない超次元! しかもあんたは偶然にもレベル一の時点で全ステータスが最高レベル! 細身で並の体格なのに、片手で巨岩を持ち上げて、魔法もババっとぶっ放して、女にもモテちゃう!」


 んほー!


「そして三つめはグルメ世界!」


 おお!


「文明レベルはちょっと低いけど、料理だけはいっちょ前に発展した食いしん坊の世界!」


「そこだ!」


「え?」


「おれ、そこに決めた!」


「……えーっと、マジ?」


「あたぼうよ! おれはグルメに目がないんだ!」


「でも別にあんたこの世界に行っても特別じゃないわよ? ハーレムの方がいいんじゃない?」


「いいや、グルメだ! 食いもんがうまい方がいい!」


「なら剣と魔法の世界にしとけば? あっちもそこそこ料理のレベル高いし、男して生きがいもあるし、女にも困らないわよ? あんた性欲ないの?」


「へっ、神様わかってねえな」


「はあ?」


「そーゆーのは運命の人とするもんだ。女がわらわら集まってくるとかそんなのおかしいぜ」


「でもグルメ世界に行っても結婚できるとは限らないわよ? 一生独身彼女なしかもよ?」


「大丈夫だろ。だってみんな結婚して子供産んでるぜ。だからおれも生まれたんじゃねえか。むしろ結婚しねえ方がおかしいだろ」(なお、筆者は三十四歳“こどおじ”である)


「ホントにいいの? エロエロよ?」


「いいぜ! やってくれ!」


「……ま、いーけど。それじゃ死ぬ直前の体で復活させてあげる。えいっ!」


 ——ドックン。


「おっ?」


 なんか体に実感が()いたぞ。

 心臓の鼓動を感じる。


「どう? 肉体の感触は。傷とか虫歯とかも特別に治しといてあげたわ」


 そいつはありがてえ!


「あと翻訳(ほんやく)の魔法も付与してあげる。“翻訳”って叫べばだれとでも言葉が通じるようになるわ」


 わお! サイコーじゃん!


「それとこれもあげる」


 なんだこれ? 半月状のひらひらした白い布だけど……


「これは“どこでもポケット”って言って、無限にものが入るポケットよ。体ひとつで異世界に行くんじゃ荷物が大変でしょ。特別よ」


 へー! すげえ便利!

 だけどどっかで聞いたような名前だな。大丈夫か?


「それじゃ転送するわよ! ほいほいの、ほい!」


 おっ! 体が浮かび上がる! 半透明になっていく! どんどん空へ昇っていく!


「第二の人生がんばってねー!」


「ありがとー!」


「おいしいものいっぱい食べてねー!」



「おうよー!」


「……あーっ!」


「えっ? なに?」


「ごめーん! キンタマ治すの忘れたー!」


「ええーーっ!?」


「でもほらー! 傷は治ってるからー!」


「ちょっとーー!」


「片っぽあればだいじょーぶー!」


「だいじょーぶじゃなーい!」


「じゃーねー! 元気でねー!」


「ちょっとー! ちょっとーー!」

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