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五人目の子供

 エルヴィスが生まれて六年が経った。その間にエミリアが失踪したり、長女のエルミーナが生まれたり、レオンの父が殉死したり、次男エドガーが生まれたり、エミリアが戻ってきたと思えば祖父が亡くなったり、レオンとエミリアが結婚したり、レオンの父の隠し子がエクスタード家に受け入れられ、彼女の教育係としてフローラがエクスタード家へ出向いたり……

 そして、サンレーム地方と言うレクト王国最東の地方に魔物の襲撃があった。これは、後に『ゼグウスの魔女』と呼ばれる隣国ゼグウス王妃の仕組んだ事だと判明する。


 更に停戦状態だったゼグウス王国より和平の打診があった。エドリックもその和平交渉へ参加したが交渉は決裂。戦となり、レクトが勝利を収めたものの、和平へ向けた話になった際にゼグウスはとんでもない賠償金の支払いを要望してくる。丁寧に、百年前の戦争での損害に対する利息も付けてきたのだろう。

 そんな中で秘密裏に、ゼグウス王妃よりエドリックに当てた手紙が届いた。エドリックにゼグウスへ来て欲しいと言う内容である。エドリックがゼグウスへ行けばとんでもない額の賠償金は白紙にするという事だ。

 それに先立ち、エドリックは予知夢を見ていた。それは、王都が数えきれないほど多くの魔物に襲われる夢。ゼグウスの王妃が何らかの力で魔物を操る事が出来るのはわかっている。だから、これは脅迫のようなものだった。

 エドリックが行かねば、魔物はすぐにレクトにやってくるかもしれない。だが、王都が魔物に襲われる予知夢を見ている以上……ゼグウスへ行っても王都は魔物に襲われる。何がきっかけになるかは定かではない。だが、ゼグウスへ行けば時間を稼ぐことはできるだろう。

 それをフローラに話せば、フローラは嫌だと泣いて縋った。だが、こればかりは彼女の涙をもってしてでも揺るがない。フローラは四人目の子を身籠ったばかりで悪阻もあり体調もすぐれないようだったが、この涙が原因で子が流れる事にならなくて良かったとエドリックは思う。


「嫌です……! どうして、エドリック様が行かねばならないのですか!? どうしても行くと言うのなら、私も連れて行ってください!」

「フローラ……それはできないよ。君や子供たちを危険には巻き込めない。私が王都を離れるのと同時に、君は子供たちを連れてレフィーンへ戻るんだ」

「嫌だと申しております……。エドリック様は以前約束して下さいました、ずっとそばに居ると……」

「もちろん、心はずっと君の側にいる。大丈夫、心配するな」

「ですが、ですが……!」

「泣かないでくれ、フローラ」


 一旦彼女にゼグウスへ行くと伝え、そしてフローラには子供を連れレフィーンへ行くように言った。だが彼女は納得しないで泣いたまま。少し時間を置き彼女を落ち着かせてから再度ゼグウスへ行くと言ったが、彼女はやはり嫌だと言った。

 だが、それでもエドリックはゼグウスへと発つことになる。フローラをレフィーンへ行かせる事も、これは『命令』だとそう言って。


「フローラが納得していてもしなくても、数日以内に出発する。だからフローラ、どうか笑顔で送って欲しい。君と離れる前、最後に見る顔が怒った顔や泣き顔になるのは嫌だよ」

「エドリック様……」


 これが今生の別れではない。今までだって、遠征の度に不安がるフローラを宥めてきた。フローラは泣きながら、エドリックの胸に顔を埋める。

 四人目の子を身籠ったばかりで、精神的にも不安定だったのだろうが……それでも、行かねばならない。彼女の涙が落ち着くまで……エドリックはフローラの背を撫でる。

 行きたくはない。だが、行かねばならない。それがエドリックの『使命』なのだと……この時はそう、思っていたのだ。


 数日後、エドリックはレクトを後にする。フローラはグランマージ家の玄関でエドリックを笑顔で送ってくれた。最後にフローラを抱きしめ口づけて、子供達全員を抱きしめて……『行ってくるね』と、そう言って馬車に乗り込んだ。




「グランマージ家エドリック卿……。よく来てくださいましたね」


 ゼグウスへ着いたのは夜中だったため城下の宿で一泊し、翌日の朝城へ出向いた。エドリックをこの場に呼び寄せた王妃が、エドリックにそう告げる。

 ……王妃は十年ほど前までは王の愛妾であったが、当時の王妃を毒殺すると自分が王妃の座に就いた。それはこの城の中で内通者がいるものの、それ以外の者は誰一人として知らない事実。エドリックは先般の戦で捕虜にした大臣の記憶を読みその事を知っていたが、何も知らない振りをした。

 王妃になったのは二十二、三の頃で彼女はエドリックよりも少し年上のはずだが……まだ十代後半のうら若き乙女に見えた。『少女を誘拐し、その血肉を食らって若返りの秘術としている』なんて噂が立つのもおかしくはない若々しさ。そして、フローラには敵わないが美しい女性だと……そう、思った。


(……心が読めない、だと?)


 エドリックは王妃と対面して真っ先に彼女の心を読もうとしたのだが……読めない。周囲の雑音を遮断していた気を緩めても、王妃の声は入って来ない。おかしいと、そう感じた。

 エドリックが過去や心を読めない相手は、これで二人目……一人目は、祖父だ。祖父にはエルフの神であるガリレードの力が及んでいるからそのせいだと思っていた。

 だが、目の前の女性からはなぜ何も読めない? 心の読めない相手と戦わなくてはいけないのは初めての事で、冷や汗をかいた。


「……お招き預かりまして光栄です、王妃殿下。して、私は何のために呼ばれたのか……お教えいただけますか」

「お前たち、部屋の外へ出ていなさい」

「しかし、王妃殿下……」

「問題ありません。でていなさい」

「はっ、かしこまりました」


 本題に入る前に、王妃は側に居た侍女や兵を全て追い出し人払いをした。人に聞かれるとまずい話と、そう言う事なのだろう。

 兵が王妃を心配した気持ちも最もだが、エドリックはこの王妃をこの場で殺そうと言う事は考えていない。自分を呼び出したその理由は明らかにしなければいけないし、王妃を殺害しようものなら即戦争になってしまうだろう。それは避けなくてはいけない。


「私が何を考えているのか……それを知りたいけれど心が読めない事を不思議に思っていますね」

「えぇ、その通りです。私は人の心や過去が読める。だが、あなたからは何も読めない。こんな事は私の祖父以来です」

「あなたの祖父、エルヴィス・グランマージ伯と私は似たような物という事ですわ。神の力を与えられている。エドリック卿、あなたのその力も神の力の一部のはず」

「……よくご存じで。私のこの力は、エルフの神ガリレードの祝福によるもの。祖父はガリレード本人から、魔法を扱う力を賜っている。王妃殿下、あなたはどの神の祝福を?」


 この大陸を守護する神は……神の座を追放された人間の神・サタンを除き十二いる。どの神が与えた祝福なのかは、なんとなく想像はついていた。


「その前に、私の話をしましょう。私はこの王都の西側に土地を持つ公爵家の娘として生まれました。サタンが封印されている、古の森も領土です。私が十七歳になってしばらく経った頃、私は森で魔物に襲われ……命を落とすところでしたが、封印されていたサタンの力によって生きながらえた……」

「……あなたに祝福を与えたのは、サタンと言う訳ですか」

「えぇ、そうです。サタンは無から動植物を生み出す力を与えられていた……魔物は、そんなサタンが生み出した彼の民達。ですから、私は魔物達を操る事が出来る」

「そう言う訳でしたか」


 思った通りだった。他の神が魔物を操るような力を持つわけがないと、そう思っていたのだ。人間がどうやって魔物を操っているのか疑問だったが、サタンの力であれば納得もいく。

 人間の王として神に選ばれたゼグウス王国初代国王であるサタンは人間達には良き君主であったが、大陸に住む他種族に対してはそうではなかった。彼らの土地へ侵略し、土地や財宝を……命を奪い、他種族の者には冷酷な独裁者に映っていた事だろう。

 サタンは他の種族を侵した事で神々の怒りを買い、神を追放された後は息子である二代目ゼグウス国王主導もと人間達の手で処刑された……神話によると彼は『いつか必ず復活する』と言い残して死に、その魂はエルフの神・ガリレードによって『古の森』の奥深くに封印されていると言う。

 そして、今の話でなぜ自分が呼ばれたのか……エドリックは察した。


「私がエドリック卿、貴公を呼び出した理由は三つ。一つは表向きの理由……我が国の兵にも魔法の事を教えて頂きたい」

「……敵国の武力増強に協力しろと?」

「これから和平を行えば、敵ではないでしょう? 和平に異論はないという事は覚えておいて頂きたいわ」

「わかりました。後の二つは?」

「二つ目は、古の森へ行きサタンの封印を解いて欲しい。封印は解けかけてはいますが、ガリレードの魂が邪魔をして完全には解けていない……」

「私に祝福を与えたガリレードを……神を、殺せと言うのですか」

「そう。あの封印はグランマージ家の……ガリレードの魔力を持つ者しか解く事はできないとそう踏んでいます。その上、貴公はグランマージ家の中でも特別に魔力が高いと聞く。貴公にならできるでしょう?」


 思った通りだ。ガリレードの施した封印なら、恐らくは自分であれば解くことはできるだろう。だが、サタンを復活させるわけにはいかないと、エドリックは王妃を見つめる瞳に強い意志を込めた。

 そしてもう一つ……その理由だけは見当がついていなかった。王妃の問いへは返事をせず、口を開く。


「……三つ目を聞こう」

「サタンの封印を解いた後、エドリック卿……私はあなたの子が欲しい」

「な……」

「女の身体では、サタンが復活するのには不都合なのは想像できるでしょう? ガリレードの力を持つ子を、次なるサタンの器にしたい」

「……サタンの封印を解くのも、私のたねを与えるのも、断ると言ったら」

「貴公の妻子を魔物に襲わせるまで。そうね、生きたまま腹を引き裂いて……」

「やめろ」


 目の前の女は美しい少女の姿をした化け物だと……エドリックの背筋が凍る。この場で彼女を殺すわけにはいかない。だが、サタンの封印を解くわけにもいかない。

 仮にその封印を解いて、そうすればエドリックの子が欲しいなんて……ガリレードの魔力を持って生まれたサタンの申し子など、この世に産み落とせばどうなる事か。

 エドリックはハッとする。夢の中で預言者……ガリレードが言っていたのはこの事かと。『五人の子を授かるが、五人目の子は大きな災いを抱えて生まれる事になる』と……だからガリレードは五人目の子はすぐに殺せとそう言った。五人目の子はフローラとの子ではない。

 五人目の子は人類への復讐を目論む、魔物達の王となるサタンの申し子だ。


 エドリックは、常に取捨選択を強いられてきた。予知夢を見せられ、時に冷酷な選択もしてきた。それは、きっとこの日のためだった。何があっても正しい選択をできるよう、それが冷酷な判断を下す事になっても……

 だから本来ならばエドリックは、ここで妻子を見捨てると言う冷酷な判断をしなければいけなかったのだろう。そうすればガリレードを殺しサタンの封印を解く事も、五人目の子をもうける事も無かった。

 だが、エドリックは非情には成り切れない。あんなにも愛した女性を、大切な子供たちを魔物に食わせるなど……そんな選択はできるはずがない。今すぐレクトに戻って家族の側に行く事が出来れば何があっても、例え自分が死んでも家族の身は守れると言うのに。

 自分が国に戻るよりも前に、レクト王都は魔物達に襲われる。距離が遠い。守れない。家族を、最愛のフローラと子供たちを守るためには……彼女の願いを聞き入れるしかない。


「……わかった。サタンの封印は解く。胤もやる。だから私の家族には手を出すな」

「ふふ、人間とは……守る者がいると弱くなる。貴公もそうであって助かるわ」

「……一つだけ。私は、妻を愛してる。胤はやってもいいが、妻以外の女性と交わるつもりはない」

「胤さえもらえれば構わない。あとはこちらで植え付ける」


『では早速、サタンの封印を解いてもらいましょう』と……エドリックは今や悪魔と呼ばれるサタンが封印される『古の森』へ向かう。この森にも魔力の大樹が植えられ、エルフが住むと言われているが……エドリックが古の森へ足を踏み入れた時、魔力は微塵にも感じ取れなかった。

 恐らくは既に大樹は伐採され、エルフも魔物達に殺されているのだろう。鳥や虫、狼や狐など森に住む動物達の気配すらもなく……殺伐としていたと、そう表現するのが恐らく適切だっただろう。

 森の奥深くに、古びた碑。この碑がサタンを封じていると、エドリックの魔力がそれを感じ取った。既に魔力は随分と薄くなっているが、それでも十分に強力な魔力だった。


「ガリレード……」


 碑に手を添えると、エドリックの魔力が碑に込められていた魔力と共鳴する。夢の中に度々現れた預言者、ガリレードの声が頭の中に響いた。その声と、頭の中で会話をする。


「ついにここまで来たか」

「なぜ、私の手を汚させる? 魔物が王都を襲う……あんな夢さえ見せなければ、私はここには来なかっただろう」

「それもまた運命。五人目の子の事も、理解しただろう」

「あぁ」

「昔忠告した通りだ。生まれたらすぐに殺せ。それが儂の望み。エドリックよ、赤子を殺すなど勿論気持ちの良い事ではない。だがこの大陸のため、冷酷になってくれ」

「……わかった」

「さぁ、儂を殺すがいい。お前の力なら、この碑を破壊する事も出来よう。最後に一つ、お前に儂の力をやろう。時の魔術師と、そう言われる所以となる時を移動する力……。自由に過去と未来を行き来するが良い。だが過去には干渉するな。未来を変えれば、その歪みが世界を崩壊させてしまうかもしれない」

「……私に、ただの人間にそんな力を与えてしまって良いのかい? 私が世界を滅ぼしてしまうかもしれないよ?」

「お前の事を信じているからこそだ。……さぁ、殺れ」


 エドリックは新しい力がその身に宿ったのを感じた後……右手に魔力を込める。王妃曰く、どんなに強力な力を持つ魔物の手で壊そうとしてもこの碑は壊れなかったそうだ。

 並みの魔法では、この碑の持つ魔力には敵わない。エドリックは珍しく魔導書を持ち、その魔導書からの魔力も利用し呪文の詠唱を始める。

 触れた物を内側から破壊させる力を持つ、強力すぎる禁術だった。呪文の詠唱を終えれば、碑はミシミシと言う音を立てた後粉々に崩れ落ちる……

 禍々しい念が辺りを漂うが、同行していた王妃はその念を身体に受け止め感動していた。


「あぁ、力が漲る……」

「……約束だ。私の家族に手出しはするな」

「勿論、その約束は守りましょう。ただし、もう一つの……貴公の子種も忘れずにね」

「……あぁ」

「本当に女は必要ないのです? 私はサタンに救われた日のまま、十七歳の若さと美貌を保っています。誰もが私のこの美貌を羨望していますわ。それに、貴公の妻によく似た女性を用意する事だって……」

「必要ない、何度も言わせるな」


 エドリックはそう言いながら王妃を睨みつける。王妃はクスクスと笑った。全くいけ好かない女だと……エドリックはそう思いながら、今後の事を考えた。

 今、警備のいないこの場所で彼女を暗殺してはどうだろうか。そうすれば、サタンの力は彼女に宿ったまま消え失せる。だが、仮にも彼女は一国の王妃。エドリックと共に出かけ、彼女が死んでエドリックも戻らねば真っ先に自分が疑われる。

 芝居を打って、王妃は族に攫われたことにしゼグウスへ戻る……いや、そうすれば王妃を守れなかった自分が処刑されてしまうだろう。死ぬわけにはいかない。フローラと子供たちを泣かせてしまう。

 であれば彼女とゼグウスへ戻るより他ない。そうすればエドリックの子種を使い、彼女が妊娠し子を産むのはもう確定事項。生まれる子には罪はないが、ガリレードが言ったように生まれたらすぐに殺さねばならないだろう。

 殺さねば自分が将来子に首を刎ねられると、過去にガリレードは言っていた。それは一旦良いとして、生まれた直後に殺さねば殺す機会は無い。

 だが殺せるか……。生物学的には自分の子と言うのは置いておいて、相手は赤ん坊。自分だって子供が三人いる。四人目の子も妻の腹に宿っている。赤子の可愛らしさ、尊さは知っている……例え自分の子だと言え愛はなくとも、何の罪もない赤子を本当に殺せるか。冷酷になれるだろうか。

 赤子を殺したその手でフローラを、子供たちを抱きしめていいのか。


「すまないフローラ、君が出産する前には迎えに行けそうにない。いや、そもそも迎えにいけないかもしれない……」


 エドリックは左手の薬指に嵌められた、フローラと揃いで作った指輪に手を添えて呟く。それは夫婦の愛を永遠の物とする証。赤子を殺して、それでもフローラは愛してくれるだろうか。

 歯を食いしばる。どうすればいいのか、何が正解なのか。エドリックにはわからなかった。



 エドリックはゼグウスの城に一室を与えられ、魔術師育成の指南役として丁重にもてなされていた。日中は魔術師を志望した数名の兵へ魔法を教えている。夜は部屋の中であれば自由に過ごせていた。

 エドリックは毎月一度、フローラに手紙を書く。勿論中身は検閲されているから、内容としては無難な内容に過ぎない。フローラからも、月に一度返事が届く。早く会いたい、早く抱きしめて欲しい、早く迎えに来てください。その言葉を何度見ただろうか……

 レクトまでならなんとか使い魔を飛ばす事はできるが、流石にレフィーンまでは使い魔を飛ばす事は出来ない。

 フローラは当初レフィーンへ行くのを渋っていたようだが、エドリックがレクトを出てしばらく経ってようやくレフィーンへ向かってくれた。ただし、父・エルバートの意向もありエルヴィスだけはレクトに残っているようだ。

 エルヴィスと離れるのも嫌だと言うのも、フローラがレフィーン行きを渋った理由であったが、確かにグランマージ家の跡取りであるエルヴィスをレフィーンへ連れて行くわけにはいかなかったのだろう。

 家族旅行ならともかく……だ。


 エドリックが王妃へ子種を渡してすぐ、王妃は妊娠した。無から生物を生み出す事の出来るサタンの神の力をもってすれば、生命の神秘を操る事くらい造作もないのだろう。

 王妃が妊娠したと聞いても、エドリックは王妃の腹の子に対して何の感情も持たなかった。確かに遺伝子的には自分の子なのだろうが……やはり子供と言うのは、愛し合う男女の元に宿るべきだと……そう、改めて思ったのだ。

 王妃の子はゼグウス王の子として、ゼグウスの王子として生まれる。王は酒を飲めばすぐに記憶を無くすとのことだ。王妃が裸で寝ていれば、昨晩酔いながらも情事があったのだとそう思い込むと王妃は笑って言っていた。

 そのうちに和平の条約が結ばれ、ゼグウス国王の前妻の子であり王太子のルイス王子とレクト王国のアントニア王女の結婚が決まる。

 王女は結婚式の前日ゼグウスに到着するはずだったが、夜になっても到着しなかった。エドリックは王女を捜索すべく使い魔を飛ばすが発見には至らない。

 翌朝早くに『王女が行方不明』と言う手紙を書いて、使い魔に持たせレクトへ送る……その手紙には、妹・エミリアにだけ感じられるであろう魔力を込めておいた。

 自らの罪を……サタンの封印を解いた事、王妃が妊娠している事……流石に、その父親が自分だとは言えなかったが……それと、エドリックがレクトを発つ間に見た魔物が王都を襲う夢。それは王妃が子を産んだ後に起こるであろうこと。レクトの王都だけではなく、大陸中全土で魔物が暴れまわるだろうこと。

 魔物達の王である、サタンの復活を喜ぶ彼の民たちが宴を開く。神話にも記されている通りになると……

 そのためエドリックは王妃と交渉しレフィーンからは魔物を徐々に引かせていっていること、レオン夫妻の子も年が明ける頃にはレフィーンへ逃がすべきだと言うことも……

 結局王女は予定よりも遅れて到着したのだが……見知ったエドリックの顔を見て笑顔を見せたのも束の間、すぐに挙式となりエドリックは自分達の結婚式も慌ただしかったことを思い出した。


 それから何もできぬまま季節が過ぎ、年も明けた。そろそろフローラもいつ出産してもおかしくない頃だろうと思う。自分の子を腹に抱えた王妃のお腹も随分大きくなっているように見えた。

 フローラから手紙が届いて、いつものように近況報告と合わせ『早く会いたい』と『愛しています』と書いてあった。

 エドリックはそれに対して返事を書く。


『フローラ、まだ君を迎えに行けなくてごめんね。レフィーンは雪があまり降らないと聞いていたけど、そうは言っても寒いだろうし風邪は引いていないかい?

 この手紙が届く頃には、もう子供は生まれているのかな。出産に間に合わなくてごめんね。

 多分、来月か……再来月には、君を迎えに行けるよ。早く君と子供たちに会いたい。愛してる。早く君と子供たちをこの腕一杯に抱きしめたい』


 フローラからの返事はいつもきっちり一月後に届く。ゼグウスとレフィーンでは手紙のやりとりにも二週間ほどかかる。だからいつも、手紙を書くのは一月に一度の頻度なのだが……珍しくフローラからの返事が一月後に来なかった。

 もしかしたら子供が生まれてそれどころではないのかもしれない。エドリックはそう思いながらも、フローラから手紙が届くのを心待ちにしていたのだが……

 手紙が届かぬまま、魔物達の宴が始まった。そう、王妃の出産。生まれた子供はサタンを宿している。王の誕生に沸き立つ魔物達……魔物達の王が生まれたゼグウス王国ですら、魔物達に襲われた。多くの人間が死んだ。

 エドリックも民間人を守るために、前線に出て魔物を屠るため魔法を使いそして……

 王妃は出産と同時に亡くなった。彼女はサタンの魂をその身に宿す事で生きながらえていたわけだが、王子の誕生と同時にサタンの魂は王子に乗り移った。命を保っていたサタンの魂が抜けた事で、王妃の身体はただの肉の塊と化したのだ。

 そんな事は誰も知らない。よくある出産時の母体死亡で片付けられた。哀れだと……エドリックはそう思う。

 そして生まれた男児と言えば、エドリックの髪色に若干似ていたかもしれない。エルヴィスの赤ん坊の頃にそっくりの顔をしていた。直前までその子を殺す気でいたと言うのに……その顔を見て、躊躇った。


(……なぜ、赤子を殺せる……? なぜ私にそれができると、そう思ったんだ? ガリレード……!!)


 最愛の息子・エルヴィスの赤ん坊の頃にそっくりの赤子を殺せるわけがない。それに愛は無くても、自分の息子には変わりない。何より、まだ生まれ落ちたばかりの穢れを知らぬ赤子なのだ。

 少し魔法を使えば、一瞬で終わるだろう。だが、できる訳がなく……エドリックは逃げた。

 王子の誕生から三日後に執り行われた王妃の葬儀。それが終わるまでは自分の心変わりを待ったが……王子の顔を見るたび、殺せるわけがないとその気持ちが強くなる。

 まだ魔物達が暴れ回る中、周囲の反対も押し切りエドリックはゼグウスの城を出た。そしてレクトへと向かう。だが、王都にどの面を下げて帰ればいい?

 レフィーンへ、フローラと子供たちを迎えに行けるはずがない。自分が不甲斐なくて、情けなくて……暫く一人になりたいと、そう思った。

 レクトの領内に入っても、どこでも魔物達が暴れ回っていた。事前にレクトにこの事を『予知夢』として伝え各地防壁の準備をするよう呼び掛けては貰っていたが……小さな村などは、そこまで手が回らないところも多い。

 そんな村を見るたびに申し訳なくなり、周囲一帯の魔物を退治しては名前も名乗らずお礼の金品を受け取る事もせず立ち去った。後に『英雄』やら『救世主』やら言われていた事を知るが、そんな事は今のエドリックには知る由もなかった。

 エドリックが向かったのはグランマージ家の領地……グラムの森。人間の世界と距離を置き、一人になるのはもってこいの場所。

 エルフの王であるガリレードを、神を殺めたエドリックをエルフ達が受け入れてくれるかは不安だったが、エルフ達は王の意思を尊重しエドリックをエルフの里で迎え入れてくれる。


 ……どれくらい、エルフの里で過ごしたか……そろそろ一度人里に出て、レクトのグランマージ家宛てに『フローラと子供たちを迎えに行ってやって欲しい』と手紙を出そうかと、そう思っていた頃だった。


「エドリック、人間が森に入ってきた」


 エルフの一人がそう伝える。エドリックはちょうど紙と筆を用意したところだったのだが……わかったと言って腰を上げる。

 人間が迷って森の中へ入ってくることは稀にある。だが、人ひとり迷い込んだくらいでわざわざエドリックに声を掛けては来ない。わざわざエドリックを呼んだという事は、一人二人ではないという事だろう。

 何か目的があってこの森へ来たのであれば、その目的を確認しなくてはいけない。もしもエルフ目当ての輩なら、全力で追い返すまで。人間同士話してくれた方が、エルフにも都合が良いのだ。

 エドリックは馬に跨り、エルフの里を出る。人間は東の方から入ってきたと言う事で、エルフの里を出て東へ。


 ……暫く馬を歩かせれば、前方から複数の人間の気配。むこうも馬に乗っているようだ。騎士か? と、そう思えば……もしかしたら彼が、自分を探しにここまでやってきたのかもしれないと……そう考えるのは短絡的な思考ではなかっただろう。


「人間が森に侵入してきたと言う報せがあったから出向いてみれば……レオン、どうして君がこんなところに」

「エド……やはり、ここだったのか」


 そう、森へ侵入してきた人間はレオンと他に数名の騎士。彼の従者であるアレクの姿もある。エドリックはレオンに向かって言った。


「私を探しに来たのであれば、私は戻るつもりはない。こんなところまで来てもらって悪いが、引き取って欲しい」


 そう、戻るつもりはない。少なくとも、今は……

脚注:冒頭で色々な事を飛ばしましたが、エミリア失踪からゼグウスの王妃からエドリックへ手紙が来るくだりまでは「カルテット・サーガ」本編を第4章までお読みいただければと思います。

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― 新着の感想 ―
5人目がそう言う意味だったとは……。 これは致し方ないのかも知れません。普通は殺せないですよ。 本編の方も気になっていますので、こちら読み終えてから拝読したいと思います!
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