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0回目-8-

バレリー・ライオネル④

 シャドウストーンと話を終え、残りの仕事を片付けて、部屋に戻った瞬間だった。異変があった。

 兵士達が、僕を待ち構えていたのだ。いずれも魔法部隊の精鋭で、シリウスの護衛達だった。


「まさか君が裏切っていたとは。とても悲しい」


 奥にいたシリウスが立ち上がる。

 まさか、今日の今日でなぜ密談がばれるんだ。

 

「……誤解です。何が起こっているのか、僕には全然、分からない」


 兵士達と睨み合いながら、逃げ道を探した。反論の余地はあるか。ないならば、命だけは確保しなくては。扉の外に人の気配がする。

 ならば窓からだ。窓から逃げる。


 足に力を込めた瞬間、窓に黒い魔法が纏わり付き、歌うような楽しげな声が、響いた。


「あら? 逃げてはだめよバレリー。お父様たちと同じね、悪い人はみんなそうなんだわ。罪に向き合わなくてはね?」


 背に、冷たい汗が伝った。シリウスの隣に、セラフィナが微笑んで立っていることに、今やっと気がつく。シリウスが彼女の肩を抱いた。


「セラフィナが、シャドウストーン家と君の悪行を知らせてくれたよ。どうする、今殺すかい」


 いいえ、とセラフィナはにこりと白い歯を見せた。


「お父様とお兄様たちは殺してしまったんだもの。バレリー・ライオネルから裏切りの理由を聞かないとなりませんわ」



 ◇◆◇


 

 魔力を封じる手錠をかけられ、僕は地下牢へと入れられる。

 

 もう数週間、この場で過ごしていた。

 甘い話に乗った僕がいけなかったのか。復讐を果たせず処刑されるのか。どこかでセラフィナの逆鱗に触れ、多くの人間と同じように、排除されるのだろうか。


 だが、諦めてはいない。僕は生きている。セラフィナが命じ、処刑させた人間の多くは、裁判さえなく即日執行された。まだ生きているということは、必ずチャンスは巡ってくるはずだ。

 

 冷たい牢の石に体を横たえる。

 セラフィナが、シャドウストーンを裏切った。それはなぜだ。夫であるシリウス・フェニクスへの忠誠のつもりか。

 だとしたら、そもそも僕に声をかける前に、彼に話せばいい。考えても分からない。


 牢の奥に、ぼんやりとした明かりが見えたのはそんなときだ。見回りの兵ではない。足音は軽快だった。


 床に座り、待つと現れたのはセラフィナ・セント・シャドウストーンだった。


「僕を処刑しに来たのか」


 セラフィナは愉しそうに笑った。


「違うわお馬鹿さん。だから捕まっているんだわ。目的を達成できなくて、残念ね?」


「お前が密告したんだろう」


「ごめんね? だってわたしの悲願を達成するためには、あなたの願いが叶ってはいけないんだもの」


「なぜ家族さえも裏切ったんだ」


 彼女があえて僕らを集め、あの密談を他の人間に聞かせていたのだろうことは想像できた。だから失敗した。


「――家族? ああ、あの人たちのことね。家族じゃないわ、あんな人たち。

 わたし、小さい頃あの人たちに虐待されていたの。魔法を得る前よ。みじめで悲しくて、消えてしまいたかった。

 ねえバレリー、あなたもそうでしょう? 家族と言えるのは、お母様だけ。この魔法は、お母様なの。わたしの望みを、なんだって叶えてくれるんだもの」


「じゃあさっさと僕を殺せばいい。僕なんて、君にとっては家族を刺すための剣でしかなかったんだろう」


 彼女は、首を横に振る。


「だめね、全然だめ。まったくもって勘違いしているわ。あの人たちへ復讐することが、わたしにとってなんの価値になるって言うの? あなたを捕まえたのは、お父様たちに復讐したかったからじゃない。その先の景色が見たいからよ」


 まるでまだ、目的が達成されていないかのような口調だ。


「最近よく考えるのは、アーヴェル・フェニクスになんて、出会わなければ良かったということばかり。あの人は、わたしのすべてを変えてしまったんだもの。嫌いだわ。すごくすごく、いや」


 なぜそこで、彼の名が出るんだ。


 だが僕の中に、とうに捨てたはずの熱が疼いた。僕を信頼した、愚かな彼の声が蘇る。彼の死に際の顔が蘇る。彼はいつだって僕の雑念になる。

 僕はあの男が憎かった。善人のまま死んだ彼が、この手で殺せなかった彼が、憎かった。

 君もそうなのだろうか。セラフィナ、君も――

 

「――アーヴェル・フェニクスが憎いか」


「憎いわ。とてもとても、憎い」


 セラフィナは、両手をもじもじと、まるで恥じらうように組んだ。それが彼女の派手な見た目とは恐ろしいほどのギャップを生む。


「だけどね、同時に、愛しているの。心の底から、愛しているのよ。弱くて強い、可哀想でかわいい、何よりも大切なわたしの初恋。もう一度、彼に会いたいの。そうしてやり直すの。わたしたちはまた出会って、またわたしは彼に救われて、またわたしたち、恋に落ちるんだわ」


 彼女が何を言っているのか、少しも理解ができなかった。この女は、本当に頭がおかしいのだろうか。しかしその目は正常者のそれであり、しっかりと僕を見据えていた。


「わたし、今からあなたに過去を用意するわ。そこでまた、復讐をやり直せばいい。フェニクス家を滅ぼせばいいわ」


 彼女は閉じた両手を再び開き、その間に常軌を逸した質量の魔力を溜め始めた。

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― 新着の感想 ―
あれはアンタの仕業か…と言葉が出るほどに綺麗な循環
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