0回目-7-
バレリー・ライオネル③
それから数年で、僕の周囲は驚くほどに変わっていった。
僕は昇進し、宮廷魔法使いでありながら、シリウスの側近になった。ショウ・フェニクスを差し出したことが、シリウスにいたく気に入られた要因だ。
ようやくここまで来た。
僕を疑う人間はいなかった。だが一方で、焦りもあった。
シリウスとは嫌というほど顔を合わせるが、未だドロゴに会う機会は巡ってきていない。いや、会うことは会うのだが、大抵、護衛達が側にいて、話せたとしても、殺すには至らない。母に誓った復讐を果たすためには、北壁の兄弟だけでは足りなかった。
僕は没頭していた。だから、城の廊下でセラフィナとすれ違っても、挨拶が遅れてしまった。目ざとい彼女が、そんな狼藉を見逃すはずもない。
「バレリー、お元気? 挨拶もないなんて寂しいじゃないの」
「大変申し訳ございませんセラフィナ様」
頭を下げ、答えると、彼女は背筋が凍り付くほど冷酷な目をして微笑んだ。
「また悪巧みでないといいけれど」
ショウ・フェニクスの処刑後、彼女はシリウスと結婚した。
シリウスの妻でありながら、ドロゴとも関係している。シリウスはそれを知りながらも、彼女を罵ることはない。理解のできない関係だ。
貴族は彼女について議論する時、二分されていた。反吐が出ると吐き捨てる者、彼女に魅了され信者に成り下がる者。
僕はどちらでもない。だが積極的に関わりたくないのも事実だった。
瞬く間に、彼女は変わった。幼虫が蛹になり、毒蛾へと姿を変えるように、か弱い少女は、冷徹に、冷酷に、残虐な女に、なっていた。
もしかすると、かつては本当に純真な少女だったのかもしれない。北壁の兄弟の続けざまの死で、頭がおかしくなったのかもしれない。だとしたら僕にも一因はあり、哀れだとも思うが、だからといって、同情はできない。
彼女の逆鱗に触れて、処刑された人間は多い。それどころか、人事や戦略さえも、彼女の意向で操作されているのではないかと噂があった。
この国はもはや、セラフィナに支配されている。
まごうことなく彼女は悪女、それもかなり凶悪な女だった。
目的を遂げる前に、彼女に睨まれてはならない。一礼をして立ち去ろうとしたが、彼女は僕の服の袖を掴んだ。
「わたし、あなたに用があるの。付いてきてくださらない?」
良い用事でないことは明らかだったが、断る余地などなかった。
彼女に付いていくと、通されたのは城の一室だ。入った瞬間、背後に回ったセラフィナによって扉が閉められる。薄暗い部屋の中には、三人の男が、座っていた。
「お父様。バレリー・ライオネルを連れて参りましたわ」
嫌な予感は的中した。部屋の中には、現シャドウストーン家当主ロゼッタ、その長男クルーエル、次男ジェイドが勢揃いしていた。一体何の密談だ。家族の団欒にはとても見えなかった。
僕が口を開く前に、ロゼッタが口元を歪め、言った。
「やあ、バレリー・ライオネル君。忙しいところ悪いね」
「ロゼッタ公、てっきり公国にいらっしゃるとばかり思っていました。クルーエルさんにしても、北部かと」
「まあ座りたまえバレリー・ライオネル」
「僕になんのご用ですか」
座る気はない。背後にセラフィナの気配を感じながらも、僕は直立不動のままだった。
ロゼッタが、薄く笑う。
「では単刀直入に問おう。なぜ君は、ショウ・フェニクスのありもしない罪をでっち上げ、彼を処刑させたのかね」
窓から差し込む日の光が、陰ったように思えた。
「何のお話か分かりかねます。失礼して帰ります」
これ以上ここにいてはならない。踵を返して扉に手をかけた瞬間、セラフィナが魔法を放った。黒い光が炸裂し、扉は固定される。
驚いて彼女を見ると、完璧な笑みを返された。
「セラフィナ様は、無魔法では――」
「我がシャドウストーンに、無魔法など存在してはならない」
は、とジェイドが笑った気配がした。
「随分と偉いんだなバレリー・ライオネル。セント・シャドウストーンがお前にわざわざ話をしているというのに、椅子に座りもしないとは」
クルーエルの声が聞こえた。
「かけたまえ。君にとって、悪い話ではない」
魔法使いが四人いて、手段を選ぼうともしていない。戦って勝てるはずもない。諦めてロゼッタの向かいに腰掛けた。
「僕はショウ・フェニクスに冤罪などかけてはいません」
「もうその話は済んだ。私も北部の兄弟の排斥は望むところであったとも、そこを掘り下げるつもりはない。今は次の話をしているんだ」
ロゼッタの表情は柔らかいものだったが、その目はセラフィナと同様、少しも笑ってはいなかった。
「……今から少し、驚くような話をしよう。君も知ってのとおり、かつて、ユスティティア皇帝家があったんだ。
彼らはフェニクス家に惨殺されたが、そのたった一人の生き残りを、私は秘密裏に匿い、逃した。死体を用意し、彼女の死を、偽装したのだ。彼女が子を産み、捨て、そうして再び接触したのを、我々は知っている」
驚愕の表情を浮かべたことだろう。ロゼッタが僕の顔を見て微笑んだ。
僕と母の二人だけのものだと思っていた秘密は、シャドウストーンにしてみれば秘密でもなんでもなく、単なる手駒のひとつでしかなかったのだ。
母を逃がした話が本当だとしても、忠義や同情によるものではない。情があったとしたら母が浮浪者になっているはずもない。彼らの目的はただ一つ。種が育ち、芽吹いたから、こうして摘み取りにきたのだ。
「知っていたのなら、なぜ今になって僕に接触したのです」
「フェニクス家は権力を得すぎた。そうは思わないかね?」
その言葉で察した。彼は僕と同じ事をしようとしているのだ。
「フェニクス家を滅ぼすおつもりか」
ロゼッタは笑う。
「滅多なことを、城で言うものではない若者よ。だが、陛下とお会いする機会を与えてやろう。三日後の戦略会議だ。シリウス殿下もいらっしゃるぞ、参加者として私が君を推薦すれば、護衛よりも近い場所で二人に会える。そこで君は、君のやるべきことをしたまえ」
「誰かに力が集中しすぎないように、均衡を図っているのか。本来天秤を持つのは、ユスティティアであるというのに。
あなた方はそうやって、ローグとドロゴに手を貸して、ユスティティアも滅ぼしたのか。その裏で、自分たちだけが権力を得るために? まるで蝙蝠だ」
「口が過ぎるぞ庶民風情が!」
ジェイドの怒りを、クルーエルが引き留めた。
「よせジェイド、彼こそが真の皇帝と言っても差し支えない立場にいるんだ」
くすくすと笑うセラフィナの声が聞こえる。
なんなんだ、こいつらは。
なにもかも、こいつらは狂っている。あまりにも不気味だ。まだフェニクス家の方が、理解できた。
だが頭を下げた。
「言い過ぎました。申し訳ありません」
あえて、それに乗ろう。フェニクス家を殺すことができたなら、もう僕は、自分がどうなったって構わない。
「どうか僕に、陛下にお会いする機会を、作っていただけませんか」
誤字報告、本当にありがとうございます。助けられております。
ユスティティアは剣と天秤を持っている正義の女神の名前です。
0回目はあと二話です。




