0回目-6-
バレリー・ライオネル②
兄弟ともどもお人好しだ。自分を殺したいほど憎んでいる相手を、懐に入れるなんて。
だけど、実行するのは今日じゃない。僕の最終目標は、フェニクス家を滅ぼすことだ。ショウを殺し捕まっては、ドロゴとシリウスに辿り着けないことも分かっていた。
数日後に行われた葬儀には、シリウスも参列していた。曇天の下、集まった参列者は誰しも悲しみ、若者の、早すぎる死を悔やんでいた。少なくとも表面上は。
ローグ側だったフェニクス家の親族が葬られている墓の一角に、アーヴェルが埋められるための穴が掘られている。
だが皇子の目線は、墓にも、ショウにも向けられていない。彼の目は、セラフィナ・セント・シャドウストーンに釘付けだった。
なんて分かりやすい男だ。
あるいはそれほどまでに、セラフィナが魅力的な娘だということなのか。アーヴェルもセラフィナを、まるで女神かなにかのように崇めていたが、僕には正直分からない。
不幸ぶって泣いている、よくいる令嬢の一人に見えた。
当の彼女は、隣に自分の婚約者がいるにもかかわらず、骨しか入っていない棺にすがりつき、大泣きをしていた。
「嘘よ――。彼が死ぬなんて……」
ショウ・フェニクスが、セラフィナをどかそうと、肩に手をかける。
「セラフィナ、アーヴェルが埋められない。どいてくれ。弟を、休ませてやってくれ」
悲痛な声に、さらに悲痛な声が重なる。
「幸せになれって、言ってくれた、優しい人だったのに――。嫌よ……こんなの、認めたくない。嫌、こんなの、絶対にいや……!」
なんてことだ。
瞬間、僕は気がついた。
アーヴェルはセラフィナに恋をしたが、セラフィナもまた、そうだった。なんてことだ。なんて――。なんて馬鹿なんだ。互いの幸福を祈る前に、さっさと想いを伝えればよかったのに、善人ぶって浸るから、こうなったんじゃないのか。
それとも誰かを不幸にしてまで手に入れたいほどのものではなかったということか。僕の復讐とは違って。
セラフィナが、無理矢理引き剥がされる。彼女の泣き声に誘発されるように、至る所ですすり泣きが聞こえてきた。ショウ・フェニクスが耐えるように両手の拳を握りしめた。
じわりじわりと、虚しさが広がっていった。
何もないなんて、嘘じゃないか、アーヴェルさん――。
心の中で、彼に語りかけた。
あなたはたくさん持っていた。家族も、泣いてくれる人も、本当はいたんだ。あなたが気づかなかっただけで。
ギリギリと、失った足が痛んだ。彼に掴まれた箇所が熱を持ったように思え、鎮めるためにもう片方の手で押さえた。
最期の頼みを、聞けなくてごめん。許されなくても構わない。僕は僕の、やるべきことを、しなくてはならないんだ。
葬儀の後、護衛に囲まれるシリウスに、慣れない義足を動かし、僕は近づいた。ショウもセラフィナも、悲しみに浸るのに夢中で、こちらに気を配る余裕はない。
「シリウス様。お話したいことがございます」
立ち塞がる護衛達を、シリウスは制する。
「彼は知り合いだ。下がれ。どうしたバレリー、今、話すことなのか」
「こんな場で、お伝えすべきが迷いました。こんなことを言えば、僕はショウ・フェニクス公に殺されるかもしれない。ですが、覚悟の上です。二人だけで話せませんか」
シリウスは、チラリとショウに目を向けた後で、頷く。護衛達をわずか遠ざけた後で、シリウスは言った。
「ショウに殺されるとは何事だ」
「北部に魔導石が埋まっていることはご承知でしょう? ショウ・フェニクス公は、秘密裏に、すでに相当量確保し、備えています」
当然、嘘だ。あのショウ・フェニクスが帝国を裏切るはずがないと、考えれば分かることだ。
だが、シリウスは乗ってくるだろうという確信があった。
「ショウ・フェニクス公は集めた魔導石を国外に密輸し、財産を蓄え、あなたと陛下に成り代わるつもりでいます。今ならまだ間に合う。彼を止められるのは、あなたしかいません、シリウス様。
北部を救い、帝国を救い、セラフィナ・セント・シャドウストーンを、ショウ・フェニクスから救い出すんですよ」
「セラフィナがどうしたんだ」
彼女の名を出した途端、シリウスの目が光る。正常な判断力が戻る前に、僕はたたみかけた。
「彼女はあなたに好意がある。だけどショウ・フェニクス公は彼女を屋敷に半ば無理矢理監禁し、自分の側に縛り付けているんです。シャドウストーンへの人質ゆえに……。彼女は逃げたくても逃げられない状況に陥っています」
「本当か」
シリウスの声が低くなる。僕の話を、信じかけている証拠だった。
「はい、今の話はアーヴェルさんが、戦場で話してくれた真実です。従順ぶっていますがショウ・フェニクスの本性は真っ黒ですよ――」
ありもしない話だが、元々シリウスはショウをよく思っていない。未だ盲信者のいるローグの息子に、いつか国が乗っ取られるのではないかと危惧しているのだ。正統な後継者はショウであると、シリウス自身が思っている証拠だった。何かが起これば、皇帝側は容易く北壁のフェニクスを排除するつもりでいた。ショウはそれに気づいているからこそ、ひたすらの護りに徹している。
その均衡を、僕が崩すのだ。
シリウスは、悲しみに暮れるショウを見て、ほんのわずか冷笑した。
「そうか。ならば、彼を正しく裁いてやらないとなるまいな」
ショウ・フェニクスが反逆罪で処刑されたのは、それからすぐのことだった。