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未来の婚約者

 セラフィナが“北壁”のフェニクス家に来てから二年が経とうとしていた頃にもなれば、すっかり馴染み、俺の妹のような存在になっていた。

 ドレスも何着も買ったし、食事にも、旅行にだって連れ出した。その全てに、セラフィナは嬉しそうに目を輝かせた。

 

 一方で俺の体も順当に成長していた。


 魔法の専門の学園に通うように国から命令が来たのは以前と同じだ。

 学園へ通えば少なくとも四年間は通い続けなくてはならない。散々無視を決め込んでいたが、これ以上蹴っ飛ばし続けると家を追い出すぞと兄貴に脅迫されたため、しぶしぶ入学することになった。


 我が国には北部と中央、そして南部の三カ所に国立の魔法専門高等学園があり、そのうちの最も近い北部に俺は通うことにした。

 以前と異なるのは、かつては寮へと入っていたが、それではセラフィナを見張る時間が少なくなってしまうから、家から通うことにしたことだろう。加えて毎日は行かなかった。別に不良というわけではない。

 二度目の勉強であるから当たり前でもあるが成績はよく、成績が良ければ文句を言う連中はいない。毎日通わなくても、問題はなかったのだ。


 学園のことを少しだけ語るとしよう。

 二人ほど気に掛かる人間がいた。


 一人目は、リリィ・キングロードだ。


 俺の一つ上の少女であり、正直言って見た目はかなりいい。金糸のような髪からはいつもいい香りがして、大陸の北の方の血を引いているためか肌はこの国の連中よりも白く透き通っていた。

 俺は世間一般と違いルッキズムには陥っていないものの、迫られて悪い気はしない相手だ。事実、彼女は俺に興味があるようで、何かと絡んでくるのだった。


 今日もそうだ。

 とある悩みを抱え、学園の中庭で昼食を一人寂しく食っていると、どこからかリリィが現れて、授業の話を始めた。既に俺より二年早く入学している彼女は先輩ぶってあれこれ教えたがるのだが、俺は時が戻る前の世界で履修済みであり、いつも適当な相づちに留めていた。


「どうしたのアーヴェル? 今日は元気がないように見えるわ」


 細かなところまで気がつくし、見た目もよく、なにより俺に気がある。恋人としては申し分のない相手だ。

 

 だがしかし、問題はある。 

 実を言うと、ただならぬ縁のある相手だった――まだ起こってもいない未来において。


 彼女は俺の妻になりかけた相手、いうなれば婚約していた。

 魔法使いと魔法使いが子供を作れば、それだけ魔法使いが生まれる確率が上がるため、国にとっては有意義だという理由で、俺ではない誰かが仕組んだ婚約だった。

 実際、かなり惜しいところまで行ったのだ。結局、あまりの俺の私生活のだらしなさにリリィは愛想を尽かし、婚約は破談となったのだが。


 まあ、そんなことはどうでもよい。


 今の俺は、とてつもなく真面目なのだから。むしろ過去の経験と魔力の上昇により、ちょっとした秀才に見えていたことだろう。さらに言えば父親は先代の皇帝で、身分も申し分ない生粋のエリートだ。

 周囲からすれば物凄い奴に見えるので、リリィを始め、男女関係なく割と尊敬されている……ような気がしていた。


 そんな俺も、今はちょっとした悩みを抱えていた。


 俺って学園でモテるんだぜ、と、ある日お茶を飲みながらリリィのことをセラフィナに自慢したところ、じろりと睨まれた。


「わたし、百合の花って好きじゃない。だって、すごく匂うんだもん」


 十一歳になったセラフィナはその年代の少女らしくかしましくしゃべり、外見にも気を遣うようになっていた。身内びいきでなく、かなり可愛い。だが性格はまだ子供だった。ふんと鼻を鳴らして拗ねたように口を尖らせている。


「お前、この前はショウに百合の花をもらって死ぬほど喜んでたじゃねえか。『いい匂い!』とか言ってさ。リリィっていい奴だよ。今度連れてくるから、話してみろよ。お前も俺とショウばかりじゃなく、外に友達作った方がいいぜ」


「友達ならアーヴェルがいるもの」


「あのさあ、言っとくけどお前だけの俺じゃないの。みんなのアーヴェル君なの。俺は博愛主義者なの。それに、いつまでもこの家にいるわけじゃないからな」


 兄貴が継ぐこの家にいつまでもいるつもりはなく、学園を卒業したら以前と同じく帝都に住むつもりだった。

 冗談半分で言うと、セラフィナは愕然とした表情になる。


「アーヴェルのばか! 絶対にリリィなんて連れてこないで! 友達なんていらないもん!」


 よかれと思って言ったのに、セラフィナは顔を真っ赤にして、飲みかけの紅茶もそのままにどこかへと走って行ってしまった。

 俺とショウと、もっと言えば北壁フェニクス家の使用人総出で甘やかしすぎて、近頃のセラフィナは少しだけ図に乗っている。このままではわがままをし尽くすあの悪女になってしまうと危惧しなくもない。

 それにこのところ、俺も兄貴も家にあまりおらず、セラフィナはつまらなそうだった。だから友人でもできればいいと、善意による申し出だったのに。


 そんな出来事があり、悩みをリリィに告げると彼女は微笑んだ。


「妹さんのこと、すごく大事なのね」


「……妹? いや、妹じゃない」


 名前を伏せていたからそう思ったようだが、セラフィナは兄貴の婚約者であり将来俺を殺す可能性のあるとんでもない女だ。


「もしかしてセント・シャドウストーンのセラフィナのこと? お兄さんの婚約者の」


 さすがリリィは鋭かった。


「今度相手してやってくれ。俺も兄貴も、妹みたいに可愛がってたら、すげえわがままになってきたんだ」


 いいわよ、と即座に同意したリリィに、俺は感動を覚えた。

 こんなに面倒見のいい善人を以前の俺は呆れさせたのだから、本当にどうしようもないくそったれだったんだろうな。


 

 ◇◆◇



 事前に日時を予告していたにも関わらず、セラフィナはどこかへ逃げてしまっていた。

 猫よりも人見知りする奴だ。


 リリィを連れてきた手前格好がつかなくなった俺は、ひとまず彼女を俺の部屋へと誘った。セラフィナが出てくれば、とっ捕まえて引き合わせればいい。


「すまない、君を連れて行くと言っておいたんだが忘れてどっかに行ってしまったみたいだ」


「あら、わたしを部屋に連れ込む口実かと思ったわ」


 そう言って微笑むリリィからはいい香りがした。

 ――これはまずい。

 直感がそう告げていた。

 俺という人間は、結構欲望に忠実な方なのだ。


 リリィは俺に好意を持っていて、俺もまんざらではなく思っている。

 女と一緒に遊ぶなんて時が戻ってからは一度もなかったことだし、たまには俺だってハメを外してもいいはずだ。これはきっと、神が与えてくれたちょっとした報酬だろう。


 俺はリリィの頬に手を当てて囁いた。


「だとしたらどうする」 

 

「どうしようかしら?」


 彼女もうっとりと目を閉じて、ゆっくりと唇を重ねた。瞬間だった。


「アーヴェル、あの人帰ったの?」


「ぬああっ」


 ノックもせずいきなり部屋に入ってきたセラフィナに、なすすべもなく俺は、リリィから思いっきり体をのけぞらせ、勢い余って床に倒れ、頭を強打した。


 だが多分、セラフィナには、俺がリリィにキスしたのをばっちりと見られたことだろう。見る間に顔が真っ赤になり、体を震わせ、


「アーヴェルのばかー!」


 と、叫ぶと再びどこかへ走り去ってしまった。


「待てセラフィナ! リリィ、悪い、ここにいてくれ!」


 何かを言いたげなリリィを部屋に残し、即座に後を追いかけた。

 どこにいるかは想像ついた。彼女は落ち込んだり怒ったり、あるいは一人になりたいとき、一体誰に似たんだか、兄貴の木の前にいることが多かった。


 今日もやはりそこにいた。

 木の根元にうずくまり、膝を抱えて顔を伏せて震えている。


「まったく、なんなんだよ」

 

 思わず出たため息とともに近寄ると、俺に気がついたのかセラフィナが顔を上げた。涙と鼻水で顔はぐちゃぐちゃになっている。


「俺が俺の部屋で俺のことが好きな女と何してようが俺の勝手だろ」


 わがまま娘め。今だって俺の言葉に首を横に振る。


「やだ!」


 何がやなんだよ、と言う前にセラフィナは叫ぶように言った。


「アーヴェルはフィナだけのアーヴェルじゃなきゃやだ!」


 束の間、言葉が出なかった。

 こんなわがままな奴に殺されたのかと思うと我ながら情けなくなるが、そんな俺の気も知らずにセラフィナは、赤い目をしながらもとてつもなく怒っている。

 俺は彼女の前にかがみ込むと目線を合わせた。


「お前、なんでそんなにわがままなの? そんなんじゃ、まともな大人になれないぜ」


 なってもらわないと困るのだ。


「なあセラフィナ、前も言ったけど、俺はいつまでもお前に構ってるわけにはいかないんだよ。いつかはここを出て行って自立しなきゃいけないしさ」


「ずっといればいいじゃない!」


「そういうわけにも行かないだろ、俺は魔法使いで、そのうち帝都で働くんだ。お前は兄貴と結婚して、この家に留まるだろうけどさ」


 そして俺なんて殺さず暮らすんだ。


 俺の言葉にしばらくの間セラフィナは黙り、やがて再び口を開いた。


「じゃあ、リリィにしてたみたいに、わたしにもキスして!」


「え、なんで? やだよ」


 色々と倫理的にまずいだろ。言うとセラフィナはまたしてもぐずぐずと泣き出した。

 泣いたままのセラフィナをなだめすかして屋敷に連れ戻る頃には、リリィは帰り支度をしており、俺と手を繋ぐセラフィナを見て静かに言った。


「わたしはお呼びじゃないようだから」


 なんとも言えない気まずさの中で、彼女は帰って行ったのである。

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