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おぞましくて、忌々しい

 バレリーの、声がしたのは建物の中からではなかった。


 バレリーはいた。

 橋の上、わたしたちから、数メートル離れた、その先に。幼いはずの彼の表情には、あどけなさなど微塵もなく、朝の光の中、何もかも超越したかのような表情で、ただ悠然とそこに存在していた。


 衝撃を受けたのは、彼が一人ではなかったことだ。

 背に、銃を突きつけられているらしい少年が、ひどく申し訳なさそうな表情で、バレリーの前に立っていた。


「ごめん、捕まった……」


「な、なぜ」


 ショウが力なく呟き、ジェイドお兄様も叫ぶ。


「誰だあの間抜けは!」


 情けない顔をしてバレリーに捕まっている少年。あれこそがわたしにとって唯一無二の愛する人、アーヴェル・フェニクスその人だった。

 バレリーはすでに部屋から脱出し、外にいて、わたしを探していたアーヴェルを捕らえたのだ。


「北壁のフェニクスが、帝都に入ったことは気がついていた。城へは行かずに、僕の家の近くにいることも。ずっと見張っていたからね、気がつくのは容易い」


 アーヴェルを盾にして、バレリーは微笑む。少年らしからぬ、大人びた表情だ。 


「もう無理だよセラフィナ、諦めた方がいい。どうして自分たちだけが精神を過去に引き継いだなんて思えるんだい?」


 そのひと言で、察する。

 遅れをとっていた。わたしが北部で機を待っている間、バレリーもまた、わたしたちを一網打尽にする、この時を待っていた。

 

「君たちが僕を倒しに来るだろうなんてことはさ、当然予測済みなんだよ。僕は死の間際、僕の精神に記憶を焼き付けた。記憶を持ち越すには、当たり前に強い魔力が前提だけど、思い出せるかどうかは、それにも増して強い意思が必要だ。前へ前へと突き進む、誰にも負けない決して揺らぐことのない強い意志だ。

 アーヴェル・フェニクスの魔力は誰かを起点に世界を再構築するには十分だったからね。保険のつもりだったけど、本当に役に立った。結果僕は勝ったんだから」


 楽しげに、バレリーは言う。

 頭が急速に回転する。なぜバレリーは姿を現したのだろう。彼の動機がフェニクス家の皆殺しで、一人いたアーヴェルを見つけたなら、さっさと殺してしまった方がいい。その上で、身を隠し、ショウを次に殺せばいい。一人一人殺した方が、遙かにリスクは少ない。なのにそうはしなかった。

 なぜ? わざわざアーヴェルを生かし、人質にして姿を現した理由は、なに?

 理由が、一人ずつ殺すなんて手間を省き、わたしたちを一度に相手しても勝てるというだけの、自信があるゆえなのだとしたら。


「ねえセラフィナ。僕はもう、君のお父様と取引したんだ。君が北部でのんびり北の兄弟たちと愛情を育んでいる間にね。残念だったね、君のアーヴェルさんはなにも知らない少年になってしまった。

 先のアーヴェル・フェニクスは脅威だったけど、今はもう、僕の敵じゃない」


「父上と、なにを取引しただと?」

 

 ジェイドお兄様がバレリーから目を反らさずに言った。そんなお兄様を、バレリーはせせら笑う。


「なにも知らされていないなんて、ジェイドさん、あなたは本当に、お父さんとお兄さんから信頼されていないんですね。――僕はね、呪いを貰ったんだ」


 ぞわり、と背筋が凍り付く。玉座の間の虐殺を思い出した。わたしたちへの憎悪だけで成り立っている、あの呪いを、バレリーは再び得ているというの。


「だけど諸刃の剣でしょう。お母様の加護のない呪いは、わたしのときと違ってあなたを容易く殺すわ」


 前の世界の中で、バレリーが呪いを宿したのは反乱の直前だったに違いない。せいぜい三、四週間だ。その間にも呪いは、彼を蝕み続けていた。呪いを使うほど命を削り取られると、彼は言っていた。なら今目の前でぴんぴんしている彼はまだ、呪いの力を行使していない。

 こちらには、捕まっているけどアーヴェルもジェイドお兄様もいる。わたしたちを殺すのに、バレリーの魔力だけでは足りないだろうから、呪いの力に頼らざるを得ないけど、皇帝ドロゴと皇子シリウスを殺すだけの力を残しておかなくてはならないはずだ。まだ宮廷魔法使いでない彼は、いつかのように簡単に城に入れるわけもないのに。


 なのになぜ、彼は悠々とわたしたちの前に立っているの。

 

「一つ前の世界で、僕はロゼッタさんの魔道具再現の研究に協力していたんだ。そしてそれは、完成していた。あとは魔力を溜めるだけだったんだから、僕らだって本当に惜しいところまで行っていたんだ」


 バレリーはそう言って、首元にぶら下げていたらしい紐を引っ張りあげた。紐の先には、掌ほどの大きさの、平べったい円盤が付いていた。白い石に描かれた見事な装飾は線が絡み合い、複雑な模様を作り上げ、魔力の蓄積と放出を表している。


「ほらセラフィナ、これがシャドウストーンに伝わる魔道具だ。魔法使いを殺して、魔力を奪い続けてきた忌まわしき道具だよ。存外小さいと思ったかな、魔導石を圧縮し、凝縮して、小型化したんだ。君のお母様が壊したものは、もう少し大きかったんだと、ロゼッタさんは言っていたよ」


 まるで食事の席の世間話をしているとでも言うように、バレリーの声は穏やかだ。

 ジェイドお兄様が叫んだ。 

 

「貴様、バレリー・ライオネル! その中に、なにを入れている! 何だその、禍々しい魔法は――!」


 魔法使いじゃないわたしには見えない。ショウも同様なのか、目を細めていた。


「そういうことか? それが呪いか! それが俺たち一族が、ひたすら殺し続けてきた魔法使いどもの怨念なのか!」


「嘘よ! そんな簡単に呪いが除去できるわけがないわ! できたらお父様はとうにやっているはずだもの!」


「もちろん、呪いを井戸から取り出すのだって、無事にはいかなかった。僕の命の残りは、そう長くない。でも、フェニクスを滅ぼすまで、時間が稼げればいいんだ」


 希望は打ち砕かれる。


 バレリーは、自身に呪いを受けて来たわけじゃない。呪いを取り出し、魔道具に溜め込んで持っていたのだ。殺戮の歴史を、肌身離さず持っているなんて、なんておぞましく忌々しい行為なんだろう。

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