もうひとりの味方
「一人で解決しようとしないでくれ」
ショウにそう声をかけられたのは、それから数日後の夜で、もう眠ろうと、部屋に戻ろうとしていた廊下でのことだった。
険しい顔をして、ショウは立っている。
「君の様子が変だと、アーヴェルが言っていた。私とアーヴェルじゃ役者不足だし、現状ではいい打開策が浮かばないのも本当だが、それでも、君一人で責任を負う話じゃない」
兄弟の間に、普通に会話が交わされているらしいことに喜びを感じつつも、勘の鋭い二人に、たじろいだ。
「分かってるわ。なにか思いついたら、相談する」
わたしは嘘が下手だから、ショウが納得できたかは分からない。彼はじっとわたしを見つめた後で、頷いて、去って行った。
だけどショウ。
その背に、心の中で語りかけた。
これを始めたのがわたしなのだから、この手で全てを終わらせる責任を、やっぱりわたしは持っているんだと思うの。アーヴェルは、そのチャンスをわたしにくれたんだわ。
◇◆◇
早朝に、フェニクスのお屋敷を出た。
馬車を用立てて貰った使用人の他にも、数人はわたしに気づいていたけれど、ショウとアーヴェルには絶対に黙っておくように念を押す。シャドウストーン家に帰りたくなった、と彼らには説明をして、疑っている様子はなかった。
実際、わたしの目的はまず、シャドウストーン家にあったから、嘘ではない。
馬車に揺られ、考える。随分と長いこと、一人で過ごすなんてことはなかったのだと。
先のループで、わたしはお屋敷で過ごすことが多かったし、外出はほとんどアーヴェルと一緒だった。戦場に出てからは、みんながわたしを守っていてくれていた。
一人で解決するなとショウは言ったけれど、わたし以外には解決できない。
遠ざかっていく高い山々を見ながら、記憶は遙か過去へと遡る。愛を知らない悪女のセラフィナのことを、わたしは考えていた。
暗く輝く悪の女は、人々を強烈に惹き付けて、等しく地獄へ引きずり込んだ。
その頃のわたしに善の心なんて一つもなかった。だけど、たった一つだけ純粋なものがあったとしたら、それはアーヴェルへの恋心だった。彼が、心の底から欲しかった。だから世界はやり直された。
わたしはそれから、何度もわたしとして存在した。今ここにいるわたしは、それらどのわたしなんだろう。
アーヴェルへの恋心を募らせたわたし?
悪の道をひたすら突き進んだわたし?
なにも知らずにアーヴェルに育てられたわたし?
利用されていると分かってもなお、彼の愛を信じたわたし?
愛と喜びを詰め込んで、一人で時を超えてしまったわたし?
「きっと、全部のわたしだわ――」
セラフィナ達の人生は混ざり合い、境界をなくしてしまっていた。すべてのわたしたちの記憶と無念が、今のわたしに引き継がれていた。
大丈夫よ、セラフィナ。
わたしは自分を抱きしめた。
怖がらなくていい。人に愛されなければ、自分を大切に思えないのなら、今はもう、わたしはわたしを愛している。わたしは自分を、大切にしてあげられる。こんなに幸せなことってないわ。
途中で馬車を乗り継いで、生家に着いたのは、すでに深夜と言える時間帯だった。
門を叩くと出迎えたのは古くからいる使用人の一人で、わたしを見た後、馬車に他に誰もいないことを確認し、眉を顰める。
「おひとりでございますか?」
「そうよ。お父様とお兄様たちは家にいるのかしら」
とはいえ、お父様とクルーエルお兄様はいないだろうと思っていた。お兄様はつい最近、わたしがフェニクス家にいる間に南部総督に就いたばかりだし、お父様もそちらに行っているはずだ。今までの世界の傾向としてそうだったし、わたしもこの機を待っていた。
「……ジェイド様はいらっしゃいますが、他のお二人はご不在にされています」
「そう、分かったわ」
はっきりとしたわたしの口調に、使用人はたじろいでいる。彼らの中でのわたしの印象は、気弱な少女だったのだろうから、反応は当たり前だ。
この屋敷に戻るのは、本当に久しぶりのことだ。
シャドウストーン家に、幸福な思い出は一つもない。わたしはいつも怯え、人の顔色ばかりうかがう女の子だった。だけど今は、そうじゃない。
自分のことは自分でできる一人の人間になったし、責任を取ることの大切さも知っている。そうして次にどうすればいいのかも、知っていた。
自分の部屋には戻らずに、真っ直ぐジェイドお兄様の寝室へと向かうと、ノックもせずに扉を開いた。
「ジェイドお兄様! 暢気に寝ている場合じゃないわ!」
そう声をかけると、返事を待たずにベッドを叩いた。




