表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/114

一番はじめのプレゼント

 セント・シャドウストーンへ宛てて、北部への滞在を伸ばすと手紙を書いたけれど、返事もないままに了承された。わたしもそれをいいことに、数週間、この家に留まっていた。機を、待つために。


 わたしとアーヴェルの関係は、友人だったと思う。アーヴェルはわたしに恋はしていなかったけれど、少なくとも初対面の時よりは心を許してくれていた。

 わたしとショウが語る今までのループの話も、半信半疑ではあったけれど、頭から否定することはない。

 だけど、だからと言って再び積極的に反乱を起こそうとするつもりも、彼にはなかった。彼の目下の悩みは、兄弟関係にあるようだった。


 わたしが側にいつもいることに、彼は初め文句を言っていたけれど、今はもう慣れたもので、そういうものだと諦めていた。そんなあるとき、二人でソファーにいるときに、彼が読んでいた本から顔を上げ、ぽつりと言った。


「最近、兄貴が優しくて気味が悪い」


「本当はずっと優しくしたかったのよ」


 微笑み返すと、アーヴェルは首を横に振る。


「前は目さえ合わせようとしなかったくせに。俺を嫌ってたんだ」


「どう接していいのか分からなかっただけよ」


 未だにショウの愛情を信じ切れていないアーヴェルに、わたしは何度も言い聞かせていた。


「本当は情熱的で愛のある人だもの。あなただって、前はそれを知っていたわ」


 アーヴェルは小さく唸ると納得したように頷いた。


「……最近、家にいるのは嫌じゃない」

 

 確かに外にいる友人の家にはいかずに、アーヴェルはお屋敷に留まっていた。

 彼が心からの安らぎを得て、家を好きになっていく姿が嬉しい。喜びに浸っていると、ふとアーヴェルに見つめられていることに気がついた。わたしの知る彼よりも表情が変わらないから、なにを考えているのか分かりにくい。だけどどうしたってわたしは彼が好きだったから、見つめられると頬が赤くなる。


「ど、どうしたの?」


 アーヴェルは言った。


「お前ってつくづく、本当に綺麗な顔してるよな」


 それは前のループでのアーヴェルが、幾度となくわたしに言った言葉だった。

 わたしの好意はとっくにばれていて、からかっているのかもしれないと思ったけど、アーヴェルは本気で感想を述べているだけのようだった。だから余計に顔が赤くなるけど、動揺を気取られてはいけないと思い直し、誤魔化すために言った。

 

「どうしてアーヴェルは、そんなにたくさん恋人を作るの?」


「俺がモテるのは俺のせいじゃないし」


 アーヴェルの扱いは難しい。会話に乗り気になったかと思うと、すぐにそっぽを向いてしまう。

 アーヴェルは手元の本に再び集中し始めた。もう答える気はないのかと、わたしもぼんやり隣に座っていると、沈黙の後で、彼は言う。


「……一人だけに惚れるって怖いだろ。そいつがいなくなったらどうするんだよ」


 思わず尋ねた。


「だからたくさんの人と付き合うの?」


「そうだよ、俺は博愛主義者なの」


「一人の人を愛した方が、絶対にいいわ」


「そいつがお前のこと好きにならなかったらどうすんだ。好きになっても、いなくなったら?」


「いつか別れは必ず来るわ。それでも後悔しないように、好きだって伝え続けるの。失うから愛さないんじゃない、いつか消えてしまってもいいように、今を精一杯愛するのよ」


 アーヴェルが、必死にそうしてくれていたように。

 ふうん、と言ったきり、アーヴェルは何も言わなかった。


 夏の終わりかけの日差しが、窓から差し込んでいた。

 青空にはいくつも雲が浮かぶ。間違えようもなく平和な光景に、わたしは、今までのことを思い出していた。


 わたしの中には、今までのセラフィナが過ごしてきた記憶が蓄積されていて、シャドウストーンや帝都に住んでいたことも覚えているけれど、思い出すのはどれも、このお屋敷で、アーヴェルとショウと過ごした日々だけだ。


 サンルームで、本を読むのが好きだった。

 あの頃世界は完璧で、わたしは春の木漏れ日の中で、ブランケットに包まれた子猫のように幸福だった。


 だけどいつまでも、守られるだけの泣いている、なにもできない少女じゃいられない。

 不幸を終わらせるためには、わたし自身が行動しなくてはならなかった。




 ある日の午後、わたしは、アーヴェルに言った。


「アーヴェルの、手袋が欲しい」


 アーヴェルから貰ったものは無数にあるけど、一番初めのプレゼントは、彼のお下がりの、ボロボロの手袋だった。

 最近は外にも出かけず、アーヴェルは家にいることがほとんどで、今日もまた、そうだった。手持ち無沙汰だったのか、ソファーに寝転がりながら一人で小さな魔法を作って遊んでいたアーヴェルは顔をわたしに向けた。

 困惑しているように見えた。


「まだ夏だろ」


「いいの、欲しいの」


 なおもわたしが言うと、否定するでもなく頷いた。


「いいけど。あったかな、探してみる」

 

 そう言って衣装部屋に行く彼に付いていく。ごそごそと奥を探りながら、顔も見せずに彼は言った。


「……俺、もう止めるから」


 わたしの場所からでは、アーヴェルの背中しか見えない。


「なにを?」


 尋ねると、彼は続ける。


「たくさんの人と付き合うの。……っていうか、もう止めたけど。学園に入学したら、どのみち会わないつもりだったし、このところはさ、家にいるのも、嫌じゃないんだ。……おい本当にあったぜ。ほら」


 見つけたらしいぼろの毛糸の塊をわたしに差し出しながら、アーヴェルは少し照れたように言う。


「それに、お前と婚約すんだろ。お前って、嫉妬深そうで怖いし」言ってから、アーヴェルは首を横に振った。


「……今のは冗談。やっぱり、お前に悪い気もするからさ。だって本気で俺のこと好きなんだろ」


 驚いてアーヴェルを見上げた。思っていたより、遙かに真剣な表情をした彼がいる。


「あのさ、俺、お前の知ってる俺より、全然魔力は弱いと思うけど、それでも、力にはなるよ。兄貴のためにっていうのは癪だけど、あいつに死んで欲しいと思ってるわけじゃないし、ドロゴたちにあいつが殺されるのは、やっぱり嫌だ。

 俺、頼りないかもしれないけど、兄貴がまた反乱を起こすんだったら、一緒に戦うつもりだ。兄貴が誰かに殺されるって言うんだったら、全力で守るよ。お前の――……セラフィナの、ことも、守る。だから、あんまり心配すんな、大丈夫だからさ」


 胸がいっぱいだ。アーヴェルが慌てて服の袖をわたしの顔に押しつけた。流れ出た涙が、彼の服を濃く染めていく。


「こんなことで泣くなよ」


「だって、アーヴェルが、そういう風に言ってくれるなんて思わなくて――! わたし、あなたが好きなの、大好きなの……!」


「俺も好き…………だよ。お前ってまだガキだし、恋愛感情かどうか分かんないけど、なんか放っておけないし」


「やったー!」聞いた瞬間、思わず叫んだ。涙は引っ込む。

 勢いに、アーヴェルが面食らったような顔になる。


「ほんとにわたしのこと、好き? 嬉しい! キスしてアーヴェル!」


「え、なんで? やだよ」アーヴェルはすぐに言った。

「お前みたいのにキスしたら、色々とやばいだろ。倫理的にさ。もっと大人になったらな」


「わたしもう大人だわ。あなたが知らないようなことも、いっぱい知ってるんだから。でも、いいわ。アーヴェルがその気になるまで待ってるから」


 それはいつか、アーヴェルがわたしに言ったような台詞だった。思わず笑う。


「わたし、アーヴェルにたくさん好きって思ってもらいたい」


「前の俺は腐るほど言ってたんだろ。じゃあ別に、もういらねえだろ」


 頭をぽりぽりとかきながら言うアーヴェルに向かって、首を横に振ってみせる。


「ううん。何回だって言って欲しい! 毎日毎分、毎秒、わたしの顔を見る度に、わたしのことを好きって思ってもらいたいの!」


 好きって言ってもらえたことが、嬉しくてたまらない。アーヴェルは苦笑した。


「お前って、馬鹿だなあ。俺なんて好きにならなきゃ、よかったのにさ」


 アーヴェルが、少し困りながらも、わたしの頭をくしゃくしゃになでてくれたから、勢いに任せて抱きついた。


「アーヴェルじゃなくちゃ、嫌なの。他の誰でも、だめなの」 


 彼はわたしを拒否することもなく、緩やかに、ぎこちなく抱きしめ返してくれた。


「今までの俺がどういう風にセラフィナに接してたか知らないし、同じように愛せるか分からない。命が懸けられるか、自信もない。前の俺がどんな思いで生きたのか見当も付かないし、今の俺がそれと同じ思いなのかも分からない。でも、好きだ。大切にしたいと、思ってる」


 素直な言葉だった。温かな彼の体温を感じていると、不思議なくらい、心が凪いだ。

 どんなアーヴェルだって、それがアーヴェルなら、わたしは何度だって好きになる。どんな彼だって愛してる。


 アーヴェルが、あまりにも穏やかに笑うから、わたしの胸は締め付けられる。よかった。よかったねアーヴェル。みんな、あなたが大好きよ。


 わたしがどれほど彼が大好きで、どれほど手に入れたかったのか、彼をわたしに振り向かせるために、どれほど馬鹿なことをしでかしたのか。全部伝えたら、どんな顔をするのかな。


 体を離して、微笑んだ。


「待っててね。あなたを、絶対に幸せにするから」 

 

 アーヴェルは、不思議そうな表情をしながらも、頷いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ