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馬鹿みたいにふざけてるくらいの

「ごめんなバレリー、俺たち、知ってたんだ」


 玉座からはバレリーの血が流れている。今日で三人の男の尻を包んだその座具からは、漏れなくその三人分の血が滴り落ちていた。


 ロゼッタの頭部はショウによって破壊されたが、バレリーはわずか急所を外したらしく、まだ生きていた。

 とどめを刺すべく、ショウは再び小銃を、バレリーに向けて構える。


 彼の身の上を思った。

 友人だと思っていた。少なくとも、俺は彼が好きだった。彼が敵であるなどと、間違っていればいいと、ついさっきまで考えていた。


 バレリーは、可哀想な奴なのかもしれない。孤独で、誰も信じずに、誰とも心を交わすことなく、今ではありもしない家の過去の栄光を守るために、復讐だけを目的にして生きていた。全ては俺たちの父親が、お前の家族を殺したからだ。


 だけどさ、バレリー。


 いかにお前に悲しい過去があろうとも、どんなに同情できる動機があろうとも、だからと言って勝ちを譲るつもりはないんだ。どれほど不幸な生い立ちでも、涙無しには語れない過去があったとしても、それでも勝者は俺たちだ。

 ショウが握る銃の先を、バレリーは凝視していた。


「フェニクス家の手で、殺されるなんて、あり得ない」

 

 不穏を感じ、兄貴に呼びかけた。


「ショウ、同情は不要だ。さっさと撃て」


 だがショウは、握る小銃をわずかに震わせただけだった。


「引き金を引けない……抑えられているんだ!」


 バレリーの悪あがきだ。

 自分の治癒を後回しに、俺たちが引き連れてきた兵達の銃もろとも、わずかな力を振り絞り、ショウの銃を止めている。だがそれもそう長い時間持たないだろう。彼の命が尽きるのが先だ。


 顔を歪めながら、バレリーは叫ぶ。


「お前、ふざけるなよ! まるで、他人事のような無垢な顔をしやがって……! これはそもそも、お前が始めた事じゃないか!」


 その視線は、俺の背後に向けられていた。セラフィナが、俺の服を掴む気配がし、手を握った。ぞっとするほど冷たい手だった。

 

「たった一人の男を蘇らせるためだけに、お前は世界をぶち壊した! だけどいいさ、僕はそれに乗っかって、復讐をするだけだ! 思い知れ、初めにあったのは、お前の恋心じゃない、この僕の、復讐心だ……!」

 

 そうして、今度は俺を見た。どこまでも澄んだ彼の青い瞳は、やはり今にあっても澄んでいた。


「アーヴェル・フェニクス、僕が知るあんたの魔力は並だった。一体何回時を戻ったらそうなるんだ? 何回セラフィナに時を戻された?」


 自分の頭に手を翳しながら、バレリーは、血まみれのまま笑う。


「まあ、あんたが何回失敗したかなんて、もうどうでもいい。最後に教えてあげる、僕は一度だ。セラフィナは、僕を一度、過去へと戻した!」


「わたしが、バレリーを……?」


 困惑するセラフィナの、美しい声が聞こえる。


「だけど、一度で十分だ。十分すぎるほどの魔力を得た――お前達が、何よりも大切にしているものを、破壊するにはな!」


 ボン、と何かがはじけ飛ぶような音とともに、バレリーの頭部は消え去った。自らの頭を破壊したのだ。空中に、彼の血が赤く噴霧する。

 血は細かな粒子となって、黒い靄と重なった。


 セラフィナの悲鳴が天井に木霊する。俺たちを殺そうとしていた敵が自殺したというのに、勝利の達成感は感じる暇も余裕も無い。黒い霧はバレリーの血を含みながら広がり続け、今この場にいる全員を飲み込む。肌に細かい粒子が触れ、ねっとりと、バレリーの血が絡みつく。


 俺は冷静ではなかった。この黒い魔力は呪いだ。シャドウストーンがひたすら殺してきた魔法使い達と、バレリーの怨念が、この玉座の間で吹き荒れていた。味方に防御壁を作ったが、たちまち破られ、兵士達の体が裂け、血が噴き出す。その血がさらに、霧に吸収されていった。

 バレリーの制御を失った呪いは、実にのびのびと暴走を続け、人間を殺し尽くそうとしていた。一番近い位置にいたショウに、黒い霧が迫り行く。今からじゃ間に合わない、またショウが死ぬ!


「ショウさん!」ぱっと、兄貴の前に飛び出したのはリリィだった。

 彼女は一度だけ振り返って、ショウに笑いかけた。


「わたし、ショウさんに、どんな風に思われていたって構わない。あなたの夢と理想に、心底共感したのよ。あなたを、愛してる」


 そう言って、手を霧に向かって伸ばし、わずかな間、防御した。


「ショウ! 俺の側に来い!」

 

 ショウの手を掴み俺の側に寄せたのと、リリィの体が引き裂かれたのはほぼ同時だった。


 戦うか。無理だ、押し負ける。逃げるしかない。だが退路はどこだ。逃げる隙などどこにもない!

 

 その時だ。


「これは一体どうしたというんだ!」


 騒ぎを聞きつけたらしく、一切の事件に遅れてやってきたクルーエルが、玉座の間の惨状に叫んだ。

 普段は冷静沈着ぶっているクルーエルも、この場を目の当たりにして平常心ではいられないらしい。それもそうだ、こいつの頭の中では、そろそろ大好きな父親が俺たちをぶちのめしているシーンだったのだろうから。

  

 黒い霧は動きを止め、クルーエルを見た。目などないというのに、俺にはそう、感じた。クルーエルもそうだったのか、霧を凝視する。


 霧は蠢き一点へと収束し、一人の人間の影を作る。女の姿に、思えた。


 クルーエルが、その影を見つめぽつりと呟く。

 

「母上……」


 影が、微笑んだように感じた。もはや影とさえ言えない。それはどこまでも漆黒の、女の姿をしてた。

 黒い女はクルーエルに向かって急速に伸びると、その体を貫き、血を噴出させあっという間に殺してしまった。

 セラフィナが震えている。


「う、嘘よ、嘘よ、こんなの……」


 囁くような声に反応するように、その女は、こちらを見た。背筋が凍り付いた。ショウでさえも、ぎょっとしたようにその女を見ていた。異常な物に対峙する術を、俺たちは持ち合わせていない。

 あれがなぜクルーエルを殺したのかなんて、分かっている。あの呪いは、シャドウストーンを根絶やしにしたいのだ。それだけのために、存在している。ならば次に殺されるのはセラフィナだ。


「アーヴェル! アーヴェル、助けて! 怖い!」

 

 助けるに決まっている。

 影に向けて魔法を放つ。効果はない。防御壁を作る。破られる。


「大丈夫だセラフィナ、俺が絶対に――」絶対に守ってやるから。


 ショウにセラフィナを預け、俺は女に向き直る。細かいナイフで刻まれるように、ピシピシと、肌が切られ血が滲む。


 漆黒が、セラフィナ目がけて迫ってくる。

 セラフィナを守れるなら、俺は今死んだって構わない。

 そうだセラフィナ、俺はお前のためなら、なんだってできるんだよ。

 最大だった。俺のできる最大の魔法を、呪いにぶつける。魔法と呪いは拮抗し、ぶつかり合い、玉座の間を破壊した。


 しん、と静寂が訪れる。

 俺は肩で息をしていた。打ち勝ったのか? 破壊された壁の隙間から、馬鹿みたいにふざけてるくらいの、綺麗な青空が見えた。

 周囲に散らばるのは、かつて人間だったものの破片達だ。呪いはない。影も消えて、どこにもない。


 セラフィナが倒れている。


 静けさの中に、立っているのは俺とショウだけだった。

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