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ショウ・フェニクスは危険な男

「ユスティティア……だって?」


「ライオネルは、孤児院で適当に与えられた姓だ。本当の名は、バレリー・ユスティティアさ」


 ユスティティア家――それは親父とドロゴが一族郎党皆殺しにした、フェニクス家の前の皇帝の名だ。


「そうだ、僕はフェニクス家に殺された前皇帝一家の、最後の生き残りだよ」


 ユスティティア家は女も子供も一人残らず殺されたと聞いていた。バレリーの話が本当かどうかなど確かめようがない。


「だとしたら、なぜ俺たちに協力した」


「分からないのか?」バレリーは顔を歪める。勝利の笑みか、呆れか、どちらともとれる表情だった。


「ショウ・フェニクスが皇帝になったとき、その希望をこの手で壊すためだ。彼が人生の絶頂に至ったその瞬間に、地獄へとたたき落としたかった」


「俺を殺さなかったのも、同じ理由か」


 バレリーは、それには答えない。


「お前の目的は、フェニクス家の皆殺しか――」


 いつもいつも、バレリーはそうだった。俺が経験してきたどのループでだって、彼は、俺たちフェニクス家を殺す目的を持っていた。それを思うと、疑問は一気に解消されるようだ。

 俺に向けてバレリーは銃を構えていて、真っ先に放ったのもこいつだ。

 俺とショウが、処刑される時も、こいつは側でその死を見届けようとしていた。 

 北部に魔導石があることを皇帝に告げ口したのは、シャドウストーンではなくこの男だ。


 バレリーがユスティティア家の生き残りかどうかなど問題ではない。問題なのは、彼が本当にそう思っていることだ。

 バレリーにとっては、フェニクス家の血が流れていれば、帝都にいようが北部にいようが復讐の標的だったのだ。俺は叔父と従兄弟を軽蔑していたが、バレリーは俺とショウも、まるごと軽蔑していたに違いない。

 納得もしたが、分からないこともある。 


「俺をどうやって殺す気だ。俺たちには誓約がある」


「誓約? ああ、そっちか――」


 まるで誓約など忘れていたような口調だ。バレリーは玉座から動かないまま、答えた。


「あれは僕らだけの間に生まれたものだ。他者の介入があれば、関係ないんだ。ほらね、こうやって」


 バレリーの体から、ゆらりと蠢き表出したのは、セラフィナがかつて得た、黒い影だった。

 バレリーはその体に、シャドウストーン家にあった呪いを溜め込んでやってきたのだ。


 あの井戸には呪いがあった。

 だがそれは解かれたと、ジェイドは言っていた。

 ロゼッタがどんな見返りを求めてバレリーにそれを抱かせたのか知らないが、決して軽いものではないはずだ。


「驚いた? アーヴェルさん、この呪いは、実に素晴らしいよ。僕の復讐に、手を、貸してくれているんだ。これはシャドウストーンを呪っている、いわば、怨念の塊だ、正の方向へ性質を変えることはできないけれど、僕の今の魔力があれば、軌道修正をかけることはできる。おさえつけて撫でつけて、言うことを聞かせることはできるんだよ」


 瞬間、バレリーの表情に悲哀ともとれる感情が浮かんだ。


「呪いは、僕が放っているわけじゃない。だから誓約外だ。いうなれば使役できる家来のようなもので、あなたを、簡単に殺すことができる。だけど使うほどに恐ろしいほど命が削られる……あなたを殺すまで、僕の命が持てばいいけど」


「持たせてもらわなくては困るな」


 この場にあって、一人だけ愉快そうにロゼッタは言った。バレリーが差し出すものが、何か分かった。彼はロゼッタに、自身の命と魔力を提供するに違いない。確定された死さえも厭わずに、バレリーはフェニクス家を根絶やしにする気だった。


 動機は家の復讐だ。

 俺の親父とドロゴは、残忍にもユスティティア家を虐殺した。運良くバレリーの母親が生き残り、彼を産んだのかもしれない。ならば彼の過去は陰惨なものだったろう。孤独で哀れで、想像を絶する苦悩があったに違いない。

 だが……。


「そうか、じゃあ、もう聞くことはない」


 俺はバレリーとロゼッタに向かって魔法を放った。


「無理だよ! あなたには誓約がある。誓約か、呪いによって、あなたは死ぬ!」


 バレリーが放った呪いが、黒い靄となって俺に向かって迫ってくる。過去に戻ってよかったと思うべきか、上昇した魔力は、強大な呪いにもすぐには押し負けることはない。

 ふいにバレリーが、セラフィナを見た。


「セラフィナ、一応、約束は守ったよ。アーヴェルさんを殺すのは、君の家の呪いだ。“僕は”アーヴェルさんを殺さなかった」


 バレリーは、静かに言った。


「僕は、アーヴェルさんのことは結構好きだったけど、フェニクス家は大嫌いだ」


 まるで俺が死ぬかのような口調に腹が立つ。感傷に浸っている暇は、彼にはない。

 

「確かに俺は、甘えた人間だ。だけど、甘さは捨てると、もう決めたんだよバレリー。

 利用できる奴は何だって利用するってさ、思ってるんだ」


 リリィを北部から連れてくるというのは想定外だった。彼女を人質にされたショウが、身動きが取れなくなるほど思い入れていたことも、俺にとっては想定外だった。

 前もって知っていなかったら、確かに混乱に陥っていただろう。

 

 黒い呪いに対抗しながらも、俺は魔法によってバレリーとロゼッタの身動きを封じる。


「お前の方こそ甘えた人間だ、人と人の間に生まれる絆を、遙かに甘く見ていたんだよ!」


 情だとか、信念だとか、親愛だとか、俺がかつて馬鹿にし蹴飛ばし続けたその類いのものを、ひたすらに信じる者たちだって、確かにいるのだ。


 そうだ、俺たちは知っていた。

 数日前、キングロードから密命を受けた使者がやってきた。彼は告げた。

 “リリィ・キングロードが人質に獲られた。ロゼッタ・シャドウストーンが帝都にいる”、と。

 おそらくは、キングロードにとっても苦渋の選択だったのだろう。だが彼は、最後はショウに味方することにした。俺たちならば、リリィを救い出せると信頼したからだ。


 懸念はあった。

 ロゼッタが、単独で画策をしているのであればそれでいい。しかし、もし誰かと手を組んでいたら――。

 だとしたらそいつはずっと正体を隠していた狡猾な奴だ。だからきっと、俺たちが危機に陥って、そいつが勝利を確信した最後の最後に姿を現すに違いなかった。


 ジェイドは死に際、誰かに向かって魔法を放ち、死んだ。反撃を受けてのものではない。

 ジェイドをあの間に殺せるほど力の強い魔力は、俺でさえ持っていない。とすればジェイドは誓約の代償を払ったと考えるのが妥当だ。クルーエルを殺しかけた時の俺の様子と、奴の死に方はそっくりだった。あの時、セラフィナへの攻撃を止めなかったバレリーを、攻撃し続けたに違いない。


 だからこその、この計画だ。俺たちは、罠を張っていた。


 そうして、バレリー・ライオネルは現れた。

 だが理由までは分からなかった。

 だから知りたかった。

 もしロゼッタとバレリーが手を組んでいるのなら、どこまで何をする気かも、知っておく必要があった。俺たちが、完全勝利を収めるために。


 結果として、バレリーはフェニクス家へ恨みを持っていて、ショウと俺、そしてドロゴを殺したい“だけ”だった。北部が欲しいだとか、皇帝になりたいだとか、その先の欲望はない。

 玉座の間は、さながら魔法大戦だった。銘々の攻撃と防御が入り交じり、嵐のように吹き荒れていた。

 俺の魔法を防ぎながら、ロゼッタは言う。


「血迷ったか、アーヴェル・フェニクス。それとも特攻しているつもりかね? 言っておくが無駄死になるぞ」


 バレリーも叫んだ。


「誓約だ! あんたは死ぬ。僕への攻撃を止めなかった、愚かなジェイド・シャドウストーンのように!」


 確かに俺は誓約の代償を受けていた。体が破壊され、死が迫る、気配がする。


 だが、死ぬつもりはなかった。

 誓約の効果が即効ではないことは、ジェイドの死に際と、俺がクルーエルを殺そうとしたときの様子で分かった。少なくとも、数秒の間はある。


 一人だったら、確かに不可能だっただろう。

 しかし俺は一人ではないのだ。

 北部の兵の中を見て、俺は叫んだ。


「やってくれ! ショウ!」


 瞬時、兵達の中にいたショウは、銃を、バレリーとロゼッタに向かって打ち込んだ。


 瞬間、魔法の嵐は止む。


 俺も魔法を止めた。足下がふらつき背後に倒れそうになったのを、セラフィナに支えられた。思わず咳き込み血を吐いたが、致命傷ではない。


 バレリーは目を見開いて、先ほど殺した“ショウ・フェニクス”を見た。魔法が解けた生首は、彼にとっては見知らぬ男のものだったに違いない。


 キングロードの使者が、ショウに背格好が似ていて良かった。いかに俺の魔力が強かろうが、顔面がせいぜいで、全身の姿形を変える魔法を維持し続けることはできない。使者は己の死を覚悟しても、ショウに成り済ますことをやめなかった。


 本物のショウは、兵の中に紛れていた。現れるであろうロゼッタとバレリーを殺すために。


「ちく……しょう」


 バレリーはまだ息をしていて、ショウを睨みつけていた。

 あの誓約を交わした時、ショウの存在に気がついていたのはジェイドだけだった。魔法使いでないショウが、自分たちを殺すなど、こいつらには想像さえできなかったのだ。

 結局単純な話で、人間の価値を決めるのは魔法が使える云々ではなく、そいつがどう生きるかというだけだ。ショウがいかに危険な男であるかを、こいつらがみくびっていたというだけの話だった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ショウが死んだので、てっきりまた次のループに、希望をつなぐのかと思ったら、生きとったんかワレェ!でビックリしました。
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