僕は、
即座、兵の後列から魔法が発出される。
空間を切り裂いたエネルギーは帝国国軍の兵士に当たり、血しぶきが上がった。俺はセラフィナの手を掴み、壁側に寄せ、空中に透明の防御壁を作る。
兵士達が左右に割れる中、予想通りそこにいたバレリーは、迷い無くドロゴに向けて魔法を放った。皇帝側の魔法使いがそれを防ごうと防御壁を作るが、天才バレリーに及ぶはずもない。秒も持たずに壁は破られ、魔法は兵士達を切り裂き、ドロゴの体にでかい風穴を空けた。
ショウが、息を呑む音が聞こえた。
一連の流れは、一瞬のことだった。
俺たちが見ている目の前で、バレリーはドロゴを殺したのだ。
「アーヴェル……」
セラフィナの震える手が、俺の服を掴むのを感じた。
俺は防御の体勢を崩せない。
「……外にいろと言ったはずだぜバレリー」
あっけらかんと、バレリーは答える。
「アーヴェルさん、黙っていてください。今この場を支配しているのは、あなたでもショウ・フェニクスでもない、僕だ。あんまりにもノロノロやってるから、手伝ってやったまでですよ」
いつも控えめなバレリーらしからぬ言葉だった。
「リリィ・キングロードは、僕にとって人質にはならない。彼女の死に、北壁のフェニクス家がどんなに嘆こうが、僕は悲しくなんて、少しも無い」
それはロゼッタに向けて言った台詞だろう。
「ロゼッタさん。僕らには誓約がある。あなたは僕を攻撃できない。つまりここは、僕の勝ちだ」
皇帝側の兵士たちを虐殺しながら、笑うバレリーを、ロゼッタは無言のまま見ている。
バレリーは、リリィに手を翳し、手錠を解除した。リリィの体を掴むと、俺たちの方へと押し出す。リリィはこちらへと駆け寄り、兵の中にいたショウに抱き留められた。
皇帝側の兵士達はバレリーに皆殺された。ロゼッタは身動きが取れない。リリィは解放された。味方兵だって唖然とバレリーを見ていた。
俺たちも、そうだ。
誰もがバレリーを見つめる中、彼はゆうゆうと玉座に歩み寄り、足に触れたドロゴの死体を蹴飛ばし脇に寄せた後で、ようやく、俺たちに顔を向ける。
「誰が皇帝になろうが、別に構わない。僕は、僕のすべきことを、するだけだ。ショウ・フェニクス公――さあ、あなたのために玉座を空けましたよ」
血濡れた玉座に向けて、呼ばれた男が進み始める。ショウはじっと、バレリーを見つめていた。
……このまま、何も起きなければいいと、俺は思った。
願った。祈った。
そうすれば、報われる。
馬鹿げているとも思える長い長い長い戦いが、やっと終わるのだ。なにもこの反乱だけじゃない。セラフィナが早朝の俺を襲撃し、そうして始まった怒濤の日々が、やっと報われる。セラフィナに誓った幸福を、ようやく果たせるのだ。
全ては幸福のままに、ハッピーエンドだ。
誰もが夢見たそんな世界が、すぐそこにある。だが――。
「数年がかりの夢が、これで、報われますね」バレリーも笑った。
そうして“ショウ・フェニクス”は、ドロゴの体から流れ出た血溜まりを踏みつけて、皇帝側の兵士の死体の間を抜け、赤い足跡を点々と残しながら、戸惑いつつも玉座へと座る。
北部の兵達から、歓声が上がる。皆ショウが皇帝になるために、ひたすら戦い抜いてきた男達だ。泣いている奴までいる。
なにも夢が叶ったのは、俺とショウばかりではないのだ。ショウこそが皇帝に相応しいと信念を持ち、皆戦ってきたのだから。
感動を打ち破ったのは、苛立ちとも取れる声だった。
「もう、そろそろ茶番は仕舞いにしてもらいたいものだ。満足だろう?」
ロゼッタ・シャドウストーンは、バレリー・ライオネルに向かって言った。
「ロゼッタさん、ありがとう」
バレリーが、そう言って笑うと、玉座にいた男の首が――。
前触れもなくぽろりと落ちた。
バレリーが、放った魔法によって。
兵士達に、激震が走った。
「なんということを! 我らの皇帝を!」
叫ぶ北部の兵士は、バレリーに即座に銃を放つ。
バレリーは弾を全て防御すると、カウンターとばかりに兵士に向けて攻撃魔法を放つ。それを、俺の魔法によって相殺した。
兵士達がさらに銃を構えるのを、俺は止めた。
「よせ、戦うな!」
戦ったとして、彼らはバレリーには勝てないだろう。俺もバレリーには攻撃できない。そんな俺を、バレリーは鼻で笑う。
「甘いな……。とんだ甘さですよ。僕に攻撃してこい。殺せよ。だからあなたは負けるんだ」
「……なぜだバレリー」
負けるつもりなどないが、皇帝になった男の首を落とした、彼の動機が知りたかった。
「なぜだって……?」瞬間、バレリーの目に宿ったのは、俺へ対する、燃えるような憎悪だ。
未だかつて、彼が見せたこともないほどの感情の高まりだった。
「黙れ! あんたの甘さを見ているとイライラするんだよ!」
はあ、とため息をつき、玉座に座る首のない死体を掴むと再び投げ落とし、そうしてそこに、今度はバレリーが座った。
ゆっくりと、俺たちを見渡す様は、まさに皇帝そのもののようだ。俺は兵列の中を見て、目で合図をした。いつでもそれを、行えるように。
「いいよ、教えてあげる」
やっと彼はそう言った。
「ライオネルじゃない。僕は、バレリー・ユスティティアだ」