波乱巻き起こる
自分の叫び声を聞いていた。
ジェイドの脳みそをかき集めて、頭があった場所に戻し、そうして回復魔法をかけていた。
無駄だ。無理だ。こいつは死んだ。
頭ではそう分かっていた。命はもう、戻らない。
俺はジェイドが好きだったか?
友情を感じていたか?
それとも利用できる手駒だったか?
分からない。
だが冗談を言って笑ったこともあった。どことなく放っておけない奴で、ずっと気にかけていた。
こいつが死ななくてはならない理由がどこにある。俺はこいつを死なせたくない。
騒ぎを聞きつけ、前方にいたショウとセラフィナがやってくるのが見えた。反射的に俺は叫んだ。
「セラフィナ、来るな! 見るんじゃない!」
だがセラフィナの、その大きな瞳はジェイドをはっきりと映してしまう。どこまでも澄んだ声がした。
「それ、ジェイドお兄様なの……? そんな……!」
その場に倒れ込むセラフィナを、慌ててショウが抱き留めた。だがショウにしても、目を見開いてジェイドの死体を見つめている。
「なにがあったんだ、アーヴェル」
「分からない……! 俺から絶対に離れるな!」
敵の魔法使いがいて、ジェイドは返り討ちにあったと考えるのが妥当か。
ならそいつを探すべきだ。頭では分かっている。だが俺はジェイドの手当を止めることができなかった。
「弟は死んで、もう戻らない。無駄だアーヴェル・フェニクス」
クルーエルの声が聞こえた瞬間、俺は襟ぐりを掴んで地面に押し倒した。感情が抑えられなかった。
「何でそんなに冷静なんだよ! てめえがジェイドを殺したのか!」
クルーエルは相変わらず感情の読み取れない瞳で俺を見つめ返すだけだ。
「なぜ私が戦力を削ぐような真似をする必要がある」
「あいつは俺に言ったんだ! てめえがシリウスを殺すように、ジェイドに命令したんだってな! 俺に真実を話したジェイドが邪魔になったんだ! シリウスを殺したきゃ、てめえが自分でやれば良かったのによ!」
「弟は戦場で病んでいた。馬鹿げた妄想に取り憑かれるほどには、精神を蝕まれていたんだろう」
片手で襟を掴んだまま、もう片方の手でクルーエルを殴りつけた。抵抗はない。俺の魔法で抑えつけているからだ。クルーエルの口の端に血が滲んだ。このまま殺してやるつもりだった。
俺の両目から液体が滴り、一瞬涙かと思ったが、それは赤い色をしていた。
「アーヴェルさん! だめですよ!」
俺は何者かによってクルーエルから引き剥がされた。起き上がりながらクルーエルは咳き込む。
内側からこいつの体を破壊しようとしていた俺の魔法は、消え去る。
振り返り、俺を止めたバレリーに叫んだ。
「止めるな、クルーエルだけは許せねえ!」
「彼を殺そうとしても、あなたが死んでしまうだけだ! 誓約を忘れたんですか!」
口を伝ってきた血を拭う。鼻血も出ていた。目からも血が出ている。確かに俺の方が死にそうだった。
今すぐ殺してやりたいのに、手出しをできない悔しさに支配されていた。
クルーエルは地面に血液混じりの唾を吐き捨てると、目だけ動かし俺を見た。
「この無礼には、ひとまず目を瞑っておこうアーヴェル・フェニクス。だが決して忘れはしないぞ」
再び殴りかかる俺を止めたのは、バレリーだけではなかった。ショウが俺の腕を掴み、言う。
「クルーエルにジェイドを殺せるわけがない。彼らの間にも誓約は交わされているんだろう。冷静になれ。……彼も、弟を喪っているんだぞ」
クルーエルから喪失の悲しみなど欠片も感じられないが、ショウは言った。
「それに、お前が今するべき事は彼を殴ることじゃないはずだ」
ショウは目線を、横に移す。
気を失ったセラフィナが、兵士に介抱されていた。




