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完成する包囲網

 北部はショウ・フェニクスを筆頭に、反乱を宣言した。


 恐らく国中を震撼させたことだろう。まさかドロゴの甥が背くとは、誰も思っていなかったのだ。

 

 魔導武器は優秀だった。ドロゴが兵を派遣したのは反乱から数時間後で、動きとしては決して遅くはなかったが、戦闘は、俺たちが思っていた以上に、一方的な展開だった。


 北部を軸に、数日で中央へと戦線は下っていく。反戦を掲げるショウに、付き従う人間は多かった。まだ北部であるがゆえか、街は抵抗なく通過できたし、むしろ待ってましたと言わんばかりの抵抗のなさだ。北部の旗を掲げ、歓迎さえしている家もある。前皇帝ローグの面影を、ショウの中に見たのか、期待は大きかった。

 無駄な人死には出したくなかった俺たちにとっても、思ってもみないことだった。


 人々を中央から北部へと改宗させた極めつけは、セント・シャドウストーンの表明だ。


 “皇帝ショウ・フェニクス”に従う。

 それだけで十分だった。


 俺が乗っ取った魔導武器を使うまでもなく、最小限の戦闘で、俺たちは勝ち進んだ。焦ったドロゴは大勢の兵が駐屯する極東統括府に助けを求めたが、キングロードは動かない。

 数年かけて築き上げた対中央への包囲網は、今になってその本領を発揮していた。


 だが中央も、黙って反逆を静観しているわけではなく、彼らに従う人間も当たり前におり、帝都付近の平原で、兵力は一時拮抗した。

 とはいえ、こちらには俺とバレリーと、そしてシャドウストーン兄弟がいる。この国で優秀と言われる魔法使いの上澄みが勢揃いしているのだ。

 ロゼッタは公国で構えているが、ドロゴの挙兵要請に従わないだけで十分だ。

 このまま押せばよいと思うが、その点について、ショウは否定的だった。


「このまま進軍すれば、危機を察知したドロゴとシリウスが逃げかねない。地方に下がり、そちらを首都にしたなどと言われたら、いたずらに争いを長引かせることになる。ならば一時拮抗――あるいはこちらを劣勢に見せて、攻め込ませたところを迎え撃ち、一気にカタを付けた方がいい」


 ショウは優秀な指揮官だった。


「ショウ・フェニクスは魔法が使えはしないが、確かに商売と戦争の才能はあるな」クルーエルをもってして、そう言わしめるほどに、ショウはよくやっていたのだ。


 だから、わざと、戦線を北部へと下げた。

 ここまでで一週間の出来事だった。長期戦をする気はない。あと数日で、俺たちは中央政府に成り代わるつもりだった。


 それは、そうやって戦闘が膠着した折りの晩だった。


 馬鹿でかい魔導武器を持つ俺たちの陣営は敵からすると丸見えだが、勝てる見込みが無いとでも思っているのか夜を襲われることもない。

 いや実際、襲われることはあったが、大抵俺かジェイドのような血の気の多い奴が返り討ちにしていた。


 夜は魔法使いが二人ひと組で見張りについた。俺が見張りにつくときはセラフィナも一緒に過ごしていたから、三人ひと組になるのだが。

 

 そうとも、セラフィナもいるのだ。


 北部の屋敷にいた方がいいとショウは言ったが、彼女一人屋敷に置いて、何かあったらどうするんだと反論した。彼女にとって一番安全なのは俺の側以外にない。

 戦場を女性に見せるのはいいことじゃないともショウは言ったが、セラフィナはそんなにやわな女じゃない。なんたって一度は国の頂点に君臨していたのだ。今のセラフィナは悪女ではないが、奇妙に肝が据わっているところがあり、戦いに怯むことはなかった。


 むしろ屋敷にいるのはリリィだった。表向きは北部で匿い、裏の理由としてはキングロードへのダメ押しの人質だった。彼女はどこまで承知しているのか知らないが、表向きの理由を信じることにしたようだ。


 物音と言えば、森から響く木々のざわめきくらいな晩だった。

 雲が厚く、月も星も見えない。風がときおり強く吹く、そんな夜だ。


 俺とセラフィナは兵士達のテントから離れ、森に近い場所に魔導武器を立たせ、その足下に座っていた。


「戦場を思い出す?」


 俺にぴったりとくっついていたセラフィナが、ふいに問いかけてきた。


 あそこはもっとひどかった。


 夜でも砲撃の音が響いていたし、突発的に戦闘が開始されることもあった。何人殺したかさえ覚えていないし、あの独特の異様な兵士達の高揚も、今とは全く異なる。今は戦場にあっても不思議に落ち着いていられたし、むしろ穏やかささえも覚えているのは、圧倒的に有利な立場であるせいかもしれない。


 ならばここはましかと言われたら、そうでもない。やはり人は死に、殺した人間の怨念と、血の匂いがいつまでも纏わり付く気がしていた。それでも俺は、いつかのようにセラフィナを遠ざけはしなかった。俺の穢れが彼女に移ろうが、そんなことは、些末な問題に思えたのだ。


「いいや、お前がいるおかげで思い出さないよ」


 それは嘘だったが、セラフィナは満足げに笑い、俺の膝に頭を乗せ、寝息を立て始める。上着を脱いで、彼女の体にかけてやった。

 彼女の髪に触れていると、まるで昼下がりのサンルームでまどろんでいるだけであるかのような錯覚を覚え、戦争のことなど、本当に忘れてしまいそうだった。


「寝たのか」


 セラフィナが深い眠りに落ちた頃、見回りをしていたジェイドが戻ってきて、俺の隣に腰掛けた。

 本来ならば今日の見張りは俺とバレリーだったが、珍しくジェイドが代わりを言い出したのだ。


 広範囲に索敵の魔法をかけていて、そこに何も引っかからないのだからまずもって安全であり、見回りなど不要だが、ジェイドはセラフィナが起きている時には近づこうとしなかった。

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