反逆開始
気が進まないながら、シリウスのパーティに参加することになった。
いつも以上にセラフィナは目の毒になるほど美しく、相も変わらず悪趣味極まりない絢爛豪華な会場に入ると、老いも若きも男も女も、誰もが彼女に注目する。
「皆、アーヴェルとショウを見ているわ。やっぱり二人って素敵なのね」
物珍しそうに会場を見渡しながら言うセラフィナに、お前を見ているんだよ、と出かかった言葉を呑み込んだ。周囲に目を光らせ、過去セラフィナを襲った男達を発見する。
「絶対に俺から離れるなよ」
後であいつらを排除しておかなくては。アーヴェルは心配性ね、と彼女は笑った。
初めにシリウスとドロゴに挨拶をしなくてはならず、形式上、セラフィナを紹介し、祝いの言葉を述べた。
「甥たち! 随分久しぶりだな。変わりはないようだ」
ショウのような黒髪を持ち、軍人上がりのためがたいもいい。その中年の男は、己が俺たちにとって親しみやすい叔父であることを周囲に示すためだけに、ショウと俺の背を叩いた。こうもにこやかに接してくるが、こいつが俺たちを見張るために魔導武器を北部に導入すべく動いていることを知っている。
これがこの国の皇帝、ドロゴであり、俺たちが倒す敵だった。
ドロゴは親父に似ているというが、こんな間抜けが親父に似ているはずがない。節穴のど阿呆め。俺たちはかなり変わったというのに。
奴の視線が、俺の隣に動いた瞬間、舌打ちを隠せなかった。すけべジジイが。ドロゴの目はセラフィナに釘付けだ。やはりセラフィナを連れてくるべきじゃなかった。
だがセラフィナを見ていたのはドロゴだけではない。シリウスが進み出て、セラフィナに語りかける。
「やあ、君がセラフィナだね? 親族になるというのに、アーヴェルは君に会わせてくれないから、挨拶が遅くなってしまったね。今度ゆっくり帝都に来たまえ、案内するよ」
セラフィナが答える前に俺は言った。
「話しかけるなシリウス、ぶち殺すぞ」
「か、勘弁してくれよ。君の口の悪さは知っているけど、そこまで言われる筋合いはないだろ」
あるが。
「これからよろしく、セラフィナ」
「おっと触るな、危ねえな」
シリウスが片手を出したためセラフィナの肩を抱き遠ざける。シリウスがますます困惑したように眉を顰めたが、構うものか。
曲が流れ、せっかくだからとダンスに誘うが、セラフィナは首を横に振る。
「……わたし、踊れないもの。誰も教えてくれなかったから」
失念していた。俺と兄貴はセラフィナに家庭教師を付けていたが、確かにダンスは教えなかった。
普通、上流階級の娘なら、小さい頃から一通りの立ち振る舞いを学ぶものだが、シャドウストーン家で虐げられていたセラフィナにその機会はなかったらしい。悪女セラフィナは、いつも派手なドレスで踊りまくっていたが、彼女も彼女なりに陰で見えぬ努力をしたのかもしれない。
「関係ねえよ。失敗したって相手が俺ならいいだろ。リードするから、楽しもうぜ」
そう言って片手を差し伸べると、セラフィナはおずおずと手を取った。曲が変わったタイミングで、俺たちも踊る。
俺の目の前で、セラフィナは楽しそうに笑っていた。
奇妙な既視感を覚えていた。彼女と踊るのは初めてだが、ずっと前にも似たような場面があったような気がしたのだ。
彼女の笑顔を見たいと願い、細い体を引き寄せたいと願い、彼女が幸福を感じればいいと、そう願ったことがあったように思う。あるいは、常にそう願っているだけか。
曲が終わり、セラフィナも首をかしげる。
「不思議、わたし、あなたとずっとこうして踊りたかった気がするの。ダンスなんて、ちゃんとやったことさえなかったのに」
新しい曲が始まると、セラフィナの方から手を出してきた。もう一曲相手をしてほしいという意思表示だ。
「俺とばっか踊って楽しいのかよ」
俺から離れるなと確かに言ったが、目の届く範囲にいるなら、他の相手と踊っても構わなかった。だがセラフィナは言う。
「当たり前よ。アーヴェル以外と踊ったって、ちっとも楽しくないわ。あなたは違うの?」
挑むような視線を見返す。
「違わないよ」
正直言って、ここに来る前は俺の性格的に他の令嬢に目移りでもするような気がしていたが、いざセラフィナを前にすると、毎日顔を合わせているというのに、彼女以外に興味は沸かない。
「もう一曲踊りましょう?」
「ショウとも踊ってやれ。あっちで人に囲まれて困ってるからさ」
「アーヴェルは?」
「俺はちょっとやることがあるんだ」
他の令嬢のところに行くのかと疑うセラフィナをなだめすかし、すぐ戻ると告げて、ショウのところへ派遣した。彼女がショウを誘い出したのを見届けてから、庭へと出る。
いつかセラフィナを襲った男達が四人、話しているのを見つけた。周囲に気づかれないように魔法を放ち、そいつらを地面に叩きつける。一発目で男達は気絶したが、念のため、もう数回叩きつけておいた。だが念には念をと素手でも何度か殴ってみる。なんとなく気が済まなかったため、ついでに俺が考え得る最大の恐怖の記憶を、こいつらに植え付けておいた。それでも気が収まらず、――外に出た瞬間死んだ方がマシだと思えるほどの苦痛を味わいながら実際に死ぬという暗示を脳内に吹き込んでおいた。
次に起き上がったときも、悪巧みなど、もっと言えば外出さえも、もうできないだろう。
背後から声をかけられたのはそんな時だ。
「何やってるんですか。怪しいなあ」
振り返るとバレリーがいる。俺に話しかけながらも、視線は倒れている男達に向けられていた。
「その人達、何者ですか」
「くそだ」
「僕が消しておきましょうか?」
「いいや、いい」今は大きな問題を起こしたくなかった。
ふ、とバレリーが笑った気配がした。
「アーヴェルさん、あなたを見てるとたまに思います。まるで未来が見えているみたいだって」
「見えてるぜ、俺は天才だからな」
本当のことを、バレリーにも告げる気はなかった。全てを知っているのは俺とショウで、少し知っているのがセラフィナだ。それだけでいい。
バレリーと話した後で、セラフィナとショウのところへと戻った。
問題なくパーティが終わり、予定通り俺たちは北部へと帰る。そうして数日後、北部統括府に魔導武器が配備された。
巨大な武器を見て、バレリーと顔を見合わせた。
「さあ、戦闘開始だ」




