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君こそすべて

 奇跡を起こすのに、運を天に任せていてはいけない。徹底的な下準備、それが俺たちに必要なことだった。数年間、俺たちはひたすら、水面下で動いた。


 魔導武器が配備されるまでの間、キングロードと絆を結ぶ以外にも、せっせと地味な根回しを行い、北部の諸侯達との連携を築き上げた。


 兄貴とリリィの仲も順調で、そこに不安はない。

 キングロードとフェニクスの縁は強固だ。


 血族の誓約をした直後辺りに、ジェイドは北部の学園を去り、中央へと編入し、そのままそちらを卒業した。ロゼッタの調査が完了し、ジェイドの役目も終わったと言うことなのだろう。

 以前に比べ寡黙になった奴は、俺を避けるようになり、あれほど念を押した井戸を探るという約束も、音沙汰無く、反故にされかけているような気もする。

 だがロゼッタとクルーエルに密告をしていない様子を見るに、完全に俺を見限っているわけでもなさそうだ。仮に俺がジェイドに井戸を探らせていたことがばれても、彼らは俺に攻撃できない。

 やはり誓約、それは確実に効果があった。


 ロゼッタは公国を得て、富を蓄えた。

 

 俺は学園を卒業した後、先に北部統括府に勤務していたバレリーに合流し、宮廷魔法使いとなった。

 着実に、中央への包囲網は完成しつつあった。

 いつか兄貴が言ったように、“概ね”を付ければ、万事順調に進んでいる。

 

 セラフィナは時にわがままを言うこともあったが、俺と兄貴の行動に文句を言うことは一切なかった。

 学校に通いたいという彼女を止めたのは、俺だ。前にセラフィナが貴族の子女が通う学校へ通った時、ショウの存在があるのにもかかわらず婚約を申し込まれたことがあった。そんな真似をされたら、俺は相手の男をどうにかしてしまいそうだ。

 だが俺の小手先だけのごまかしでは、効果はあまりなかった。


 セラフィナが十六歳になる頃にもなれば、彼女の評判はもはや北部だけに隠しておけないほどになっていたのだ。

 

 俺たちが彼女を隠すから、余計に野次馬どもに火がついた。彼女見たさにわざわざ北部まで出ずっぱってきた奴らを、追い返したことは一度や二度ではない。粛々と反乱計画を進めたい俺たちにとっては、正直、厄介な障害だった。


 障害といえば、もう一つあった。

 予感していたことではあるが、北部に魔導武器の配備がなかった。

 シャドウストーンが俺たちの仲間になっている今、シリウスとドロゴに、魔導石目当てに魔導武器の配備を囁く人間がいないのだ。やはり前の世界達で、シャドウストーンが俺たちを嵌めようとしていたことは間違いない。今回同じように奴らに囁いてもらう手は使えない。俺たちの交渉のカードの魔導武器の配置が、そもそもなかったと伝えるようなものだからだ。


「いくらでも解決策はある」とショウは言う。「リリィの父親に、頼めばいいさ」


 キングロードはショウの言うとおりに、ドロゴに耳打ちをした。彼はショウの中にローグの欠片を見て以来、俺が引くほどには協力的だった。

 リリィとショウの婚約の縁で、魔導石を発見し、怪しまれないために表向き婚約を続けているというストーリーを仕立て上げたのだ。阿呆の叔父上はすんなりと信じ、魔導武器を手配した。北部に届くのも時間の問題だろう。


 シリウスの誕生日パーティの招待状が届いたのはそんな折りだった。俺は行くつもりはなかったが、参加すべきだとショウは言う。

 書斎で招待状を囲みながら、俺たちは話し合っていた。


「一度衆目にさらしておけば、セラフィナ目当ての人間も減るだろう。現に以前はいなかったじゃないか。こうも彼女を見に人が集まるのは、アーヴェル、お前が彼女を隠すせいだ」


 一利ある意見だが、気は進まない。自分がこれほど嫉妬深い人間だったとは知らなかったが、セラフィナが他の男に目を付けられるのは耐えがたい。特にドロゴとシリウスは許せない。


 俺の思いは知っているはずだが、ショウは言う。

 

「耐えろ。どのみち排斥する人間だ、皇帝と皇子は放っておけばいい」


 時に兄貴は、俺が驚くほど冷酷だった。殺されているから嫌悪も順当な反応かもしれない。


「俺たち全員、欠席でいいだろう」


「私も積極的に行きたいわけではないが、まだ怪しまれる行動を取るわけにはいかない」


「セラフィナに危険が及ぶぜ」


 苦い思いを抱えるのは、あのパーティでセラフィナが襲われかけたからだ。


「前と同じように、先にお前が彼らを黙らせておけばいい。私がやってもいいしな。セラフィナもパーティに行きたいだろう?」


「行きたい行きたい! 行きましょうよ?」


 状況が分かっていないセラフィナは、大きな瞳を輝かせた。

 俺は悪あがきに、わずかばかりの抵抗を見せてみる。


「でも俺が他の女と話すと、お前拗ねるじゃん」


「だって心配なんだもの。アーヴェルって調子いいし……」


 ひどい言われようだ。

 セラフィナは眉を下げた。


「ね? たまにはいいでしょう? わたし、帝都って行ったことないんだもの。アーヴェルと離れないようにするし、もし危なくなったって絶対に守ってくれるでしょう?」


 おずおずと、上目遣いに見上げられる。彼女にねだられると、俺はいつだって弱かった。




 兄貴の言うとおり、俺はセラフィナを、自分のいいように言いなりにさせすぎているのかもしれない。過去の世界の話は、全てを伝えているわけではないし、この数年間で、セラフィナと出かけたことは数えるほどしかない。それも必ず俺と一緒だった。他の人間に彼女を見せたくなかった。

 俺は彼女を、一人前の人間として扱っていないのか。自分の都合のよいように、利用しているだけなのか――?


 夜、部屋でそんなことを考えていると、ノックも無しに扉が開かれた。いたのは寝間着姿のセラフィナだ。暗い部屋で、窓から差す月明かりが、彼女を清らかに染めていた。


「来いよ」起き上がり、ベッドの上に座りながら手を差し伸べると、彼女は素直に従い、俺の正面に座った。猫の毛のように柔らかな彼女の髪を触りながら、問いかけた。


「帝都に行きたいか? 北部にいるのは飽きたか」


 彼女は首を横に振る。


「違うわ、北部が大好きだもの。ただ、たまには三人で、違う場所に行ってみたいだけ」


 罪悪感に駆られる。


「俺、お前に辛い思いをさせているのか。お前の望みなら何だって叶えてやりたい。悲しませたくないし、喜びだけ与えているつもりだが、本当のところ、これが正解か分からないんだ。対等な立場として扱っていないのかもしれない。お前はどう思ってるんだ」


 俺が心からの悩みを吐露したにもかかわらず、セラフィナは声を出して笑っただけだ。


「アーヴェルは、いつも一人で悩んでいるから心配よ。正解なんてないでしょう? だからわたしたち、いつも三人で、話し合って決めているんじゃないの」


 目から鱗だ。いつの間にセラフィナは、こんなに人に寄り添える人間になったんだろう。なんて心が綺麗なんだろうか。

 月が雲に隠れたのか、部屋はわずかに暗くなる。


「お前が俺を信じてくれるから、俺は真っ直ぐ立っていられるんだ」


 再び髪に触れると、心地よさそうにセラフィナは目を細めた。頬に唇を寄せると、幸福そうに微笑む。ずっと昔から、こうしたかったんだ。


「好きだ、セラフィナ。心の底から好きだ」

 

 何度も彼女に触れているが、その度にいちいち胸が詰まりそうだ。愛を、幸福を、俺に教えてくれたのはセラフィナの方だった。


 セラフィナ。彼女の名を呼ぶ度に、馬鹿みたいに涙が出そうになる。

 抱きしめると、華奢な体は俺の腕の中にすっぽりと収まった。しばらくそうして互いの胸の鼓動を感じていると、囁くように、セラフィナは言う。


「アーヴェル、わたし、あなたが本当に好きよ。きっとあなたが思っている以上に、好き。

 あなたが望むなら、なんだって言うことを聞くし、なんだって捧げる。あなたのためなら、わたし、死んだってかまわない。我慢なんて少しだって、辛くないわ」


「何もいらない。お前が存在してくれていれば、俺はそれだけで十分だ」


「わたしいつだって、あなたの側にいるわ」


 込みあげる思いを抑え切れずに、彼女の顔を引き寄せて口づけをした。髪に触れ、頬に触れ、手に触れ、体に触れた。

 何度も何度もキスをした。

 だが何度確認しても、まだまだ足りない。俺は彼女のもので、彼女は俺のものだということを、何度だって、互いの心に刻み込みたかった。

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