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心強い味方

 己を否定されたにもかかわらず、ショウに、怯んだ様子はなかった。


「私はリリィを北部統括府長の妻にしたいわけではありません。なってもらいたいのは、皇帝の、妻です」


 皆の食事の手が止まる中、ショウだけが続けているという異常事態だ。流石のキングロードも、困惑を隠せない。眉間に皺を寄せ、リリィと顔を見合わせているが、当然彼女も初耳のはずだ。


「それはどういう意味だね、ショウ・フェニクス公。君はリリィと婚約をしたいから、この場を設けるようにしたのではなかったのか」


「そのとおりです」微笑み、ショウは答えた。


 不穏な空気を感じ取ったのか、俺の横に座るセラフィナが、テーブルの下で俺の手を掴んだ。


 いかなる愚者も、この意味が分かるだろう。

 キングロードとリリィの顔が、にわかに厳しいものになる。


「つまり君たちは、ドロゴ様とシリウス様に取って代わる気でいるのか」


「彼らの目的は領土の拡大です。国民の声に押される形で戦争を始めていますが、快進撃もいずれは止まる。すでに今、戦況は泥沼に足を突っ込んでいるでしょう。統括が上手く行っていない占領地もある。圧倒的な軍事力を有する我が国ですが、体が肥大し統制がとれなくなっています。

 大陸の領土は限られている。たまたま一手先で領土を拡大したのが我が国だったというだけで、領土が欲しいのは、他国も同じだ。このまま侵攻を繰り返せば、他国の反発が大きくなる。一国に対して、大陸全土が徒党を組み、占領地を解放せよと大義を掲げ、戦争を挑んできた時に、対抗するだけの力が、この国にあるとお考えですか」


「君ならば、もっと上手くやれるとでも考えているのかね」


「経営者としての私の評判はいいと、先ほどおっしゃってくださったではありませんか」


「そのために、私の娘に近づいたのか」


 キングロードの言葉に、リリィは目を見開いた。ショウの態度に変わりはない。


「まさか、彼女を愛しているからです。今のことは、結婚を認めていただきたくて、話の流れで言ったにすぎませんよ」


 嘘だ。俺たちの目的は、キングロードを手に入れることだ。


 キングロードと我が家の縁故が強固になれば、反逆を起こし、争いになったときに味方が増える。信用ならないシャドウストーンよりも遙かに頼れる仲間だ。特に位置として非常に重要な意味を持つ極東統括領をこちら側に引き込めるのは強みだ。

 だから兄貴はリリィに近づき、恋人の座を勝ち取った。


 驚くべきはこれが兄貴の提案だということだ。


 正直言って、俺は初め及び腰だった。俺だけセラフィナと添い遂げ、兄貴はリリィと恋愛感情無く結ばれる。だがよくある政略結婚だと兄貴は言う。兄貴もそれだけ、勝利に貪欲であるらしい。


 キングロードは目を閉じた。誰も口を開かない重苦しい沈黙が続いた後で、やがて彼は、ゆっくりと息を吐き出した。


「言いたいことは、分かった。

 分かったが、今君とリリィを婚約させることの影響がどれほど大きいのか、若い二人は見えていないんだ。ショウ君、君は魔法使いではないし、理由が立たない。北部とシャドウストーンが近づいた上、キングロードと魔法使いでない君が婚約を結べば、ドロゴ様が放っておくはずがない」


「おい」


 耐えられずに俺は立ち上がり、勢い余って、椅子が床に倒れる。


「なら、俺と婚約を結んだ形にすればいい。リリィと俺は魔法使いだ、理由なら立つ。で、本当にショウが皇帝になったら、二人が結婚すればいい」


 兄貴が俺とセラフィナに提案したように。

 否定したのはセラフィナだった。

 

「え! やだ! やだやだ!」顔を真っ赤にする。「わたしがアーヴェルと結婚するんだもん!」


「あくまで表面上だよ。リリィだって俺と結婚するつもりはないし」


「わたしはどうなるの? シャドウストーンには戻りたくない!」


「ショウと婚約を結び直したことにするんだ。そうすれば北部にいてもおかしくない」


 俺とセラフィナの間に突如として生まれた緊迫を、解いたのはまたしてもキングロードだった。

 

「待ちたまえ、性急な少年だな君は。婚約者まで泣かせて、悪い男だ」


 ごほりと咳払いをして、キングロードはショウに向き直る。


「……ショウ・フェニクス公。君の性格は母君に似ているかと思っていたが、今こうしていると、ローグ様そのものに対峙しているような錯覚に陥るよ。彼は大胆で、人が考えもしないことを実行した。国民皆が、彼に陶酔していたんだ」


 そうして豪快に笑った。


「懐かしいな、もうあの情熱は去ったものと思っていたが、まだ我が胸に残っていたらしい。私が忠誠を誓ったのは、ドロゴ様ではなくローグ様だ。彼はとうに去ってしまったと思っていたが、今その姿を、君の中に見た」

 

 思わず口をはさむ。


「魔法使いじゃないショウに、リリィを嫁がせるのは困るんだろう」


「ショウ君は順当に行けば北部統括になる男だ、理由など、いくらでも立つさ」


 なんてことだ。舌を巻いた。

 俺たちはキングロードにまんまとしてやられたらしい。

 俺とショウの真意を探るために、わざと喧嘩をふっかけたのだ。ショウを見ると、ウインクされた。遅れて俺も気がついた。キングロードとショウは、ずっと腹の探り合いをしていたということに。

 殴り合いの喧嘩ならそれなりにやれるが、舌での戦はショウには敵わない。この場の勝者は、キングロードを味方につけた、ショウただ一人だった。




 食事会後、ショウはリリィと過ごすというので、一度別れた。俺とセラフィナは二人で過ごし、早朝に宿に戻ったショウを迎える。


 その頬を見るなり、昨夜何が起こったのか想像ができた。ショウは顔に、平手打ちの跡をこさえて戻ってきたのだ。

 

「もみじみたい!」


 セラフィナがはしゃぐが、俺は自分の顔が引きつるのを感じた。こんな兄貴の姿など初めて見たし、リリィとの仲に亀裂が入るようなことがあってはならないからだ。


「喧嘩したのか」


「父親に近づくために自分を利用したのかと、リリィに怒られてな。だが誤解は解けたよ。万事問題ない」


 そう言って、少し困ったように頬をかいた。

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