ショウの婚約
誕生日パーティ以降、本当にリリィと兄貴は会っているらしかった。
俺としては複雑な胸中もあり、その日、深夜に帰宅した兄貴を出迎え、言う。
「順調か」
ショウは俺を見ると眉を下げた。
「……本当にいい娘だ、お前が気に入っているのも、よく分かったよ」
確かにリリィはいい奴で、それは間違いのない事実だ。恋人としてやっていた頃は相性が悪かったが、友人としてならば、いつだって上手く付き合っていた。
「リリィを、好きになったのか」
「ああ、そうなることを願うよ」
微妙な言い回しに、俺もそれ以上は追求しなかった。俺の顔を見て、ショウは笑う。
「そんな顔をするなアーヴェル。大丈夫だ。万事、想定通りに進むさ。近く、彼女の父親と会う場も設けてもらえそうだ」
その言葉どおり、リリィの父親と顔を合わせる機会はすぐに得た。
北部の学園に近い会員制のレストランで、俺たちは顔を合わせていた。セラフィナも一緒に連れてきたのは、家族の気楽な食事会だと、周囲に、そうしてキングロードに思わせるためだ。
セラフィナも、いつもと雰囲気の違う俺たちに合わせてか、口数は少なかった。
俺たちの命運は今日、決まると言っても過言ではない。
キングロード極東統括領長。彼のことは知っていた。
俺がリリィと婚約していた時も、度々顔を合わせていた相手だった。性格を言うならば豪胆で、義理人情に厚い男で、筋骨隆々とした外見からはリリィと似ている部分は見受けられない。
親父ローグとも親交が深かったようで、皇帝に対する忠義は本物だ。だから俺たちの親父が死んで、ドロゴの手により中央から辺境へと左遷されても、文句を言わず従った。
だが一方で、現在の中央は好かないと、ぼそりと漏らしていた言葉を、聞いたことがある。そのひと言に、光明はあった。
先にテーブルについていたキングロードは、俺たちを見て笑顔になる。
「やあ、ローグ様の息子殿! 話はリリィから聞いている、随分と仲よくしてもらっているそうじゃないか。ショウ君、ローグ様がご存命の頃は度々顔を合わせていたが、覚えているかね?」
こころなしか、父親の隣にいるリリィの表情は暗いように思える。恋人を自分の父親に合わせる場に緊張しているのかもしれない。
立ち上がったキングロードは、豪快に笑いながらショウの背を何度も叩いたあと、俺とセラフィナに向き直った。
「アーヴェル君、君が生まれたときにも、一度会ったよ。リリィとも同じ学園と聞いている。
……そうして君は、セラフィナだね?」
キングロードはセラフィナに視線を合わせるようにかがみ込む。セラフィナはかちこちに緊張していたが、淑女の礼儀を忘れはしなかった。
「セ、セラフィナ・セント・シャドウストーンです! もうすぐで、セラフィナ・フェニクスになります!」
当然俺と結婚するつもりであるセラフィナがそう言い、同意を求めるように俺を見上げた。プレッシャーがすごい。
もうすぐではなく、そのうちが正しい表現だが、それを言うと拗ねるので、この場では黙っておくことにした。
食事会が和やかに進む中でも、リリィの口数は少なかった。俺と兄貴が話しかけても、いつものようなはつらつとした答えは返ってこない。
話も盛り上がってきた頃、兄貴がついに切り出した。
「キングロード公。本日は会っていただきありがとうございます。もう話は聞いているのかもしれませんが、私はあなたの娘を妻にもらいたいと考えています」
キングロードの表情に変化はなく、穏やかに、諭すような口調で言葉が返ってきた。
「……近頃、北部とシャドウストーンが急速に近くなっているともっぱらの噂だ。君たちは、何を狙っているのだね」
流石、極東統括領長の目はごまかせない。
ショウは本音などおくびにも出さずに答えた。
「なにも。ありもしない噂を色々言ってくる連中がいるのは、あなたもご存知のはずだ。私たちは、親交を深めているだけですよ」
しばしの沈黙の後で、キングロードは口を開く。
「私の目まで誤魔化すつもりか」
もはや気さくな男のなりは身を潜め、抜け目のない貴族の男が目を光らせていた。
「ショウ君、経営者としても、人柄としても、君の評判は大層いい。だが、北部でしか出世の見込めない人間であることもまた事実だ。中央に君の叔父上がいるかぎり、君は北部から出られない。そんなところに、娘を嫁がせるわけにはいかないよ。それに君は魔法が使えないだろう」
リリィが唇を噛みしめるのが見えた。
俺とリリィの婚約はすんなり認めたこの親父だが、それは俺が魔法使いだったからだ。魔法使いが魔法使いと結婚することに、文句を言う人間はいないが、単純な有力者同士の結婚だと、余計な感情が沸くのかもしれない。
もしかするとキングロードは、初めからショウとリリィの婚約を断る気だったのかとさえ思えた。
先ほどから青い顔をして黙っているリリィがその証拠だった。




