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キングロード家

 

 準備は、着実に進んでいた。根回しを、ショウばかりに任せているわけではなかった。セラフィナの誕生日が過ぎた頃、俺は北部の魔法専門高等学園へと入学した。

 当然魔力だけで言えば、前のように一発で卒業するだけの能力はあったが、目的は勉強にはない。


 極東統括府長の娘、リリィ・キングロードに近づくことが、俺の目的だった。




 学園のことを語るならば、特筆すべきはジェイドが再び、北部へと入学してきたことだ。

 以前のように、俺に敵意を見せることもない。来た理由を尋ねると、奴は言った。


「父上の提案だ。北部に近い場所に俺がいて、親しい交流が続いているように見せれば、父上や兄上が北部に調査に出かけても、回遊だと思われ怪しまれることはないからな」


「それよりお前、ちゃんと井戸を調べているんだろうなあ?」


 ジェイドはぎろりと俺を睨み付けた。


「ああ。だが父と兄に怪しまれないようにするのは骨が折れる。そう簡単には進まないんだよ」


「頑張れよ。人の背後を取るのは得意だろう?」


 意味が分からないジェイドは眉を顰めた。


「本当にあそこに、母の死の手がかりがあるのか? でたらめを言っていたら承知しないぞ」


「確実にそうだ」言うほどの確信は持てていなかったが、そう言わなければジェイドは調べないだろう。


「何か分かったら教えてくれ。あの井戸は、セラフィナにも関係がある。彼女に関係があるということは、俺にとっても重要だと言うことだ」


「随分、あの妹に執着しているようだな」ジェイドの表情が、曇ったように感じた。


「まあ好きだからな。当たり前だ」


「あれはお前が思っているような人間じゃない。あいつは空の器だ。ただ、優しくしてくれる人間にすり寄っているだけだ。固執するほどの相手じゃない」


 前の俺だったなら、セラフィナを侮辱したジェイドに殴りかかっていたかもしれない。だがこいつにしても、変わる余地があると今は知っている。暗澹たる家に生まれ、他の価値観を教えられていないのだ。


「どうしてそんなにセラフィナを憎むんだ」


 ジェイドは何も答えない。こいつとセラフィナの間にある感情など俺は知らない。俺が知っているのは、俺と銘々の関わりだけだ。


「案ずるなジェイド。あいつが空っぽだって言うなら、俺の愛で満たしてやる」


「気色の悪い男だな」

 

 言葉とは裏腹に、ジェイドはようやくおかしそうに笑った。こいつとの交流は、俺としても保っておきたい。ショウを一度は殺した人間だが、所詮はロゼッタの手駒に過ぎず、シリウスとは違い、恨みはあまり感じなかった。むしろ関係を保持することで、シャドウストーンを探る糸となるならば、近くにいた方がいい奴だ。


 とまあ、ジェイドの話は余談だ。

 本命は別の人間だった。


 学園の研究棟の一角に、目当ての相手はいた。白衣姿で研究に没頭するリリィ・キングロードは、俺を見るとにこりと笑う。


「やあ、アーヴェル。あなたがこっちに来るなんて珍しいわね」


 はつらつとした笑顔は相変わらず綺麗だ。心の奥で情と罪悪感が疼いたが押し込める。今の彼女との関係は良好で、互いに抱くのは友情だけでよい。

 世間話をいくつかした後で、俺は問いかけた。


「父親と連絡は取っているのか」


「お父様? ええ、長期休みのときはいつだって会っているし、仲良しよ。……お父様に何か用なの?」


「いいや別に、親父とも仲が良かったって聞いたことがあったからさ」


 はぐらかしながらも、俺は言った。


「今度俺の家に来いよ。兄貴の誕生日が近いんだ、お祝いをしてやろうと思ってさ。人数が多い方がいいだろ」


 これは適当に考えた口実だったが、聞いたリリィは優しく目を細める。


「噂はあてにならないものね」どういう意味か図りかねていると、リリィの言葉が続けられた。


「北のフェニクス家の兄弟仲は良くないって、聞いた

ことがあったから。つまらない噂だって、よく分かったわ」


 実際、仲が良くなかったのだから、噂というのは存外あてになる。

 じゃあ日が決まったらまた誘いに来ると告げ、立ち去ろうとしたときだ。リリィのからかうような声がした。


「なんだ、本当にただのご招待だったのね。口説かれるのかと思ったわ」


 なんと答えていいのか分からず、肩をすくめて見せた。


「俺には婚約者がいるからな。もしいなかったら、そうしていたかもしれないけど」


「セラフィナ・シャドウストーンね、もちろん知っているわ。魔法使いの名家で、ただ一人、魔法が使えない女の子。アーヴェルは彼女がかわいくて仕方ないのね?」


「まあな」


 それは本心だった。もしセラフィナと他の誰かの命を取るという状況に陥っても、迷わず俺は、セラフィナを取るだろう。

 俺の返事を聞いたリリィは楽しそうに笑っている。


「確かにね、不思議なんだけど、あなたと恋人になっても、上手く行かない気がするわ」

 

 邪気のかけらもないその笑みに、罪悪感を、覚えないわけではなかった。


 リリィの父親は、我が国が占領した地で統括をしている有力者だ。極東統括領と呼ばれるそこは、他国から国を守る要の役割を担っていた。つまるところ、立地としては最高だ。守る要と言うことは、攻める要でもある。俺たちが北から中央へ攻めたとき、東から攻め入ってくれたらどんなにいいだろうか。


 キングロード極東統括長を抱き込むことができれば、俺たちはさらに勝ちに近づくことができる。リリィと親しくするのはその足がかりだ。

 もちろんただで彼女の父親に会えるとは思っていない。彼に会うときは、相応の手土産を持って行くつもりだ。


 俺はどんなことだってやってやる。俺たちが勝つためには、あらゆるものを、利用しなくてはならなかった。

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