溢れんばかりの祝福を
その日、俺はショウと共に街に買い物に出ていた。セラフィナを連れてこなかったのには、もちろん理由がある。
もう少ししたら、セラフィナの誕生日が来るのだ。
高級店が立ち並ぶ一角にある宝飾店に入ると、目的のものはすぐに見つかった。
「あった、これをくれ」
「ええもちろんです。ですが旦那様方、女性へのプレゼントなら他にもたくさんございます。もう少し見て行かれてはいかがでしょう」
店員は俺たちの身なりから金持ちだと判断したらしく、愛想良く対応し、店の奥から他の商品ももってこようとする。
慌てて止めた。
「いや、いい! これじゃないとだめなんだ」
セラフィナにやると約束した、宝石が一粒だけついたネックレスだった。
ショウは目を細める。
「前は二人で、あれこれ考えながら選んだのだったか」
「指輪と最後まで悩んだんだ」
思い出し、懐かしささえ覚え、俺も思わず笑った。その前の世界ではショウが山のようなプレゼントを抱えて帰ってきていたから、二の舞にならないように、小さいのを選んだんだ。
「なぜ指輪にしなかったんだっけか」
「指輪は想いが重すぎるからだろ。サイズだって分かんねえしさ」
ああそうか、とショウは答える。兄貴の中にある俺の記憶は、完璧ではなかった。
記憶は、結局兄貴のものにはならなかったのだ。「小説を呼んでもその主人公にはなれないように、お前の記憶を見た私の記憶があるだけだ」と、前にショウは言っていた。なるほどそういうものなのかもしれない。
例えば魔導具は魔力をそこに流し込み、固着することで完成するが、兄貴の場合、流し込まれたのは記憶だったから、魔法自体が消えても頭の中に残ったのだ。それこそ物語を読んだ後のように。
店主がプレゼント用に包んだ箱を受け取りながら、ショウは言う。
「セラフィナへの約束の品だ。お前が渡してやれ」
ああ、と俺も受け取った。たとえあいつが覚えていなくても、これは俺とあいつの約束の証だった。
セラフィナの誕生日の日、やはり料理人は張り切りすぎて食い切れないほどの量の食事を用意した。使用人たちも愛情を込めて、食堂を見事に飾りつけた。
食堂に案内された瞬間、セラフィナが歓喜に叫ぶ。
「わあ! なにこれ! どうしたの?」
「誕生日の祝いだよ」ショウが言う。「おめでとうセラフィナ」
窓の外では雪が降り始める中、俺はセラフィナに包みを渡した。
「ほらよ」なんと言って渡せばいいか分からず、ぶっきらぼうに差し出すと、兄貴に頭をはたかれる。
「照れるんじゃない、こういうものはきちんと渡せ」
ならば、最上級の祝福と共に。
俺はセラフィナの前に跪くと、その手を取ってキスをする。セラフィナの顔が、見る間に真っ赤になった。
「誕生日おめでとう。俺と兄貴で選んだんだ。お前に似合うと思ってさ」
セラフィナは頬を染めたまま、俺と兄貴を交互に見て、許可を求めるようにおずおずと言った。
「開けていい?」
俺と兄貴が頷くと、包みの中身が開けられる。セラフィナは、再び目を輝かせた。
「うわあ! すごく素敵!」
取り出されたネックレスは、俺の手で彼女の首にかけられる。
「毎日つける。絶対、絶対つける!」
それは未来において、セラフィナがどこかでなくしてしまうものだ。だがこの世界でも同じ道を辿るとは限らない。
セラフィナは、はじけんばかりの笑顔で言った。
「誕生日を祝ってもらったのって、初めて!」
セラフィナの十歳の誕生日を祝うのは三回目だった。その度に、彼女は喜んだ。
心臓が持って行かれそうだ。
セラフィナが喜んでいる姿を見るのが好きだ。彼女が笑うと、俺も嬉しかった。
「お父様とお兄様たちに見せてあげたい。こんなに、こんなに大切にしてもらえてるんだって。
ショウがいて、アーヴェルがいて、それだけでも十分なのに、生まれて来ておめでとうって、お祝いしてもらえるなんて」
セラフィナの声が喉に詰まる。
「生まれてきてよかったって、初めて思った。……へんなの、本当の家族より、こっちの家族の方が、ずっと幸せだって思うなんて」
「何言ってんだ、俺たちは本当の家族だよ。お前は俺と結婚して、ショウはお前にとっても兄貴になるんだから」
かつて言ったような俺の言葉に、ショウは笑った。
セラフィナの頭をくしゃくしゃになでると、彼女は照れたようにはにかむ。
外を舞う雪は、俺の魔法で輝いている。その光がセラフィナの大きな瞳に映ると、彼女の目を一層美しく輝かせた。
光の粒が、一つ一つ地面に落ちるのを、セラフィナは、いつまでも楽しそうに見つめていた。