探る
数週間、俺はシャドウストーン家に留まった。
ロゼッタは北部へと調査に出かけ、クルーエルはいるが、俺との交流はなく、俺もあまり、目立つ動きはしなかった。共闘関係になるとはいえ、信頼関係があるわけではない。
北壁フェニクスが勝者になるために、シャドウストーン家が敵になった際に、いつでも排除できるだけの覚悟を決めておかなくてはならなかった。
そうしてついに、ロゼッタの調査が完了し、確かに北部の山々には、純度の高い魔導石が、未だ手つかずで眠っていることを、つきとめた。
「君が示した場所に、魔導石があることを確認した」父親から報せを受けたらしいクルーエルが言う。
「よくつきとめたものだな、アーヴェル。その手腕、確かに素晴らしい」
魔導石があると分かったからだろうか、クルーエルの態度は軟化する。
「まあ俺は天才だからな」――残念ながら実際は違う。
前の世界でシリウスによって魔導武器が配備された山を、調べろとロゼッタに言っただけだ。
その時のシリウスは、そこに魔導石があると知っていたに違いなく、シャドウストーンと繋がっていたはずだ。両者が手を組み、俺たちを排除しようとしていた。奴らが見つけた魔導石を、再び発見させただけだった。
クルーエルは言う。
「本来ならすぐにでも採掘を行いたいところだが、まだどれほど埋まっているか未知数だ。調査を重ねる必要がある、それも中央に怪しまれないように。
だからしばし待つと、父は考えている。ショウ・フェニクスが皇帝になるまでな」
それが本心かは分からないが、少なくとも、敵意は薄れ、俺は無事に北部へと戻れることになった。
だが、フェニクス家とシャドウストーン家。互いに慣れたが、互いに心を許したわけではなかった。
俺とジェイドの交換は、双方の家の中間地点の街の、小さな宿屋で行われた。
シャドウストーン家からはクルーエルが、フェニクス家からはショウとセラフィナがやってくる。俺を見た瞬間、セラフィナが飛びついて来た。
「アーヴェル! 会いたかったよー!」
まるで主人に久しぶりに再会した忠犬のようだ。セラフィナの歓喜はそれほど凄まじかった。
俺の服に顔を埋めてすり寄せる。
「ほんとうに、すごくさみしかった。アーヴェルもさみしかった? フィナに会いたかった?」
「ああ、寂しかったし会いたかったよ」
言うと、セラフィナは満足げに笑い、それから俺に抱きついて、離そうとしなかった。その様子を、クルーエルが無感情で見つめている。
ジェイドはため息を吐いて、顔を背けた。
「こちらは問題なかったよ」ショウがねぎらうように俺の肩を叩く。
「ああ、こっちも特にな」それは嘘だが、あとでゆっくり話し合えばいいだけだ。
早いところ、ショウの考えも聞きたかった。
周囲には、親族の集まりだと思わせながらも、実際はもっと陰鬱とした会食を、俺たちは行った。
特に盛り上がるはずのない昼食を全員で取った後、それぞれの家へと戻ることになっていたのだ。
ジェイドが便所に立った瞬間、後を追うように俺も行く。この宿屋の便所は外に一つ設置されているのみで、俺にとっては都合が良かった。
「ジェイド」
「うわっ!」
背後から声をかけると奴は驚愕の表情で振り返る。
「何だ貴様か。声をかけるなら場所くらい弁えろ」
ジェイドは腕を組み、不服ともとれる表情を浮かべながら言った。
「セラフィナには手をあげていない。危惧しているなら本人に聞いてみろ」
「違う」即座に否定する。ジェイドが大人しくフェニクス家に留まっていただろうことは、セラフィナの様子から容易に想像できた。
長くおしゃべりをしているとクルーエルに怪しまれるだろうと思い、手短に伝える。
「ジェイド、井戸を探れ。エレノア・シャドウストーンの死には、何かある」
「貴様、母を愚弄する気か!」
怒りは想定内だ。だが付き合ってやる時間もない。
「真面目な話だ。お前は信用できる。だから言うんだ。井戸を探れ。だが開けると多分死ぬから、気をつけろ。あの井戸に、呪いがかけられていることは間違いないんだ。それが誰によるものか、どんな性質なのか知りたい」
「なぜそんなことを言う」ジェイドは声を低くする。俺の話に興味を抱いた証拠だ。
「分かるだろ、俺たち家族になるんだ。家族のことは知っておきたい。だが、父親と兄には気取られるなよ」
ぎょっとしたようにジェイドは目を見開く。
「何を……」
「同情はする。お前も被害者といえばそうだ。お前の家はおかしいぜ。息子が娘に、弟が妹に暴力を振るって、それを怒らずにいるのはどう考えてもまともじゃない。
お前の苛立ちを父と兄が受け止めず、幼いセラフィナで解消させているのがおかしいって言っているんだよ。次に会うときは、セラフィナに謝れよ。じゃないと、俺がお前を殺すぜ」
と言って笑いかけると、ジェイドは青ざめた顔をして黙り、用も足さずに戻って行った。
わずかな時間で親族の集まりは終わり、俺たちは北部へと帰る。
だが、帰宅が平和に終わることはなかった。
くそが――と言いたくなるような人物が、我が物顔で屋敷に入り込み、俺たちを待っていたのである。
即ち、調査を終えたロゼッタ・シャドウストーンが、困惑気味の使用人達に囲まれながら、客間にいたのだ。




