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シャドウストーンにおける滞在

「なんで! そんなの、聞いてない!」


 翌朝、起きてきたセラフィナに俺が残ることを告げると、彼女は顔を真っ赤にして首を勢いよく横に振った。


「アーヴェルと一緒じゃなきゃやだ! どうして一人でここに留まるの?」


「分かってくれよ、これも一緒に暮らすために必要なことなんだからさ」


「分かんない! だって、ずっと一緒って言ったのに! 約束破ってるじゃない! うそつき! はじめからこんなんじゃ、これからの婚約も、フィナはふあんになっちゃう!」


 なんて口げんかの強い九歳児なんだ。しかも良心に訴えかけてくる、一番厄介なタイプだった。

 様子を見ていたジェイドが、苛立った様子で口を出す。


「おい無能、決まったことだ、従え――」


 奴がセラフィナの腕を掴もうとしたときだ。セラフィナが、物凄い勢いでジェイドの手を振り払った。


「ジェイドお兄様、二度とフィナに触らないで! フィナに触っていいのは、アーヴェルだけなんだもん!」


「なっ……」


 ジェイドは面食らったような顔になった。彼女に拒絶をされたのは、察するにこれが初めてなのだろう。

 セラフィナは気がついてさえいないのか、はっとしたようにショウを見上げた。


「あっ! ショウも、ちょっとだけならいいよ?」


「それはどうも、ありがとう」ショウは肩をすくめる。

 

「とにかくさ、ちょっとの間だけだよ。お前のお父様が北部をちょっと調べてさ、それですぐに終わるから。な? 会えない時間に、愛が育まれるって言うだろ。帰ったら、俺、セラフィナのこと、もっと好きになってるだろうなあ」


「……ふうん。じゃあ、許してあげる」


 むくれつつ、しぶしぶといったように、セラフィナはようやく頷いた。




 そうして俺は、この屋敷にしばらく滞在することになったのだ。


 俺としても、シャドウストーン家で調べたいことはあった。せっかくの機会を、逃す手はない。

 幸いなことに、ロゼッタもクルーエルも、俺に興味はないようで、客人に構うこともなく、翌日から屋敷の中を歩き回ることができた。


 目指すのは、あの井戸だ。

 

 セラフィナの魔法は呪いだと、バレリーは言っていた。

 あれから俺も呪いについて、事細かに調べた。


 呪い、というのは、魔法として形作られる前の、根源的な願いと言ってもいい。現代においても存在することは確かだが、性質は単純であるが故、簡単に解くことができ、普通は物に固着する前に消失するため、危険性は高くない。

 だがセラフィナのそれは別だった。魔力が強く、そうして固着され、強力に纏わり付き、縛っていた。それに呪いは彼女を殺すどころか力を与えたのだ。


 そうとも、井戸の中に封じられていた呪いで、セラフィナは魔法を得た。力を与える呪い。そんなことが、あり得るのだろうか。


 そもそも誰が誰を、なんの目的で呪っているんだ。

 シャドウストーンに恨みを持つ人間は多いだろう。俺だってそうだ。

 呪いの性質は単純で、解くのにそう手間取るはずがない。 

 シャドウストーンが、呪いに気づかないはずもない。ならば呪いは彼ら以外に向いたものか――あるいは、容易く解けないほどに、強力な魔力が井戸に封じられているということだ。

 呪い自体は魔法ほど便利なものではないが、根源的な力を持っており、単調であるが故、簡単に発動できる。

 効力はそう広い範囲には及ばないことを考えると、ならばこれはやはり、シャドウストーンを呪っていると考えるのが自然だ。


 奴らを呪う、強い力だ。それが井戸に、封じられている。


 庭を通り抜け、井戸の前に立った。

 周囲では、雑草さえも枯れている。


「材質は魔導石か」独り言が漏れた。


 偶然か、それとも狙ったのか。魔導石に魔力が固着され、呪いが残っているようだ。井戸全体が、呪いを溜める、魔導具になっている。


 セラフィナが呪いを受けなかった場合、どうなる。彼らはどうやって、この呪いを消すもりだろうか。

 

「そんなところで、何をしている」


 背後から声をかけられ振り向くと、クルーエルが無表情で佇んでいた。


「別に、散歩だよ。最近セラフィナとも毎朝庭を歩いていたんだぜ、聞いていないか?」


 聞いているはずもないだろう。兄妹の間に愛情はない。


 笑いかけても、クルーエルの態度は軟化しない。

 諦め、俺は井戸に向き直った。


「この井戸の中には何がある?」


「何も」クルーエルは即座に答えた。


 彼らはここに呪いが充満していることを知っているはずだ。今は影響が出ていなくとも、数年後、何かしらの影響が必ず生じるはずだった。


「何もないなら、なぜ封じているんだ?」


 しらばっくれて尋ねるが、クルーエルから真実が返ってくるわけもなかった。


「枯れた井戸で、誰かが落ちないようにするためだ」


「ここに、呪いを閉じ込めているんじゃないのか」


「何を言う。馬鹿げたことを」

 

 クルーエルは静かに言うが、俺はさらにたたみかけた。


「ここから確かに、負の魔力を感じるんだ。魔力が固着されているのは間違いないだろう。たかが井戸だ。複雑な魔法は発動されないことを考えると、魔法として形作られさえしない呪いだろう。問題は、誰がここに魔力を封じ込めたのかだ。

 セント・シャドウストーンの人間が、自らを呪っているとは考えにくいが、外部の人間が敷地内で呪っているのもあり得ないだろ?」


 そうして俺は、一つ前の世界で調べたことを投げつける。


「エレノア・シャドウストーンが、死んだのはどうしてだ」


 それはセラフィナの母親の名だ。


 呪いは今は、潜在している。表出しないのは、発動条件が揃っていないためか、呪いの効力が出るほど、時間が経っていないかだ。

 

 分からないことは多い。

 直近でシャドウストーンの屋敷で亡くなったのはエレノアだけだ。その死には、不審な点がある。彼女もまた呪いによって死んだのか、あるいは彼女こそが、呪いの根源なのか――。 


「……母は産褥死だ。セラフィナを産んですぐに亡くなった」


「エレノア・シャドウストーンが亡くなったのは、セラフィナが生まれて半年も経ったころじゃなかったか。出産に本当に関係があるのか」


 それもまた、一つ前の世界で調べたことだった。

 シャドウストーンで当時使用人をしていた人間をあたり、金を握らせ聞き出した。


「ところでクルーエル。名門シャドウストーン家じゃあ、セラフィナ以外は全員魔法が使えるのに、セラフィナだけ使えないのは、なんでだ?」


「話の脈絡が見えない」クルーエルは顔を歪めるが、俺としては、全て繋がっているように思えた。この家には、謎が多すぎる。


「あの娘には才能がなかった。それだけだ」


 明らかにクルーエルは苛立っていた。


「アーヴェル・フェニクス。探る腹などないのに探られるのは、いい気はしないな。言いたいことがあるのならば、はっきり言ってはどうだ」


 これ以上踏み込むのは危険だと思え、俺は一歩引くことにした。


「別に、俺としても色々お近づきになりたいだけさ」


「私は君と友人になった覚えはない」


「まあ友人じゃなくて家族だからな。だろう義兄さん、長い付き合いになるんだ、仲良くしようぜ」


 握手をしようと差し出した手は、見事に無視される。

 まあいいさ。これは収穫だった。


 一つの仮説として、エレノア・シャドウストーンの死が、呪いを引き起こしていると、俺は考えていた。

 クルーエルの態度によって、その仮説が、現実味を帯びてきてるように思う。

 こいつらが、エレノアの死を隠したがっているのは間違いない。


 歩き出したクルーエルに続くようにして、俺も進む。一度だけ井戸を振り返った。


 だが――、呪い。

 それをどうやって解くのかについて、俺は無力だった。

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