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静かなる夜

「北部に魔導石があるのなら、ここで貴兄等を殺して奪った方が、どう考えても早くリスクは少ない」


 驚いて顔を向けると、初老の男が入ってきた。

 物腰は意外にも柔らかそうな印象だが、睨んだだけで鴉が死んだとも噂される鋭い眼光は隠せない。


 こいつ、いたのかよ。


 セラフィナの父、ロゼッタ・セント・シャドウストーンが、姿を現したのだ。初めてのことだ。大物が釣れた。

 

 セラフィナの体が、がたがたと震え始めた。俺とショウは立ち上がる。

 我慢できずに俺は言った。

 

「俺たちが数日帰らなければ、さらに死んだともなれば、北部はシャドウストーンに対して蜂起する。北部じゃ未だに、皇帝ローグを盲信しているからな、ショウの言葉に絶対的に従う」


 数日かけて、ショウは諸侯たちに挨拶回り――という名目の根回しをしてきていた。もしショウが死んだら俺の魔法が発動して、彼らに報せが届くようになっている。内容はこうだ。「皇帝に背くシャドウストーンを排除しろ」何があってもその命令に従うように、彼らは誓った。

 田舎の人間は、情に厚いのだ。ローグの長男であるショウを決して見捨てはしないだろう。


「北部の田舎じゃ、ユスティティア家の支配から解放したローグのことを神だと思っているし、その息子達も同様だ。そんな奴らを怒らせて、北部相手に戦争をする気か? 勝てたとしても、疲弊は目に見えている。

 お前等の目的は、権力を得続けることだろう、無駄な争いは、望んでいないはずだ」


 そこまで言って、俺は兄貴に頭をはたかれた。


「弟の無礼をお許しください。後で叱っておきますから」


 口ではそう言うが、兄貴の声には少しの怒りも含まれてはない。


「ですが、まあ、私が言いたいのも、概ね同じようなことですよ。利がどちらにあるかなど、目に見えているかと存じますが」




 すぐに返答が来るとは、もとより思ってはいなかった。


 夜も遅く、そのままシャドウストーンの屋敷に泊まることになった。

 それぞれに部屋は与えられたが、俺たちはまるで仲良し家族のように一部屋に固まった。

 腐っても敵地だ。ショウもセラフィナも一人にさせたくなかった俺の提案だった。


「上手く、行くだろうか」


 セラフィナが眠った後で、窓辺に立つショウが、ぼそりとそう言った。

 ソファーに座っていた俺は、顔を上げる。

 俺たちは眠れずに、燭台の明かりの中で夜を過ごしていた。


「いつになく弱気だな」


「お前と違って、私はいつだって弱気なんだ。今も不安で頭がおかしくなりそうだ」


 それは兄貴の弱音だった。素直に驚いた。なんてこった、あの兄貴が俺に向かって弱音を吐いているのだ。なんとなくこそばゆい。

 俺の思いに気づいたのか、兄貴は苦笑した。


「お前が否応なく私に本音を流し込んだからな、私も素直になってしまった。それに、人生を経験した年数で言えば、お前の方が長いだろう?」


「変な兄弟だよな」俺が言うと、兄貴は静かに笑う。


 俺はかつての自分を思い出していた。本音を何重にも嘘と虚栄で覆い、自分でも本心が分からなくなっていた阿呆な奴。

 兄貴のお下がりなど願い下げだ、そう言って、セラフィナと禄に向き合いもせずに遠ざけた。兄貴の死に、本当は立ち直れないほど傷ついていたにもかかわらず、別の道に逃げ気づかぬふりをしていた。それで得られたものなどせいぜい人間不信くらいなものだったというのに。

 深く愛すれば愛するほど、失ったとき、それだけ辛い。だから俺は、いつも逃げた。最低のくそ野郎、それがまさしく俺だった。


 だが思いも寄らないことに、人生をやり直す機会を得た。嘘と虚栄は引き剥がされた。残るのは、一人では何もできない俺だった。


「私も、お前のためなら何だってできるよ。たった一人の弟だ、私だって愛しているとも」


 俺の皮膚に鳥肌が立つ。


「臭いこと言ってんじゃねえよ」


「お前が言ったことじゃないか」


 ショウは可笑しそうに笑った。


「ともかく奴らがどう出てくるかだな。死体で帰る前に、お前の魔法でなんとかしてくれよ」


 シャドウストーンが魔導石欲しさに敵対するのなら、その前に味方に引き込んでしまえばいい。それが俺たちの考えだった。

 最大の敵は最大の味方だ。信用ならない奴らだが、情がなく欲には忠実なのは、俺たちにとって好都合で、悪い手ではないはずだった。


 ショウは再び、窓の外に視線を遣った。見える景色は北部とはまるで違っている。

 植生の違う森が広がる平野はどこまでも続き、ぽかりと浮かぶ月が、眩しいくらいに俺たちを照らしていた。




 シャドウストーンもまた、眠れぬ夜を過ごしたのかもしれない。ロゼッタが提案したのは、こうだった。


「私が北部へと出向き、魔導石の調査をしよう。その間、ジェイドを貴兄等の屋敷に置く。代わりに、そちらの次男を預かりたい」


 さすが誰も信用しないロゼッタ・シャドウストーン。その目で確かめたいということだろう。

 言葉に出さないまでも、ジェイドは見張りだ。そうして俺は人質だ。

 ジェイドは魔法使いだが、周辺をフェニクス家の配下で固められた北部で、下手な真似はしないだろう。だからジェイドもまた人質だ。そうして俺もまた、見張りでもあった。


 俺とショウは、その提案を受け入れた。

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― 新着の感想 ―
ショウが魔法を使えない描写を読む度にセラフィナの代わりに呪いを受けることになりそうでヒヤヒヤしちゃう
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