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ジェイド・シャドウストーン【中編】

 時を同じくして兄上から、同様の話があった。

 南部に呼び出された際、告げられる。

 

「セラフィナとアーヴェルを婚約させろと、レイブン家が言ってきた。父上は承知するつもりだ」


 レイブン家は魔法使いを何人も輩出している異国の貴族だ。平民がのし上がり、王女を娶ったのが始まりだという三流の家だが、前皇帝ローグはその血筋を欲しがり、アーヴェルが生まれた。


「俺に、ショウ・フェニクスを殺させておいて、次はその弟と婚約させるのか。それでまた、アーヴェルまでをも殺すつもりなのか?」


 兄上は口元を歪めた。


「アーヴェルなどたいした魔力を持っていないし、権力欲もない。放っておいてもどうでもよい人間で、我々の敵ではない。レイブン家を今は引き込んでおきたいという、父上の考えだろう」


「あの男は、クラゲのような人間だ。掴んだと思ったら逃げられる。気づいたときには背後から刺され、体に毒が回っているぞ。そうなったら手遅れだ」


 ショウ・フェニクスの死も、単純な戦死ではないと感づいているそぶりもある。だが奴が面と向かって指摘しないのは、身を守るためだろう。


「随分、買っているのだな」


 そう言いながら現れたのは、我が父、ロゼッタだった。だが記憶の中と随分違うのは、頬はこけ、目は落ちくぼみ、体は痩せ細り、それなしでは歩けないのか、杖をついていたことだ。


「父上……! 病が、進行しているのでは!」


 父上は首を横に振る。その眼光の鋭さは、いかなるときも変わりはなかった。


「これは病ではない。呪いだ。エレノア・セント・シャドウストーンが、私を呪っているのだ」 


 言われた意味が、一瞬、分からなかった。エレノア、それは母上の名前だった。

 当然の疑問が口を出る。


「母上が、なぜ……」


 動揺しているのは俺だけだ。兄上は平然としていたのだから。


「か、彼女に、どうして呪えるというのです。彼女は確かに魔法使いだったが、普通の魔力じゃ死後消える。呪いだなんて形として残るのは、相当に強い魔力でなくては無理ではないですか」


 父上は静かに言う。


「お前に聞かせたことはなかったか。表向きには産褥だとしているが、違う。

 エレノア・セント・シャドウストーンは、自分の意思で井戸の底へと身を投げたのだ。先祖代々伝わる、魔導具とともにな」


 父上の言葉を、兄上が引き継いだ。


「魔導具に封じられた魔法は同材質で作られた井戸の中に氾濫した。さながらあの井戸自体が魔力を閉じ込める魔導具になってしまった。……愚かなことだ」


「なぜ」愚者のように、俺は問いを繰り返した。


「あれは弱い人間だった。私からの愛を、得られないと知り、絶望のうちに身を投げた」


「ち……父上、あなたから母上への愛情は、少しも、なかったの、ですか」


 理解が追いつかない。


「ジェイド、私を失望させるな。あの娘のように、出来損ないだと思われたいのか。

 お前もセント・シャドウストーンの人間ならば、いらぬ甘さを捨てろ。感傷は、弱さに繋がる。弱さは、負けに。我々に、負けなど許されない」


 父上の瞳は、どこまでも冷酷に光る。兄上が、応じるように言った。


「呪いは必ず解く。あの井戸を封じるときも数人死んだが、再び開かねばなるまい。

 誰かに呪いを受けさせ、消失させる。依り代を得た呪いは、父上からそちらへ移るはずだ。その者は死ぬかもしれないが、仕方あるまい。まずは使用人か――」

 

 俺はその言葉を遮った。


「それより、適任者がいるじゃないか。いてもなくても変わらない。無魔法・無価値・無能の娘が」


 己の声を、遠くから聞いているようだった。

 母が自死したというのなら、俺からの愛情では、生きる糧にはなれなかったということだ。

 そうとも、セント・シャドウストーンの人間に、愛情など、不要だ。


「セラフィナを、依り代にすればいい」


 は、と兄上が笑った気配がした。



 ◇◆◇



 セラフィナに呪いを受けさせる。その場には、俺が立ち会うことになった。

 セント・シャドウストーンの地へと赴いたのは久しぶりだった。セラフィナとも、随分会っていなかった。

 出迎えた彼女を見て、束の間呆気にとられた。確か十七歳になったはずだ。記憶の中の彼女は、おどおどし、他人の目を避けていたが、今ここにいる彼女は、堂々と、俺の目を見返してきていた。

 服装も髪型も派手だ。男の目を惹くようになったと噂があったが、確かにそうかもしれない。


「なにを、怯えているの」


 怯えてなどいない。驚き、なんと声をかけるか迷っただけだった。セラフィナは、つまらなそうに言う。


「アーヴェル・フェニクスは、わたしが別の貴族に結婚を申し込まれたと知って、婚約を破棄したわ。お父様も承知したのよ」


 そうして彼女は、微笑んだ。


「安心した? もう誰も、お兄様の罪を暴かないわ。……きゃ!」


 俺はセラフィナの頬を殴った。彼女はよろけ、壁に手をつき俺を睨み付けてくる。無性に腹が立った。


「調子に乗るのも大概にしろ、話は聞いているんだろう、行くぞ」


 井戸を開ければ呪いを受ける。それをこののろまな妹がどこまで承知しているのか分からないが、抵抗はなかった。




 そうして、井戸はセラフィナの手により開けられ、彼女は呪いを受ける代わりに、魔法を得た。 

 知っているのは、俺と彼女だけだ。


 魔法を楽しそうに繰り出すセラフィナに向かって、俺は言った。


「いいか、お前は魔法を得なかった。黙っているんだ」


 セラフィナは魔法を止め、俺を無言で見つめる。

 たとえ母上が自ら命を絶とうとも、セラフィナがきっかけになったのは間違いない。この妹は、無価値でなくてはならない。

 母の命を奪ったのだから、母の呪いで死ななくてはならなかった。

 なのに死ぬどころか、俺たちと対等になったなどと、到底認めがたい。


 セラフィナは、馬鹿にしたように鼻を鳴らした。


「いいわ、ジェイドお兄様。黙っていてあげる。その代わり、二度とわたしに、なめた口を利かないで」


「何だと貴様ッ! 誰に向かって――」


 叫んだ瞬間、セラフィナの手から、恐るべき質量を持った力が放出された。俺の側をかすめ、後方の森へと飛んでいき、大木を数本なぎ倒す。


「すごいわ、これ。この力。これが呪いですって? 祝福の間違いでしょう?」


 セラフィナは、楽しくてたまらないのかずっと笑っている。 


「ねえジェイドお兄様。わたし、男の人に、気に入られる才能があるのよ。誰しもわたしを好きになるの。

 無能だと見下していただけだもの、知らなかったでしょう? 見ていなさい。今に、わたしは、お父様をも越えてみせるわ。そうしてこの国の頂点に立つのよ!」


 狂気的な高笑いが、空へ昇って消えていく。

 俺は、恐怖さえ覚えていた。


 セント・シャドウストーンは、代々魔導具に魔力を込めて、良質な武器を作り繁栄してきた。

 井戸に充満していた呪いは、空洞のセラフィナによく馴染み、彼女自身を、魔導具にしてしまったのではないのか。


 こいつも所詮、セント・シャドウストーンの人間だ。欲まみれで、冷徹で、己以外愛せない。


 井戸を見る。母が死んだ井戸だ。この地で採れる上物の石で形作られた井戸。

 日の光を一つも通さないと決めているかのような暗い井戸の底には、微かに残る水が濁って停滞していた。


 聖なる石が、聞いて呆れる。


 ――これはただの、墓石だった。



【補足】

レイブン家の設定ですが、以前書いた「第二王女は死に戻る」という物語を、なんとなく引き継いでいます。本編には全く関係のない裏の設定です。

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