流転するわたしたち
「アーヴェル……、嫌……」
呟いた声に、シリウス様が振り返る。
「セラフィナ、どうしたんだ」
シリウス様の手が伸ばされた。わたしはそれを振り払う。
「触らないで! わたしに触っていいのは、この世でたった一人だけだわ!」
なおも手を伸ばすシリウス様を押しのけた。
「セラフィナ、落ち着くんだ。僕の隣においで」
「誰がいくものですか!」
シリウス様の顔が引きつる。
「あなたはまるで子供だわ。欲しいものが何でも手に入ると思っている、何も知らないわがままな子供よ!」
わたしの方がずっといっぱい知っている。
恋をして、手に入らないやるせなさも、それでもその人の幸せを願う愛おしさも、ずっといっぱい知っている。
「だけどわたしは手に入らないわ。邪魔よ、どきなさい! わたしがアーヴェルに近づけないでしょう!」
その憎たらしい頬に平手打ちをかますと、勢いあまってシリウス様は台から落ちる。それを兵士に支えられていた。
一歩進んだ。驚くほどに体が軽い。
「アーヴェル! あなたを殺させないわ!」
アーヴェルが、どれだけわたしを信頼してくれていたか、やっと分かった。
彼が経験した二度目の世界で、ショウは強盗に殺された。
わたしに魔法が使えなかったからショウを守れなかったとアーヴェルは思ったし、実際にそうだった。だけどアーヴェルは、いつわたしが魔法を得たのか知らなかったはずだ。
前のわたしが魔法を使えるようになったのは、ショウが死んで、生家に戻っている間だった。
もしわたしに魔法が使えて、悪の心があったのなら、アーヴェルと結ばれるために、ショウを見殺しにしていたかもしれない。悪女セラフィナだったらそうしただろう。
だけどアーヴェルは、そうは思わなかった。
悪女としてのわたしも知っているはずなのに、わたしの中の善性を、信じてくれていたからだ。
今までのわたしたちが彼を信頼して過去に戻したように、彼もわたしを信頼してくれていた。
じゃなきゃできない。世界ごと、犠牲にしてしまうなんて。わたしが善人であって、彼を過去に戻すと確信していなきゃ、できないことだ。
誰かが叫んだような気がしたけど、気にならなかった。
誰かがわたしを止めようと立ちはだかったけど押しのけた。
誰かがわたしに魔法を放ったけど、弾き飛ばした。
わたしには、アーヴェルしか見えていなかったから。
処刑台に辿りついて彼の前に行くと、彼は小さく笑う。
「お前って、馬鹿だなあ」
「馬鹿は、そっちでしょ」
思い出と言うには、朧気すぎる記憶の中で、こんなやりとりをしたことがあったような気がして、思わず口元が綻んだ。
「わたしが助けなかったら、どうするつもりだったの。死んじゃっていたわ」
「それでもいいよ、お前がそう思ったなら。……俺、お前に振り回されるの、結構好きだからさ」
そう笑う彼の表情には、わずかな邪気も、浮かんでいない。選択は、ずっとわたしに委ねられていたのだ。その目を見て分かった。それほどの愛と信頼が、燃えるようにそこには宿っていた。
初めて気がついた。
彼が、心の底からわたしを愛していることに。
彼の中に、二度と消えない傷跡のように、わたしという存在が、くっきりと刻み込まれていることに。その目を見て、分かったのだ。
彼が、どれほどの覚悟を持って、この世界を生きてきたのか。一体、どれほどの時間を、孤独に戦ってきたのか。
本当はその孤独を分けて欲しかったけれど、今さら言っても無意味なことだ。
「アーヴェル、わたし、首飾り、なくしちゃったの。ごめんね」
「また、買えばいいよ。何度だって。何回だって、買ってやるよ。ショウと、俺でさ。心配するな、何回なくしたって、何回だって、お前にあげるからさ」
アーヴェルの声がよく聞こえなかったから、魔法部隊が放った魔法をはじき返した。魔法の先で、人の悲鳴が聞こえた気がしたけど、あまり気にならなかった。
アーヴェルは言う。
「前、言おうとして言えなかったんだけどさ。俺、セラフィナが好きだ、愛してる。
どんなお前だって、俺はずっと愛してる。何回出会っても何回だって変わらず好きだ。何度やり直しても、何度だって絶対好きだ。
お前を幸せにするためなら、俺はなんだってあげるよ。命だって、時間だって、惜しいとは思わない。望むままに、何度だって、くれてやるさ」
殺せ、というドロゴ様の声がした瞬間、防ぎきれない銃弾が、体に撃ち込まれる感覚がした。シリウス様が何かを喚いている声がする。お兄様たちも、わたしに向けて、魔法を放とうとしている。時間はそうない。
「そんな告白だけじゃ、だめね。全然だめ。全く足りない。ちっとも満足できないわ」
痛みに叫びそうになるけれど、手元にひたすら集中する。黒い魔法が出現する。わたしはそれを、即座アーヴェルに向けた。
「アーヴェル、あなたは最低よ。わたしの心を蹂躙したんだもの!」
この魔法を使うのは、この人生では初めてだけど、やり方は分かっていた。
「次こそわたしを幸せにしなさい! 少しの悲しみも不幸も感じさせずに、喜びと幸福しか感じさせずに、誰よりも愛すると誓いなさい! じゃないと、絶対に許さないから」
「誓うよ」
アーヴェルは笑った。
「また俺を、信じてくれるか」
「うん、うん! 信じる。わたし、あなたに付いていく。あなたの側にいる!」
アーヴェルに出会うまで、わたしの心は闇だった。彼はいつだって輝いて、わたしの進むべき道を照らしてくれた。
その笑顔を見て、思う。
――アーヴェル、だいすき。
言おうとしたけれど、口から血が噴き出て、うまく言葉にできなかった。
だけど伝わったのか、彼はわたしにキスをした。
二度目のキスは、血の味がする、キスだった。
キスの後で、彼は言う。
「綺麗だ――お前は、本当に綺麗だよ」
魔法が彼を包んでいく。
世界が回る。
流転し、回転し、喜びも悲しみも、幸福も不幸も思い出も、なにもかも、消し去っていく。
世界が消える。
わたしの存在が消えていく。
だけど、とても幸福だった。
最後に、彼を手に入れたのだから。
次に何回時が戻っても、何回恋をしようとも、このわたしは、わたしだけだ。このアーヴェルを知っているのは、わたしだけだ。
だから、わたしが、わたしであって、よかったのだと思う。
わたしたちは、確かに滑稽だ。望み夢見て、叶わず呪う。だけど、それでいいじゃない。夢を見なくちゃつまらない。希望がなくちゃ、生きてるかどうか分からない。
「ねえアーヴェル、また、恋をしましょう」
何度だって出会って、何度だって恋をするの。
もう神様はいらない。
もう夜には願わない。
もう別の誰かは望まない。
今、この瞬間、わたしは自分を、この人生ごと愛することができていた。
ゆっくりと、目を閉じた。
わたしはセラフィナ・セント・シャドウストーン。ただアーヴェルのことがだいすきな女の子。
存在の証明なんてそれだけでいい。
それだけで、いいの――。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。
第二章はこれで終了になります。
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