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【書籍化】【コミカライズ】悪女矯正計画  作者: さくたろう/「悪女矯正計画」1&2巻発売中
第二章 セラフィナ・シャドウストーン

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流転するわたしたち

「アーヴェル……、嫌……」


 呟いた声に、シリウス様が振り返る。


「セラフィナ、どうしたんだ」


 シリウス様の手が伸ばされた。わたしはそれを振り払う。


「触らないで! わたしに触っていいのは、この世でたった一人だけだわ!」


 なおも手を伸ばすシリウス様を押しのけた。


「セラフィナ、落ち着くんだ。僕の隣においで」


「誰がいくものですか!」


 シリウス様の顔が引きつる。


「あなたはまるで子供だわ。欲しいものが何でも手に入ると思っている、何も知らないわがままな子供よ!」


 わたしの方がずっといっぱい知っている。

 恋をして、手に入らないやるせなさも、それでもその人の幸せを願う愛おしさも、ずっといっぱい知っている。


「だけどわたしは手に入らないわ。邪魔よ、どきなさい! わたしがアーヴェルに近づけないでしょう!」


 その憎たらしい頬に平手打ちをかますと、勢いあまってシリウス様は台から落ちる。それを兵士に支えられていた。


 一歩進んだ。驚くほどに体が軽い。


「アーヴェル! あなたを殺させないわ!」


 アーヴェルが、どれだけわたしを信頼してくれていたか、やっと分かった。 


 彼が経験した二度目の世界で、ショウは強盗に殺された。

 わたしに魔法が使えなかったからショウを守れなかったとアーヴェルは思ったし、実際にそうだった。だけどアーヴェルは、いつわたしが魔法を得たのか知らなかったはずだ。

 前のわたしが魔法を使えるようになったのは、ショウが死んで、生家に戻っている間だった。


 もしわたしに魔法が使えて、悪の心があったのなら、アーヴェルと結ばれるために、ショウを見殺しにしていたかもしれない。悪女セラフィナだったらそうしただろう。


 だけどアーヴェルは、そうは思わなかった。

 悪女としてのわたしも知っているはずなのに、わたしの中の善性を、信じてくれていたからだ。


 今までのわたしたちが彼を信頼して過去に戻したように、彼もわたしを信頼してくれていた。

 じゃなきゃできない。世界ごと、犠牲にしてしまうなんて。わたしが善人であって、彼を過去に戻すと確信していなきゃ、できないことだ。


 誰かが叫んだような気がしたけど、気にならなかった。

 誰かがわたしを止めようと立ちはだかったけど押しのけた。

 誰かがわたしに魔法を放ったけど、弾き飛ばした。


 わたしには、アーヴェルしか見えていなかったから。

 

 処刑台に辿りついて彼の前に行くと、彼は小さく笑う。


「お前って、馬鹿だなあ」


「馬鹿は、そっちでしょ」


 思い出と言うには、朧気すぎる記憶の中で、こんなやりとりをしたことがあったような気がして、思わず口元が綻んだ。


「わたしが助けなかったら、どうするつもりだったの。死んじゃっていたわ」


「それでもいいよ、お前がそう思ったなら。……俺、お前に振り回されるの、結構好きだからさ」


 そう笑う彼の表情には、わずかな邪気も、浮かんでいない。選択は、ずっとわたしに委ねられていたのだ。その目を見て分かった。それほどの愛と信頼が、燃えるようにそこには宿っていた。


 初めて気がついた。

 彼が、心の底からわたしを愛していることに。

 彼の中に、二度と消えない傷跡のように、わたしという存在が、くっきりと刻み込まれていることに。その目を見て、分かったのだ。


 彼が、どれほどの覚悟を持って、この世界を生きてきたのか。一体、どれほどの時間を、孤独に戦ってきたのか。

 本当はその孤独を分けて欲しかったけれど、今さら言っても無意味なことだ。


「アーヴェル、わたし、首飾り、なくしちゃったの。ごめんね」


「また、買えばいいよ。何度だって。何回だって、買ってやるよ。ショウと、俺でさ。心配するな、何回なくしたって、何回だって、お前にあげるからさ」


 アーヴェルの声がよく聞こえなかったから、魔法部隊が放った魔法をはじき返した。魔法の先で、人の悲鳴が聞こえた気がしたけど、あまり気にならなかった。

 アーヴェルは言う。


「前、言おうとして言えなかったんだけどさ。俺、セラフィナが好きだ、愛してる。

 どんなお前だって、俺はずっと愛してる。何回出会っても何回だって変わらず好きだ。何度やり直しても、何度だって絶対好きだ。

 お前を幸せにするためなら、俺はなんだってあげるよ。命だって、時間だって、惜しいとは思わない。望むままに、何度だって、くれてやるさ」


 殺せ、というドロゴ様の声がした瞬間、防ぎきれない銃弾が、体に撃ち込まれる感覚がした。シリウス様が何かを喚いている声がする。お兄様たちも、わたしに向けて、魔法を放とうとしている。時間はそうない。


「そんな告白だけじゃ、だめね。全然だめ。全く足りない。ちっとも満足できないわ」

 

 痛みに叫びそうになるけれど、手元にひたすら集中する。黒い魔法が出現する。わたしはそれを、即座アーヴェルに向けた。


「アーヴェル、あなたは最低よ。わたしの心を蹂躙したんだもの!」


 この魔法を使うのは、この人生では初めてだけど、やり方は分かっていた。


「次こそわたしを幸せにしなさい! 少しの悲しみも不幸も感じさせずに、喜びと幸福しか感じさせずに、誰よりも愛すると誓いなさい! じゃないと、絶対に許さないから」


「誓うよ」


 アーヴェルは笑った。


「また俺を、信じてくれるか」


「うん、うん! 信じる。わたし、あなたに付いていく。あなたの側にいる!」


 アーヴェルに出会うまで、わたしの心は闇だった。彼はいつだって輝いて、わたしの進むべき道を照らしてくれた。


 その笑顔を見て、思う。


 ――アーヴェル、だいすき。


 言おうとしたけれど、口から血が噴き出て、うまく言葉にできなかった。


 だけど伝わったのか、彼はわたしにキスをした。

 二度目のキスは、血の味がする、キスだった。

 キスの後で、彼は言う。


「綺麗だ――お前は、本当に綺麗だよ」


 魔法が彼を包んでいく。


 世界が回る。

 流転し、回転し、喜びも悲しみも、幸福も不幸も思い出も、なにもかも、消し去っていく。

 世界が消える。

 わたしの存在が消えていく。

 だけど、とても幸福だった。

 最後に、彼を手に入れたのだから。


 次に何回時が戻っても、何回恋をしようとも、このわたしは、わたしだけだ。このアーヴェルを知っているのは、わたしだけだ。

 だから、わたしが、わたしであって、よかったのだと思う。


 わたしたちは、確かに滑稽だ。望み夢見て、叶わず呪う。だけど、それでいいじゃない。夢を見なくちゃつまらない。希望がなくちゃ、生きてるかどうか分からない。


「ねえアーヴェル、また、恋をしましょう」


 何度だって出会って、何度だって恋をするの。


 もう神様はいらない。

 もう夜には願わない。 

 もう別の誰かは望まない。

 今、この瞬間、わたしは自分を、この人生ごと愛することができていた。


 ゆっくりと、目を閉じた。


 わたしはセラフィナ・セント・シャドウストーン。ただアーヴェルのことがだいすきな女の子。

 存在の証明なんてそれだけでいい。

 

 それだけで、いいの――。




ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。

第二章はこれで終了になります。


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― 新着の感想 ―
[一言] ごりっごりに泣いた
[一言] あ、なるほど アーヴェルは3回目と見せかけておいてもう何巡もしてる叙述トリックなんですね。 いやバカかと思ったら覚悟決まるの早すぎ!と思いましたが納得しました
[良い点] めちゃくちゃ面白かったです! 運命に抗おうとする話は、なんというか涙腺に来ますねぇ…‥。
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