あなたがわたしにくれたもの
今なら、どうして悪女が生まれたのか分かる。
信頼できる人なんてどこにもいないのに、すり寄ってくる人間は多かった。誰しもわたしにへりくだり、くだらない見え透いたおべっかばかりを繰り返す。
誰もがわたしの言うことを聞き、こびへつらい従った。
わたしを取り巻く環境は、この数日で瞬く間に変わった。
シリウス様とわたしの婚約は、アーヴェルの処刑後に公表することになった。でも実際のところ、ほとんど公認の事実で、誰もが知っているみたいだった。
お兄様たちとは、帝都に来た初日以来、顔を合わせていなかった。それでも彼らも、近くに留まっているらしいことは知っていた。
アーヴェルは反逆を働いた宮廷魔法使いとして話題になった。公開処刑も、世論を考えれば、自然な流れだったかもしれない。
地下牢での面会後、数日が経った日、彼は首を切られることになった。王宮広場の、中心で。無論、わたしも同席するつもりだった。
「女の子が見るようなものじゃないと思うけど」
わたしの世話という名目で、ずっと見張りについていたバレリーは、処刑を見たいと伝えると肩をすくめてそう言った。
たとえ誰が止めようとも、意思を、崩すつもりはなかった。わたしは彼が好きだったから、死を見届けるのは、けじめであり、責任のように考えていた。
処刑当日になって、わたしは広場の横に設けられた高台の席に控えていた。
皇帝ドロゴ様も、シリウス様も、側にいる。
広場の真ん中に設置されたのは、ロゼッタ・セント・シャドウストーンが魔法使いを殺すためだけに製作した石製の処刑台だった。
我が家の家名の由来にもなったその石は、高品質の魔導具を生み出す材料となる。使い方によっては魔力を封じることもできるから、魔法使いを拘束する手錠にも使われていた。
「無駄なことは考えるなよ」
そう言うジェイドお兄様は、わたしが何かをすると考えているらしい。彼の顔は、感情を読み取らせまいとするかのように無表情だった。
お兄様とバレリーが近くにいるのは、関係者としての出席よりもむしろ、わたしを止めるためにいるのかもしれない。
広場には、大勢の市民達も押し寄せた。皇帝縁者が反逆を働き、処刑されるという類い希なる娯楽に、好奇の色を浮かべながら。
やがて、ヤジと歓声が上がる。処刑会場に、アーヴェルが連れてこられた。
平常心でいようと決めていたにもかかわらず、心臓が、どくりと脈打った。
牢で会った時よりも、髪と髭が伸び、やつれていて、足元もおぼつかない様子だった。今まで、見たこともないくらい、彼は弱り切っていた。
アーヴェルが、誰かを探すかのように、首を上げた。その目線が、わたしたち貴族がいる席のところに留まった瞬間、目が合った。
彼は、わたしを見て、ほんの少しだけ微笑んで、口元を動かす。
“ごめんな”
これから処刑されるにもかかわらず。
処刑の一因が、わたしにあるにもかかわらず。
謝るなんて、彼は馬鹿だ。彼は、馬鹿。
「アーヴェルは、馬鹿よ」
そう、彼は、ずっと、馬鹿だった。
瞬間、信じられないくらいの涙が溢れた。
何もかも、嘘だった?
いいえ、そうは思えない。
思い出が、溢れて氾濫する。
アーヴェルと、初めて会った日。家族から救い出してくれた日。帝都まで迎えに来てくれた日。キスをしたこと。勝手に、戦場へ行っちゃったこと。ショウと過ごした湖畔の別荘にいるときだって、どんな時も、わたしの心の中には、彼がいた。
楽しかったときも、悲しかったときも、わたしの側にいてくれたのは、ずっとずっと、アーヴェルだった。
彼を失って、本当にいいの?
「謝ら、ないでよ」
聞きたいのは、謝罪じゃない。
ごめんなんて、いらない。
――愛されていなくても、関係ないじゃないの。
彼がいなくなったら、誰がわたしの頭を、くしゃくしゃになでてくれるの?
誰がわたしを、幸せにしてくれるの?
わたしに、愛を教えてくれたのはアーヴェルだった。幸福を、楽しさを、教えてくれたのはアーヴェルだった。
愛されないからって、それがなんなの?
彼がどれだけわたしを愛してくれるかじゃない。本当に大切なことは、わたしが、どれだけ彼を愛しているかだ。
ひどい裏切りにあって、心を散々踏みにじられても、わたしは彼を愛してる。
どんなにかっこ悪くても、どんなに性格が最低でも、どんなに醜くても、どんなに汚くても、どんなに悪い人間でも、わたしは彼を愛している。
他の誰でもなくて、アーヴェルがいい。
アーヴェルじゃないと、だめだった。