わたしがあなたにあげるもの
「なんて、ことなの……」
わたしはずっと、うっとりするような夢を見させられていた。
いつか、いつかいつかわたしは、魔法が使えるようになって、誰からも認められて、家族とも和解して、愛する人と、添い遂げる。
そういう、幸せなまやかしの中で、ひとつぶの豆の上で眠るようなわずかな違和感を覚えながらも、それが幸福なのだと自分に言い聞かせながら、今日までずっと、生きてきた。
だけど夢はあっけなく覚めてしまった。
違和感は氷解する。
幻想を見せていたアーヴェルが、手品でしたと種明かしをしたのだから。
「じゃあなんで、わたしにキスなんてしたの?」
同じ思いでいてくれるのではないかという淡い期待を、あのとき抱いたのに。
ジェイドお兄様の光の魔法が、効力を弱め始め、わたしたちは暗い闇に包まれつつあった。
アーヴェルは、答えない。
「不幸を巻き起こしたのは、お父様でも、お兄様達でも、シリウス様でもなかったんじゃないの! アーヴェル、あなたが……あなたが、戦争に行かなければ、ショウを二人で守れたかもしれないのに!
いいえ、もっと早く、本当のことを言ってくれていれば、ショウはわたしとの婚約を解消して、わたしとあなたは――」結ばれたかもしれない。
「わたしを不幸にするのは、他でもない、あなただわ!」
「たとえ今、正体も分からない敵からショウを守ったとして、一年後は? 二年後は、十年後は――? 永遠に、守り続けられるわけがない。
誰かが俺たちを狙っている。その誰かを突き止めない限り、同じことの繰り返しだ。戦場でショウは死んだ。俺が戦争に行っている間にもショウは死んだ。
俺はお前達の側を離れなくてはならなかった。俺が側にいては、敵が手出しをしにくくなる。敵が分からなければ、俺たちが求める幸福の中には、永遠に行けなくなる」
暗い、澱んだ声だった。
俺“たち”と言ったけど、そこにわたしの意思はない。彼が一度だって、わたしの幸福の形を尋ねてくれたことはない。
「あなたは、この世界を利用したの……?」
誰が敵で味方かを知るために。
誰が黒幕か知るために。
そうして、絶望したわたしが、またアーヴェルを過去に戻すと考えて、この世界をまるごと利用していたということだ。
「そのために、ショウを殺したの? それでまた、わたしに時を戻させるつもりだったの? なんて恐ろしいことを、あなたは考えていたのよ!」
アーヴェルは答えない。
涙が頬を流れて、わたしは自分が、ひどく傷ついているのだと知った。
「……最低だわ」
「否定はしない、俺は屑だ。だがお前を幸福にするのは俺の贖罪であり、義務だ」
贖罪なんていらない。
義務なんて、もっといらない。
それに、本当は、幸福だって、いらなかった。
ただアーヴェルが、本心からわたしを愛してくれていれば、どんなに不幸だとしても構わなかった。
小さい頃、初めてアーヴェルに出会って安堵を感じて、それまでずっと、怖かったのだと知った。
アーヴェルに出会って幸福を知って、それまでずっと、不幸だったのだと知った。彼がわたしにたくさんのものをくれたように、彼になら、なんでもあげるつもりだったのに。
なのに今、それは全て、泡のように消え去ってしまった。
小さい頃、繰り返し考えていたことが蘇る。
違う誰かになりたい。わたしじゃない誰かになりたい。
それは、悪女のセラフィナかもしれない。
それは、アーヴェルに愛された二番目のセラフィナかもしれない。
一番目はアーヴェルに罪を与えた。
二番目はアーヴェルに愛を与えた。
だったら、三番目は、今までのセラフィナがあげられなかったものをあげる。
「あなたはすぐに、処刑されるわ。わたしは過去には戻さない。わたしはあなたに、死をあげる」
愛する人が同じように愛してくれないだけで、これほど心が黒く染まりそうになるなんて。
この世界は、彼にとって真実を知るための踏み台でしかなかった。次の世界への足がかりでしかなかった。なにもかも嘘だった。このわたしは、彼の駒でしか、なかったのだ。
この先どれだけ過去に戻ろうとも、アーヴェルは永遠に、このわたしを愛することはない。アーヴェルが他のセラフィナを愛したとしても、それはわたしじゃない。次のセラフィナが幸福になったとしても、それはわたしじゃない。
もう、どちらも口を開かなかった。
わたしは黙って、牢を後にした。




