転がり堕ちていく
お兄様は、ずっとわたしを監視していた。
この時間から帝都に行くと、最低二晩は道中過ごさなければならない。宿は人払いがなされ、丁寧にも外から魔法がかけられて、逃げ出さないようにされていた。
これじゃあほとんど拉致と変わらないけれど、わたしは一つ、気がついたことがある。
誰かの呪いを受け、わたしに宿ったこの魔法は、セント・シャドウストーンの長兄をも凌ぐらしく、お兄様がわたしを宿屋に閉じ込めようとかけた魔法は、いとも容易く解けそうだったのだ。
だけどわたしは逃げ出さなかった。
あえて、わたしたちは鈍行を決め込んでいるようで、今からショウには追いつけない。仮に追いついて彼を助け出そうとしても、状況はさらに悪くなる上、あの真面目な彼は、それをよしとはしないだろう。もし、助け出せたとしても、その先に待っているのは逃亡生活だ。
精鋭達をかいくぐり、二人で生きていける? 現実的とは言えないし、アーヴェルのこともある。戦場にいる彼に、危害が及んでしまう。
なら今は、状況を整理した方がいい。
アーヴェルは、ショウは戦場で撃たれるか、ナイフに刺されて死ぬのだと言っていた。だとしたら、そのどちらからも、今は遠ざかっている。
――大丈夫、彼に危険はないはず。
どうしてショウに、反逆罪などが着せられたのだろう。
思いつくのは、誰かが彼を嵌めようとしているということだ。
なら、その相手は?
ショウは、手紙が来るのだと言っていた。
シリウス様と、お父様から。――どちらもわたしを、自分のものにするために。
なら、その二人のどちらかが、わたしをショウから引き剥がすために、こんなことを仕組んだのだろうか。
いいえ。きっと、どちらか一方ではない。
現れた兵士達の制服は、皇帝直属の兵隊のものだった。そうしてお兄様がここに現れたということは、両者が手を組み、ショウを捕まえたのだ。
だとしたら、許せない。
馬車でお兄様と向かい合いながらも、わたしたちは無言で過ごした。
幼い頃は恐怖の象徴だったようなクルーエルお兄様だけど、以前より怖さを覚えないのは、わたしの体も大きくなったからだろうか。むしろ、いつまでもお父様に従い、それ以外の生き方を知らないことに、滑稽ささえ感じる。わたしは自分の意思でフェニクス家に行ったのに、彼らには意思が、まるでない。
いかにも慇懃とした態度で、憮然とした表情で、守ろうとしているのはちっぽけな自分たちだけなのだ。
二晩目を帝都に近い宿屋で過ごし、朝になって再び馬車に乗っていたときのことだ。
寡黙を貫いていたクルーエルお兄様は、帝都が見え安心したのか、話しかけてきた。
「お前の数年に渡る家出もこれで仕舞いだ。
近くシリウス様は中央の職務に専念し、私が北部統括になる。北部が好ましいのであれば、お前の拠点も北部にすればいい。いまは私たちが憎かろうが、いつかは感謝する時がくるはずだ」
そんなの、一生来ないと思った。
「ショウは陛下に従順だったわ。恐ろしい誤解だと、すぐに分かるはずよ。それに……」
わたしはクルーエルお兄様を睨み付けた。
「アーヴェルが、きっと助けに来てくれるわ」
あの人なら、ショウとわたしの現状を知ったら、必ず戦地から帰ってくるはずだ。この状況を許すはずがない。
そう思うと、不思議と心に勇気が沸いた。膝に置いた手を、握りしめながら、再び言う。
「そうしたら、何もかも終わるわ。アーヴェルは何だって解決してくれるもの」
小さいときからずっとそうだった。だけどクルーエルお兄様は言った。
「あの男は、ジェイドが捕らえ、すでに帝都の牢にいる。数日もしたら、ショウ・フェニクスと同じ道を辿るだろう」
不穏を感じ、思わずクルーエルお兄様に顔を近づけて問いかけた。
「どういう意味?」
クルーエルお兄様は、恐らくわたしと再会して、初めて見せる笑みと共に、吐き捨てるように言った。
「裁判を待たずにショウ・フェニクスは処刑された。昨日の夜のことだ」