捕えられるショウ・フェニクス
旅行先に滞在したのはきっかり一週間で、わたしはショウと、結婚の約束をした。
もちろんいつかは結婚するつもりだったけど、この旅行から屋敷に戻ったら、すぐに式をあげようという話になった。
戦場にいるアーヴェルが、式に来るかは分からない。来ない方が、むしろいいと思うわたしは、いつからこんなにずる賢く考えるようになったんだろうと自分で驚いていた。昔、アーヴェルから聞いた悪女セラフィナにほんの少し近づいたように思ってしまって心がざわつく。
でもアーヴェルがいなければ、彼のことを考える時間は少なくて済む。
ショウといれば、わたしは他の誰のことも考えない、純粋な恋人でいられるのだった。
きっとこのまま、わたしは幸せになれる。ショウの隣で笑うごとに、わたしは自分に言い聞かせていた。
きっと大丈夫。大丈夫に決まっている。
すがるようなわずかな期待は、だけど屋敷に戻った際に感じた不穏な空気に塗り替えられてしまった。
屋敷に着くなり、目に入ったのは見覚えのない馬車数台で、わたしたちの到着を待ち構えていたかのように、勢いよく使用人達が飛び出してきた。
「旦那様――その」古くからいる執事頭が言い澱み、不審に感じたのか、ショウが眉を顰めた。
「なんだ、誰が来ている」
ショウの疑問は、すぐに解消されることになる。使用人に続いて、国軍の兵士達がぞろぞろと現れたからだ。
恐らく責任者であろう、年長の兵士が進み出て、馬車を降りたばかりでちっとも状況が飲み込めないわたしたちを見据えて言い放った。
「ショウ・フェニクス。国家反逆罪で帝都まで連行する」
ひ、と口から漏れた悲鳴を両手で抑える。ショウがその背にわたしを隠すように一歩進んだ。
「私のことを言っているのですか。だとしたら、とんでもない誤解です。国と陛下に忠誠を誓っているのは、皇帝が一番よくご存知のはずだ」
兵士が何かを言いかけたのを、遮ったのは鋭い声だった。
「誤解は帝都でゆっくりと解くとしよう、義弟殿」
その声を聞いた瞬間、心臓が、どくりと嫌な音を立てた。
屋敷の中にいたのだろうか。兵士達の背後から現れたのは、わたしの家族だった。
幼い頃の記憶から、彼は少しも変わりない。相変わらず冷徹な顔をして、クルーエルお兄様がそこにいた。
「クルーエル、お兄様……。どうして、ここにいるの」
やっと声を絞り出す。
「お前も帝都に行くんだ。反乱を企てる男の側に、これ以上娘を置いてはおけないと、父上がおっしゃったからな」
クルーエルお兄様が感情を感じさせない声で、おかしなことを言う。わたしのいる場所は、この北壁フェニクス家以外にないというのに。
それが合図だったかのように、兵士達がショウに近づき、あっという間に体を掴み、馬車へと連れて行こうとする。
なにが起きているのか分からない。でもわたしは、アーヴェルにショウを守ると約束していた。何より、わたしの夫となる人を、簡単にどこかへ行かせるわけにはいかなかった。
「嫌よ! いや! ショウを連れていかないで――!」
兵士を阻もうとわたしが放った魔法は、お兄様が放った魔法に弾き飛ばされる。
だけどわたしを止めたのは、彼の魔法ではなくショウの声だった。
「セラフィナよせ! 君まで捕まりかねない」
じゃあどうしたらいいの?
泣きそうになりながらショウを見ても、答えなんてどこにもない。
ショウが国家に反逆なんてするわけない。ショウはいわれのない罪を着せられて帝都に連れて行かれる。お父様は、わたしとの婚約もきっと解消させる気だ。
恐ろしい罠にかけられている予感がしているのに、誰がわたしたちを陥れようとしているのかちっとも分からない。
口から出たのは、ここにいない人の名前だった。
「アーヴェル……助けて」
アーヴェル、助けて。助けて。助けて。
当然ながら、アーヴェルは現れない。
「大丈夫だ。叔父上が私をどうにかするはずがない。誤解だと、すぐに分かる。何もかも、元通りになるさ――」
ショウはそう言って、ついに馬車へと押し込まれた。