表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/114

呪いとキスと彼の謝罪

「やあセラフィナ、久しぶりだね。大きくなって」


 自分だって成長しているにも関わらず、わたしだけが子供だったかのような口調でバレリーは言う。

 確かに彼には変わりない。背が伸びて、顔つきが精悍にはなってはいたけれど、元々大人びた性格だったからか、大きな変化はないように思えた。

 

 玄関に近い場所で、親しい使用人とおしゃべりしていたら彼が来たから、一番始めに出迎えたけど、彼が屋敷を訪れた理由は分からない。

 困惑していると、


「俺が呼んだんだ」


 背後から、ぬらりと現れた影に、思わず心臓が跳ねた。アーヴェルだった。

 彼は親しげにバレリーに笑いかけ挨拶をした後で、わたしに向き直る。


「職場の同僚で、仲良くしてるんだ。望んで北部統括府に来た珍しい奴さ」


「アーヴェルさんだってそうでしょう?」

 

 俺は実家が近いんだよ、と答えてからアーヴェルは言う。


「バレリーを呼んだことを兄貴には言うなよ、わざわざあいつがいないときに予定を組んだんだから。客人はきちんともてなすべきだと言い出すからな。こいつは格式張ったもんが嫌いなんだ」


 ふふ、と笑うとバレリーは、同意するように肩をすくめた。

 宮廷魔法使いの仕事はかなりのお給料が出ているはずだけど、着ている服にしても、そう高いものには見えず、“格式張ったものが嫌い”というアーヴェルの言葉は本当のようだった。

 ならわたしはお邪魔だろう、側を離れようとしたところで、呼び止められる。


「待てよ、お前に会いに来たんだ。バレリーは医療魔法に造詣が深いからな、お前のことを話したら、一度看たいと言い出した」


「どうして?」


「お前の魔法が黒いからさ」


 確かにわたしの魔法は黒いから不思議に思っていたけど、別に困ってないことは、アーヴェルだって知っているはずだ。病気じゃないし、大げさすぎる。わざわざバレリーに時間を取らせることでもないように思えた。


 わたしが固まっていると、バレリーは朗らかな笑みを浮かべる。


「気楽にしてよセラフィナ。珍しい事例だし、僕も興味があったんだ」



 ◇◆◇



 場所を、人があまり近づかないサンルームに移し、いくつかの魔法を見せると、長い沈黙の後で、バレリーは言った。


「これは呪いだ」


 ぎょっとする話だった。

 呪い――魔法が形を成す前に、生まれた二つのものは、祈りと呪いだ、ということは、学園で習ったことだ。こうあって欲しいという、その願いの形が、人間に魔法をもたらした。

 正の方向に願えば祈り、負の方向に願えば呪い。

 魔法はその二つの願いを利用して、理論づけて発達してきた。だけど原始の願いは今だって有効だ。


「君は呪われてる。悪いけど、これを解くのは僕には不可能だ。黒い魔法は実に見事に君に取り憑いた。心の弱い部分を増幅させようとしている。これはいつか君を蝕んで、殺してしまうだろうね。肉体じゃなくて――精神を。残念ながら、誰にも止められない」


 元々回転の早くない頭が、全然ついていかない。

 わたしは呪われているというの?

 近くの椅子に座っていたアーヴェルが立ち上がり、やってくる。


「ちょっと待てよ。じゃあ誰かが、セラフィナを呪ったって言うのか?」


「あるいは別のものを呪いたくて、彼女を依り代にしているのかもしれません。いずれにせよ、君のそれは魔法と呪いが混じり合ったもので、正の方向に修復することはできない」


 遂に隣までやってきたアーヴェルが、わたしをじろりと見た後で、バレリーに言う。


「本当に解けないのか」


「少なくとも僕には無理です。いじわるで言っているんじゃないですよ。多分、今存命している魔法使いの、誰にだって無理だ。それだけ強い呪いなんです」


 神妙な顔をして、バレリーは答えた。

 この魔法は確かに後発的なもので、井戸の中を覗き込んでから使えるようになった。

 あそこに何かが封じられていて、その力を、わたしは得たのだろうか。

 

 これからも調べる、と言ってバレリーが帰った後も、一人でずっと考えていた。


 無魔法・無価値・無能のセラフィナ。

 それがわたしのあだ名だった。

 小さい頃、わたしは魔法がきらいだった。

 魔法使いはもっときらいだった。

 だけど今は、そうではない。


 わたしに魔法が使えるようになって、周囲の環境はなにもかも、良い方向へと変わっていった。だから、魔法は好き。だけど、この魔法は、誰かがわたしを呪っているから出現させたものだった。

 なんて絶望だろう。呪いはいつか、わたしを殺す。


 一人でいるのが不安で堪らないのに、ショウは今日、帰らない予定だった。アーヴェルもバレリーを送りに行って、夜まで帰って来なかった。

 

 夜、一人で部屋にいると、ノックの音がする。


「セラフィナ。入るぜ」


 アーヴェルだった。迎え入れると、帰ってからそのまま来たらしく、まだ外出着のままの彼がいる。

 もう深夜が近く、部屋は真っ暗だ。燭台に火を灯すと、ぼんやりとした明かりが広がる。


 アーヴェルが窓辺に立ちカーテンを明けると、部屋はさっきよりも明るくなる。彼の髪と同じ色の月が、大きな光で世界を照らしていた。高い山々が、銀色に輝いている。

 なんて美しい景色だろうと、束の間見とれていた。

 

「バレリーと色々話してみたんだが、現状ではやはりお前の黒い魔法を解く方法は思いつかなかった」


「……呪いが解けたら、わたしの魔法もなくなるのかしら」


 わたしに価値を与えてくれたこの魔法がなくなるのは、本音を言えば嫌だったけど、アーヴェルは無情にも肯定する。


「多分な」


「呪いが解けなかったら、わたしの魔法はわたしの心を殺すのかしら」


 アーヴェルの側に寄りながら言うと、彼は今度は否定した。


「そうはさせない。ずっとガキの頃、約束しただろ、お前を幸せにするまでとことん付き合うってさ。俺がなんとかしてやるから、心配すんな」


 そう笑うと、わたしの頭を、昔みたいになでてくれた。


 ――もう、だめだ。と思った。


 どうやってこの気持ちを、隠せばいいのか少しも分からない。


 ねえアーヴェル。あなたはきっと、気づいてさえいないんでしょう? あなたがリリィのことを話す度に、わたしの中に、恐ろしいほどの嫉妬が渦巻いていることに。


 気づけばわたしは、とんでもないことを口にしていた。 


「アーヴェル、わたし……わたし、あなたが、あ、あなたが、好き」


 言ってから思った。――ばかなのセラフィナ?


 言ってはいけないことを口にした。どうせ軽く流されるに決まってる。


 誰かを好きだと言うことに、これほどまでの恐怖を覚えるとは思わなかった。

 月明かりに照らされたアーヴェルの表情は、凍り付きそうなほど固く、なんの感情も読み取れない。


「う、嘘よ。なんでもないわ。今のは……」


 罪悪感が募る。

 これはショウとアーヴェルに対する裏切りだ。今日の今日までわたしたち三人は、それぞれの居場所を確保するために、必死でそれぞれの役割を演じてきたというのに、わたしが止めてどうするの。

 みじめで泣きそうだった。自分の感情さえ、上手くコントロールできないのに、呪い混じりの魔法なんて、どうやって向き合えばいいの。


 アーヴェルの、呼吸の音が聞こえた。


「セラフィナ、俺は」


 彼の顔を見続けることができずに床を見た。なにを期待して、彼を好きだと言ったの。否定される。きっとまた、否定される。馬鹿だなお前、思い違いなんかして、恋心なんて勘違いだ、そう言われる。でもそれでいいのかもしれない。そうすれば、何もかも今まで通りに過ごせるんだから。


 彼が一歩、わたしに近づいた。彼の手が、わたしの肩に触れ、頭の後ろに触れ、頬に触れた。


「アーヴェ……」


 言葉の先が言えなかった。

 一瞬、何が起きたのか分からなかった。

 やや遅れて、キスを、されているのだと気がついた。


 唇が触れただけのキスだ。

 それだけ。それだけなのに、どうしてこんなに涙が出そうになるんだろう。


 顔が離れた後で、なんとか小さく笑うことには成功したけど、きっと無様な笑みだった。

 一方でアーヴェルは、苦虫を噛み潰したかのように、渋い表情をした。


「……お前さ、ショウの婚約者なら、泣いて嫌がるくらいしろよ」


 しないわ、そんなこと。

 首を横に振って、わたしは答える。


「だって――あなたが好きだもの」

 

 アーヴェルの目が見開かれたように思った直後、再びわたしは強い力で抱き寄せられ――間を置いて、キスがあった。

 そうしなくては、呼吸さえできないかのように。

 そうしなくては、死んでしまうかのように。

 まるで生きるためにこれが必要であるかのように、何度も、何度も彼とキスをした。深く深く、彼はわたしを求めていた。


 彼の手が、強くわたしの背を抱いている。わたしも必死に彼にしがみついた。誰かと、こういうキスをしたのは初めてだった。なのに、ずっと待ち望んでいたみたいに、心が、震える。わたしは、ずっとずっと前から、アーヴェルとこうなるのを待ち望んでいた。


 ぼんやりと考えていた。


 わたし、ショウに言おう。

 アーヴェルが好きですって。

 だから、彼と結婚させてくださいって。

 リリィに言おう。

 彼が好き、ごめんなさいって。


 やがて何度目かのキスの後で、アーヴェルは体を離して、ぽつりと言った。

 

「……悪かった」


 予想していなかった言葉に、感情が置いてけぼりになる。

 あろうことか、彼が口にしたのは謝罪の言葉だったのだ。


「忘れてくれ」


 どうして彼が謝るのか分からない。

 わたしはこのキスに、傷ついてなんかいなかった。


「忘れることなんて、できないわ」

 

 だけどアーヴェルはなおも言う。


「今のは、間違っていた。ちょっとした倒錯だ。お前は兄貴と結婚する。俺はリリィと。それだけだ」


 そう言って、唖然と立ち尽くすわたしを残して、ふらりと部屋を出て行ってしまったのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] わかるけど!わかるけどさぁーーーー!!!
[気になる点] 呪い!新しい要素ですね〜。 [一言] アーヴェルとセラフィナの関係は難しいです。 ハラハラ。
2023/01/14 17:41 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ