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天才少年バレリー

 魔法が、わたしの体をばらばらに千切ってしまうんじゃないかと思った。

 周りでは嵐のように風が吹き荒れ、黒い光が高速で回転していく。頭が割れるように痛くて、呼吸さえままならなかった。


 黒い嵐の中に、まるで走馬灯のようにあらゆる光景が浮かんでは消えていく。


 血まみれのアーヴェルを、わたしが抱えている。

 わたしは泣き叫んでいて、周囲にはたくさんの死体がある。心が砕け散りそうなほど痛くて、そのわたしは、微かな希望にかけた。


 次には、たくさんの偉そうな男の人たちが集まる広い講堂のような場所で、アーヴェルとわたしが言い合っている。アーヴェルは今よりずっと大人で、リリィよりも成長している。

 だけどアーヴェルは、未だかつて見せたことのない軽蔑したような目をしていて、成長したわたしは、そのことにひどく打ちのめされている。

 なんて虚しいのだろう、そのわたしは、そう思った。


 そうして次には、知らない男の人の姿が見えた。その人は、成長したわたしに語りかける。

 ――アーヴェル・フェニクスが憎いか。

 わたしは答える。――とてもとても憎いわ。


 また、景色は変わった。


 気がつけば、黒い嵐は消え去って、わたしは多くの人が行き交う、見たこともない街にいた。



 ◇◆◇



 雑踏に、踏み潰されてしまいそうだった。

 路地には物売りや物乞いや、金持ちや、年を取った人、子供、普通の人――とにかくありとあらゆる人たちが、ごった返していた。

 邪魔だ、と言わんばかりに男の人がぶつかってきて、わたしはどんどん道の端に追いやられた。人々はみんなわたしに無関心だ。気温も心なしか暑い気がする。


 ここはどこなの。どうしたらいいの。


 わけもわからず混乱する頭は、思考を続けられずに涙を流させた。


「……ううっ、ひっく、ふええ。あーう゛ぇる、たすけてぇ……。う゛う゛」


 このままここで誰かに踏み潰されて死んでしまう。そうじゃなくてもお腹を空かせて餓死してしまうかもしれない。

 泣くまいと思っても、涙が勝手に溢れてくる。


「あーう゛ぇるう゛う゛。う゛ええん」


 そうしていると、ふいに腕が強い力で引っ張られた。見ると大きな男の人が、明らかに作り笑いとわかる表情でわたしの手を掴んでいた。


「お嬢ちゃん、迷子かい。こっちへおいで」


 怖い。だけど逆らえずに、一歩二歩、歩いた時だ。別の声が聞こえた。


「手を離せ、人さらい」


 目を向けると、わたしと同じ年くらいの男の子が、男に手を翳していた。 


「なんだガキ。食っちまうぞ」


 男がそう脅しても、男の子に、怯んだ様子はない。それどころか一歩進み出るとその手から火花を散らした。


「僕はこう見えて魔法使いだ。あんたみたいのをぺしゃんこに消してしまえるんだよ。分かったならそっちが失せろ」


 驚くわたしを置いて、男は舌打ちをして去ってしまった。その後で、男の子が駆け寄る。


「大丈夫?」


 大丈夫ではなかった。なにも言えずに首を横に振ると、彼は困ったように頭をかきながらも、わたしを落ち着かせるように覗き込む。


「僕はバレリー、この街に住んでるんだ。たまにああいう悪い奴らを見かけるから、たまらず声をかけたんだ。

 君は見た感じ、いいところの子って思えるけど……」


「わ、わたっ、わたしは!」


 懸命に答えようとして、どもったけど、バレリーと名乗った男の子は笑っただけだった。


「君は迷子なんだね。自分がどこにいたのか思い出せる?」


「フェ……フェニクスのお屋敷まで帰りたいの」


「フェニクスの……なんだって?」


 バレリーは不思議そうな顔をする。


「ショウ・フェニクスのお屋敷に帰りたいの!」


 そうしてわたしは、暴走した魔法に包まれて、気がついたらここにいたという話をした。

 束の間彼は黙って、視線をわたしの頭から足先に滑らせ、沈黙の後で、やっと言った。


「じゃあ、君の名前はまさかセラフィナ?」


 訝しそうに眉を顰める彼に、わたしは頷いてみせた。


「フェニクス家にいるセラフィナは一人しかいない。セラフィナ・セント・シャドウストーンだ。急に魔法が使えるようになった不思議な少女。……その名を騙ったとしたら、君もただじゃ済まされない。わかっているんだよね?」


 真剣なまなざしだったけど、わたしは嘘なんて吐いていない。バレリーはなおも言った。


「……でも君からは、少し変わった空気を感じるよ。だから、頭ごなしに否定はしない。でもね。ここは帝都だよ。我が国の中心だ。話が本当なら、君は北部から中央まで、空間転移をしたということになる。

 だけど空間転移なんて、この国で一番力の強い魔法使いだってできないんだよ。試した人間は、皆、体がバラバラになって、後からパーツが国のあちこちで発見されてるんだから。それを君ができたなんて、にわかには信じられないな」


 最後はほとんど一人ごとのようだった。わたしの頭はこんがらがって、全然別のことを思いつく。


「バレリー、わたし、あなたをさっき、見た気がするの」


「まあ、ずっとあの通りにいたしね」


 言いたいのはそういうことじゃなかったけど、親切にしてくれた人に、これ以上変な奴だと思われたくなかった。

 バレリーはそれからまた、わたしをじっと見つめて、小さく唸った後で言った。


「とりあえず、僕は君を、少しだけなら助けてあげられるかもしれない。僕はこう見えて宮廷魔法使いなんだ。お城に出入りする資格がある。もし本当に君がセラフィナなら、皇帝陛下にとっては甥の婚約者だ、だから、助けてくれるかもしれない。皇帝陛下に引き合わせるよ、いいかな?」


 バレリーの話は驚くことばかりある。わたしと同じ年くらいで、もう宮廷魔法使いだなんて。わたしが学園を卒業するには、あと四年もあるというのに。

 それに、皇帝とも話せる立場にいるのだ。普通の男の子に見えるのに。


 だけどわたしは、すがるしかなかった。皇帝陛下に会った事なんてないし、アーヴェルはあまり皇帝とその子供のことを良く思っていないみたいだけど、でも親戚なんだもの。きっと力になってくれるに決まってる。


 わたしが頷くのを確認してから、バレリーはまた微笑むと、手を引いて、器用に人混みをすり抜けながら、そこへと向かったのだった。


 乳白色の石造りの城は、少し前から目に入っていた。群青色の屋根が乗り、城へとつづく一本の橋の前には、兵士達が大勢いた。

 お城に来たのは初めてだった。

 宮廷魔法使いでもあるお父様が、少し前まで帝都にいたのは知っているけど、わたしが入ったことはない。お父様も今は占領地を公国として与えられているから、この国にはいない。

 

 バレリーはわたしから離れると、兵士達と会話をし始めた。遠い場所に一人いるわたしには、彼らが何を話しているのかは分からなかったけれど、時々ちらちらとこちらを窺うから、すこしだけ居心地が悪かった。

 しばらくして、バレリーはわたしのところに戻ってくる。


「残念、陛下は忙しいみたいで留守にしてる。だけど、シリウス様がいるよ。行こう、彼なら力になってくれるはずだ」


 シリウス様――それは、ショウとアーヴェルの従兄弟の名前だった。頭の奥で、何かがチリリと光ったような気がしたけれど、わたしの返事を待たずにバレリーが歩き出したものだから、慌てて後ろを追いかけた。




 バレリーは迷うことなくお城の中を進んでいき、そうして、ある一室の前で止まった。扉はなく、応接の間だろう。半分外にせり出たバルコニーに、一人の少年が佇んでいた。

 無駄のないすらりとした後ろ姿は、品のよい服を着こなしている。


「殿下」


 バレリーが声をかけると、彼は振り向いた。黒髪で、にこりと笑う口元からは、白い歯が見える。雰囲気はショウに似ている気がした。ショウは父親似だとアーヴェルが話していたことがあるから、きっと皇帝陛下も、似たような雰囲気なんだろう。

 この国の誰もが愛する皇子、それが今目の前にいるシリウス様なのだった。年はアーヴェルの一つ上だったはずだけど、落ち着きだけで見ると、時が戻ったと豪語する彼よりも、シリウス様の方が遥かに大人に思えた。


「やあバレリー、さっき伝令から聞いたよ。その子が……」


「セラフィナ・セント・シャドウストーンです」

 

 わたしが名乗る前に、バレリーがわたしの名を告げたから、慌ててスカートの裾を引っ張って、お辞儀をした。


「お目にかかれて光栄ですわ、シリウス様」


 シリウス様はくすりと笑う。


「こちらこそ、会えてうれしいよ。思えば親族になるというのに、会うのがとても遅くなってしまったね。ショウが随分年下の娘と婚約したと聞いて驚いていたけど、その愛らしさをみれば納得だ。彼が君を帝都に連れてきたがらないのがよく分かるよ」


 誰からも言われたことのない褒め言葉を言われて、お世辞だと分かっていても、顔が赤くなるのを感じた。ショウとも、アーヴェルとも、シリウス様は違っていた。


「北部と連絡を取って、すぐに君を迎えに来させよう。大丈夫、数日で家に帰れるよ」


 その言葉に、どれほど安心したことだろう。

 シリウス様の笑顔はとても素敵で、この人と親戚になれると思うと心が和らいだ。


「ひとまず、よかったねセラフィナ」


 バレリーがそう声をかける。そうして、シリウス様には聞こえないくらいの小声で囁いた。


「君はこれから、大変な目に遭うんだろうね」


「そんなことない! アーヴェルとショウが助けてくれるもん」


 思わず声を荒げたけれど、バレリーは静かに言っただけだった。


「そうだといいね」


 その声は冷たく素っ気なく、びっくりして彼を見る。彼は少しだけ笑って見せると、わたしの手をとり、キスをする真似をした。


「……じゃあ、さようなら、小さなセラフィナ。もしまた会えたら、その時は、もう少し話せるといいね」

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