穏やかに過ぎる
わたしはアーヴェルから、魔法の手ほどきを受けることになった。
うすうす感じていたことではあったけど、アーヴェルはとても魔力が強い。もしかすると、ジェイドお兄様を越えているかもしれない。
「だけど前は並だった。時を戻る度に、強くなってるみたいだ」
わたしが褒めると、すこし照れたように、彼はそう言った。
アーヴェルが二回、時を戻ったという話は、わたしと彼の間の秘密だった。それもそう。この前の事件が原因だった。
わたしが北壁フェニクス家で暮らし始めて数日が経った頃のことだ。アーヴェルがショウに「俺、未来から来たんだ」と告白したところ、長い沈黙の末、ショウは両手で顔を覆い、「……ああ」と返事をした。
どうやら信じてくれたみたいだと、調子外れの鼻歌をずっと歌うほど機嫌がよかったアーヴェルだけど、それも翌朝連れ立ってやってきた医師団に拉致されかけるまでの間だけだった。
ショウはアーヴェルを頭の病院に入れるつもりだったらしい。抵抗したアーヴェルが魔法を暴走させ部屋を半壊させても、「冗談だ!」と叫ぶまで、ショウは決して医者達を引っ込めなかった。
質の悪い冗談を言ったとショウはカンカンに怒ったけど、それも多分、アーヴェルを本気で心配しているからだと思う。
そんなこんなで、アーヴェルは未来の話を、わたしとだけ共有することに決めたらしい。
本当のことを言うと、信頼されたみたいで嬉しかった。わたしと彼だけが知っている秘密があると思うと、すごく心は弾んでいた。
「お前と兄貴を結婚させるために、俺は未来から来たんだ」何度も彼はそう言った。
わたしは将来悪女になるか、愛するショウを殺される。二度の未来で、どちらも幸せにはなれなかったのだ。過去二人のセラフィナは幸せではなかったのかもしれないけれど、今はもうすでに、幸せだと思う。
とりわけわたしを幸福にさせたのは、わたしが来てから、北壁フェニクス家は、いい方に変わったととある使用人が語ってくれたことだった。
信じられないけれど、以前の兄弟は、ほとんど会話がなく、顔を合わせても挨拶さえしたか怪しいところだったという。
今は、アーヴェルが仕事を手伝いはじめて、ショウは家にいる時間が多くなった。
「あいつは天才かもしれない」ショウがそう言っていたけど、アーヴェルは以前大人だったから仕事に慣れているだけだということをわたしは知っていた。
時々、怖い夢を見て、一人では、どうしても眠れなくなることがあった。初めわたしはアーヴェルのベッドに潜り込んでいたけど、あるとき「兄貴のところに行け」と言われてからは、ショウがいるときは、ショウの部屋に行って、ベッドに並んで眠った。
多くの時間をわたしたちは三人で過ごして、時には一緒に食事にも、旅行にも行った。なにもかも、初めてのことばかりで、こんなに幸せだと、いつか怖いことが起こるんじゃないかと不安を感じるくらいだった。
◇◆◇
日々はあっという間に過ぎていった。
冬の間は、ショウが買ってくれたコートとマフラーと手袋を着けて雪が積もった庭で遊んだ。北壁に来て数ヶ月が経ち、もう少しで冬も終わり、春が来そうだったその日、わたしは自分が一つ、大人になったことに気がついた。
「夜は、腹を空かせておいてくれ」
ショウがそう言って、意図が分からずアーヴェルを見ても、いたずらっぽく笑い返されただけだった。
夕食の時間になって、その意味がやっと分かった。
いつものテーブルの上にはいつも以上の料理が並んで、中央には大きいケーキがあった。
「なに! これ、どうしたの?」
驚いて料理にかけよる背中に、声がかけられた。
「誕生日祝いだ」アーヴェルが言う。
「誕生日、おめでとうセラフィナ」
ショウもそう言って咳払いをすると、小さな包みを取り出した。
「私とアーヴェル、二人で選んだものだ。気に入ってくれるといいが――」
開けてもいい? と尋ねると、二人は頷いた。包装紙には、小さな箱が入っていて、開くと中に、それがある。
それは、宝石がひとつついた首飾りだった。
「ちょっとガキには早すぎるかな。もっと大人になってからつけたらどうだよ」
「……ううん! 毎日つける!」
一体、いつから準備してくれていたんだろう。今日がわたしの誕生日だって、いつから知っていたんだろう。
この喜びを、ぜんぶ伝えきれないのがもどかしい。
お兄様たちは誕生日を祝っていたけど、わたしの誕生日を誰かにお祝いしてもらえるのは初めてで、声がのどにつっかえそうになる。
「お父様とお兄様たちに見せてあげたい。こんなに、こんなに大切にしてもらえてるんだって。
ショウがいて、アーヴェルがいて、それだけでも十分なのに、生まれて来ておめでとうって、お祝いしてもらえるなんて」
アーヴェルが、少しの間黙り込み、それから、窓を開け放ち、降り始めた雪に向かって魔法を放った。
「みてろセラフィナ! 俺からもう一つプレゼントだ!」
アーヴェルの魔法は雪をひとひらずつ光で包みこみ、夜の世界を輝かせた。わたしも負けじと、覚えたての魔法を重ねる。
二人の魔法が雪をさらに輝かせ、幻想的な光景を作り上げた。
「こんな風にお祝いしてもらったの、初めて」
「……何回だって、祝ってやるよ。何度だってさ」
アーヴェルが、いつもみたいにわたしの頭をなでて、髪をくしゃくしゃにした。
わたしは、有頂天だった。
この日々は、わたしにとっていつまでも光り輝いていて、本当に本当に幸せだったんだ。




