流転するキミ
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。最新話にいいねがつくたびに喜びに舞っています。
三回目の彼らの物語です。一章とは語り手が変わり、セラフィナ視点の話になります。
引き続きお楽しみいただけると嬉しいです。
ゆっくりと、目を開けた。
夢の中で、誰かが泣いていたような気がした。
だけどそれが誰なのか、わたしにはわからなかった。
毎晩眠るとき、神様に願うことはいつも一緒で――目が覚めたら、違うわたしになっていますように。
そうして毎朝、わたしはわたしであることに絶望した。
魔法はきらい。
魔法使いはもっときらい。
この家では、人は二種類に分けられていた。魔法が使えればえらくて、使えなければ役立たず。使用人だって魔法使いだ。魔法が使えない人間は、この家にたったひとり。
代々続く魔法使いの名家セント・シャドウストーン家の面汚し。それがわたし、セラフィナ・セント・シャドウストーンだった。九歳になっても、わたしの立場は変わらない。多分、一生このままなんだ。
鏡はきらい。いつだってみすぼらしい女の子が映るから。
だけど出発の支度は、たった一人でしなくてはならなくて、否が応でも鏡を見なくちゃいけなかった。髪の毛は、どうやってもぼさぼさになってしまう。お湯につければまだましになるかもしれない。
お風呂に入っていると、二番目の兄であるジェイドお兄様がやって来た。わたしの裸を見ると、馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「ふん、貧相な体だな。一人前に身支度か?」
お風呂に入っていると、ジェイドお兄様は時々やって来てわたしを叩いた。
ジェイドお兄様がお風呂に来るのはきらい。
裸を見られるのもきらい。
痛いのもきらいだった。
「おい無能。よかったなあ、貴様のような人間も、まだ利用価値を見いだされたということだ」
そういって、いつものようにわたしの腕を掴んだ。でも今日は、いつも以上に強い力だった。
「いたいっ! やだぁっ!」
抵抗すると、ジェイドお兄様は放すどころかますます強くわたしの腕をつねった。
「前皇帝ローグは大層年下好きだったようだ。一番始めの妻は十五歳下、二番目の妻は二十五歳下だ。フェニクス家は代々ロリータコンプレックスの家系なんだろう。ショウ・フェニクスもとんだ変態に決まっている。よりにもよってお前と婚約する馬鹿がどこにいる?」
ふん、と鼻を鳴らした後でジェイドお兄様はまた言った。
「次男のアーヴェル・フェニクスも冷酷だという噂だ。下手を打つと、お前、殺されてしまうかもな。まあそれも、目障りな奴が消えていいか。いいか、二度と戻ってくるんじゃないぞ」
「ジェイド、無益なことに構うんじゃない」
声が聞こえて、ジェイドお兄様がやっとわたしの腕を放した。つねられた箇所は赤くなっていて、無数にある内出血の跡の一つに加わった。
お風呂場の入り口から声をかけたのは一番上のお兄様であるクルーエルお兄様で、わたしを見ることなく去って行った。ジェイドお兄様は舌打ちをすると、吐き捨てるようにこう言った。
「母上の代わりに、お前が死ねばよかったんだ」
そうして、彼も出て行く。
一人きりになったお風呂の中で、涙が目に滲み、慌ててお湯で流す。
会ったこともないお母様のことなんて、知らない――!
この家はきらい。なにもかもきらい。
お兄様たちのこともきらい!
だけどもしかしたら、ジェイドお兄様の方がまだ優しいのかもしれない。大好きだったお母様がわたしを生んで亡くなったから、わたしのことがきらいなだけ。理由は分かっている。
クルーエルお兄様は、わたしをまるでいないもののように扱う。
お父様は――お父様は、魔法使いの子供が欲しかった。だから、失望していて、一番、わたしを無視している。
使用人の何人かが、気まぐれに箒の柄でわたしを叩いても、なにもなかったかのように、家族は平気な顔をしている。だからわたしも、平気な顔をしている。だってわたしは無魔法・無価値・無能のセラフィナ。存在自体がマイナスなのだったらせめて、普通にしていないと。
今日のことだって、なんでもないって思わなくちゃ。
わたしは今日、婚約者の家に行く。
相手はこの国の皇帝の家系の人で、どうしてか、わたしに結婚を申し込んだ。お父様は受け入れた。だって、有力者と縁を結べることは、セント・シャドウストーンの繁栄につながるから。わたしの意思は、ひとつもなかった。
わたしのこともきらい。
自分の望みなんて、一つも口にできない可哀想な子。
わたしなんて、生まれてこなければよかったのに。
◇◆◇
そのお屋敷は、帝国本土の北部にあった。夏にも関わらず、うっすらと山頂に雪が残る巨大な山々は、まさに壁のようだった。
ショウ・フェニクスは、わたしを見てもなにも思わないみたいに無表情のまま、迎え入れた。
「明日は食事会だ。今日は部屋で休むといい」
そう言っただけだ。年は、わたしよりも九歳上の十八歳で、黒い服を着て、夜空のような漆黒の髪を持っていた。両親がいないから、彼がこの家の当主だった。
その弟のアーヴェル・フェニクスに会えたのは翌日のことで、ショウよりも、さらにわたしに無関心だった。夜空に浮かぶ月のような銀色の髪をしていて、ジェイドお兄様と同じ十三歳だ。冷たい目をした人だ、という印象だった。わたしをちらりと見ただけで、どこかへ行ってしまった。
二人の兄弟はあまり似ていないように思えたけど、瞳の色だけは同じで、宝石のように透き通っていた。
北壁のフェニクス家。
帝都のフェニクス皇帝一家と、区別するために彼らはそう呼ばれていた。
皇帝の家系ではあるけれど、本家は今、彼等の叔父が引き継いでいる。だから辺境に追いやられた落ち目の家だと、ジェイドお兄様が言っていた。集まった親戚の多くは母方で、フェニクス家はほとんどいない。
親族たちはみんな、口々に言う。シャドウストーン家と縁が結べれば、ショウは皇帝に一歩近づくと。だからこれは、まじりけのない政略結婚だ。
この家もきらい。
ここにいる人たちもきらい――だった。
「うんぎゃあっ!」
アーヴェル・フェニクスが変な声を出して、椅子から転げ落ちるまでは。




