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二人の魔法使い

 一年と数ヶ月、従軍した。


 前皇帝の息子だけあって、与えられた階級は一般兵ではなく大尉で、職務は現地統括者だった。まず向かったのは攻略途中の大陸東方の平原で、戦場に出る兵達にさあ殺してこいと命令する。対するのは俺たちが侵略する相手国であり、自国を守るべく奮闘していた。

 そいつらを、俺たちは徹底的に破壊し尽くした。力の差は歴然だった。俺の父親の時代から、ひたすら磨き上げてきた武力が、今になって本領を発揮しているらしい。

 その地を占領した後、再び別の戦地へと赴いた。セラフィナと兄貴から手紙が時々届いたが、筆無精な俺はまともに返さなかった。


 前の世界で兄貴は死の直前まで、この地位に就いていた。さぞ偉く慇懃に、務めを果たしていたであろうことは想像に難くない。それを思えば、凄惨たるこの戦場でも、不思議と笑いが込みあげた。


 そんな中で、思いがけない再会があった。

ジェイド・シャドウストーンが南部統括府から戦場へと派遣されて来たのだ。


「ふん、北部の田舎者の匂いがする」


 一つの街を経由して、更に先にある敵国軍事拠点を壊滅させる任務だった。だがその街の攻略に、ひどく手間取り、季節が一つ過ぎそうだった、そんな折りだった。

 俺を見るなりそう言ったものだから、部下達はたじたじだった。


「こっちこそ……」上手い返しが見つからなかった俺は悪口の先が禄に言えない。「こっちこそ、驚いたぜジェイド」


 どうやらジェイドは、以前バレリーと魔力を詰め込んだ例の魔導武器をいくつか持ってきたらしい。自慢げに使い方を周囲に説明しているが、この場に魔法使いは奴の他に俺だけであり、結局は俺に対して説明をする羽目になっていた。


「貴様の統括が上手く行っていないから、俺の力が必要になったんだ。感謝するんだな」


 一応は親族になるはずの男だが、ほとんど疎遠の相手だ。実際こいつがどんな人物であるかなど、俺は知らない。

 だがジェイドが持ち寄った魔導武器は、膠着していた状況を、確かに一気に切り開いた。圧倒的な力で人々を虐殺していく。魔力を蓄積させ、動かしているのは俺だった。


 ――これは抑止力さ。人を守るためだと思え。

 

 かつてそんな言葉を放った馬鹿がどこかにいたが、これはただの人殺しの道具でしかなかった。

 街を占領し、無事に進軍させても、ジェイドは驚くことにまだ留まっていた。そうしてあろうこか俺と肩を並べ、共に銃を撃ち始めたのである。


「俺の仕事は魔導武器の改良だ。戦場でデータを取っている。そうして、魔法使い達のサポートをするためにいるんだ」


 それが奴の口癖だった。実際、俺をはじめ、魔法使い達は戦場で重宝されていた。魔力を原動力として動く魔導武器を与えられ、より多くの殺しを期待されていた。その銃は、魔法使いの魔力が続く限り、弾を発出することができたのだ。


「魔導武器の改良なんかより、敵の銃を先にだめにした方が早いぜ。向こうから撃たれなきゃ、あとはこっちが撃つ一方なんだから」

 

 あるとき野営地のテントでの休憩中、俺はジェイドに言った。

 魔法使いが少数なせいか、俺はジェイドと時たまこうしてつるむことが多くなっていた。戦場は不思議だった。一種の奇妙な一体感が生まれるのだ。学生時代はいがみあい、嫌い合っていた相手であるにもかかわらずだ。


「引き金を横に曲げるんだ、そうすりゃ銃は使い物にならない。ちょっとコツがいるけどさ」


 銃身を曲げるなど色々と試したが、引き金をねじ曲げるのが、一番低い労力で済んだ。むしろなんで敵も味方も、この方法を取らないのか不思議だ。味方の魔法使いに共有しても、ピンとこないのか皆黙ってしまうのだった。


「大間抜けなのか貴様は?」


 ジェイドは俺を一瞥すると、つまらなそうに舌打ちをした。


「そこまで広範囲に魔法が使える人間は、そうそういないんだよ。この俺でさえ無理だ。嫌味か?」


 俺は本当に驚いた。時が戻る前の世界で、俺の力は並だったのだ。魔力が蓄積されているのか、やはり力は強まっているのだ。


  


 いつの間にか夏は過ぎ、秋が終わり、真冬が迫りかけ、比例するように戦闘は更に苛烈になっていった。


「北部が恋しいか」ある時、ジェイドが俺に尋ねた。


「恋しいさ」俺は答えた。「ここは暑すぎる」


 北部の寒さが恋しかった。

 いや、恋しいのは、寒さだけではない。


 ちょっとのことで大袈裟に喜ぶセラフィナが恋しかった。あの木の前で、寂しげに佇む兄貴が恋しかった。セラフィナと一緒に兄貴に雪玉をぶつけるのが恋しかった。怒ったショウが、雪玉を投げ返してくるのが恋しかった。もう戻らない。俺がこの手で捨てたんだ。


「お前が屋敷に来てから、考えたんだ」沈黙の後で、再びジェイドが言った。「もしかすると、俺の家は普通じゃないのかもしれないと」


「さあ、普通の家なんて、俺も知らねえよ」


 会話は、それきり途絶えた。


 体を洗っても洗っても、血の匂いが纏わり付いた。

 こんなに臭くては、セラフィナに会っても、すぐには俺と、分からないかもしれない。


 その日、俺は魔導武器に魔力を詰め戦地へと送り出した後、他の将校とともに統括者としてテントに引きこもり、戦況を見ていた。

 煮詰まり、一人テントの外に出たときだ。外気は冷やされ夕闇が迫り、空を血のように染め上げていた。

 もうひとり、テントから出た人間がいた。気配で、ジェイドだと分かる。振り向こうとして、体は硬直した。


 奴が俺に向かって、銃を構えていたからだ。


「何の真似だ」静かに、俺は尋ねた。


 ジェイドの無表情に、少しも変化はなかった。


「学生時代は、こうして貴様を殺すことを何度も夢想していたよ。知っているか、とある戦場じゃ、気にくわない上官の頭を撃ち抜いて、敵にやられたことにするんだとさ」


 しばらくそうして見つめ合った。ジェイドは俺を殺したいのだろうか。だが殺意は、感じられなかった。恐らく奴は気がついている。俺と戦っても勝てないということに。

 

「ここにいるのがショウ・フェニクスだったら、もっと話は簡単だったかもな。……俺よりも強い魔法使いじゃ始末に負えん」


 小さく笑ったジェイドは銃口を下げる。高まった緊張が一気に解け、一切は冗談だと言うかのように、ジェイドは銃を掌でくるりと回転させた。


「子供の頃、セラフィナのことが、嫌いだったんだ。彼女が生まれて母は死んだ。不幸の元凶のように思っていたんだ。彼女に罪は、なかったのにもかかわらずにな――」


 なぜジェイドが、そんな話をし始めたのか分からなかった。


「……俺たちの目的は、セント・シャドウストーンの繁栄だ。それだけが唯一にして、最大だ。それ以外には、ない。

 だからこの忠告は俺の好意で、いわばサービスだと思え。悪いことは言わん、今すぐ故郷へ戻るんだ」


 夕日がジェイドを照らし、セラフィナによく似た顔立ちを、赤く染め上げていた。遠く、戦場の音が聞こえていた。今日は一体、何人死んでいるのだろうか。


「……アーヴェル、気をつけろよ。貴様が考えているよりも、これはずっと根が深い」


 暗く澱んだ声だった。答えられずにいる俺のすぐ横で、死骸を漁る大鴉(レイブン)が、ばさりと飛び立っていった。

 

 兄貴が死んだと知らされたのは、それからすぐ、戦場に届いた手紙でだった。

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