俺よりも魔法が使えて頭のいい奴
この頃俺は北部総督の下で仕事に従事していた。以前は望んで帝都にいたが、あれほど家を出て行くとセラフィナに言い聞かせていたにもかかわらず、実家の居心地が存外よく、家と統括府を半々で行き来する生活がずるずると続いていた。
シリウスが新しく北部国境に配置したいと言い出した魔導武器に魔力を詰め、正しく稼働させるべく数日間統括府に缶詰状態だったときのことだ。
俺は連日見飽きた顔であるバレリー・ライオネルと向き合っていた。
「アーヴェルさん、そういえば」
いつもは真面目なバレリーも、俺が休憩がてら隠していた酒を持ち出すと、わずか咎めるような表情を作った後で、作業台を乱雑に片付け、ビーカーをグラス代わりに結局は二人して飲み始めた。そんなときに奴は言った。
「この前僕は、お兄さんと婚約者の方を街で見かけましたよ。二人で仲よさそうに歩いていました。シリウス様のパーティではいざこざがありましたけど、元気そうでよかったです」
俺はビーカーを握りつぶしそうになった。
「不思議な人ですね。名門シャドウストーンのところの方なんでしょう? さすが、普通の人と波動が違いましたよ。綺麗な人だし、皆が噂するのも頷けます」
セラフィナが俺の部屋を襲撃してきて以来、まともに顔を合わせていなかった。
セラフィナが俺を振ったのか、俺がセラフィナを振ったのかはともかくとして、俺たち二人の距離は、前よりも離れていた。
俺は忙しさを言い訳にして統括府に出ずっぱりで一人で過ごすことが多くなり、彼女も彼女でショウと二人、相変わらず出かけては、社交界に顔を広げ、順調に貴族の妻になるべく成長しているらしかった。相変わらず忙しい兄貴とも、顔を合わせる機会は減っていた。
問題はない。表面上は。
問題があるのは、俺の胸中だった。
彼女のことはきっぱりと割り切ったはずだったにも関わらず、こうして他の男の口から語られるのには、胸がひどくざわめいてしまう己に腹が立つ。だがおくびにも出さず俺は答えた。
「あいつは無魔法だぞ。気のせいじゃないのか」
「あなたからも、時々不思議な波動を感じるんですよ。彼女も似たように思いましたけど……」
俺は笑った。
波動など言い出すとは、こいつも大層スピリチュアルだ。魔法使いの半分くらいはこういった話題が好きだが、あいにく俺は現実主義者だった。
「俺は一回時が戻ってるんだぜ。だから不思議なもんがにじみ出ているのかもな」
「時が? はは、まさか。そうそうあることじゃないでしょ」
バレリーは、また俺が冗談を言ったとでも思ったのだろう。天才バレリー・ライオネルさえも一笑して終わる現象が、それだった。
俺はまた酒を一口飲む。
時が戻る事象が古代の魔導書に記されていたという話は、学生時代に歴史学者から聞いた覚えがあった。何でも名高き魔法使いが使用した例があるとかないとか。
だがどんな例を挙げてみても歴史というのは当てにならないもので、あまねく古い書物というのは、妄想を書き記した創作と言っても過言ではない。さらに言えばその魔導書は、その魔法使いがいかに有能であったかを記した神話に近いものであり、歴史学者の研究の対象にはなれど、実践的な技術の研究対象には決してなり得ないものだった。
つまり、神に近い魔力を持つ人間でなくては、使えない魔法ばかり記されていて、それを現代人である我々が使うのはまずもって不可能だった。
話題に飽きたのか、バレリーは魔導武器をチラリと見ると言った。
「この最新型は、一つあれば山を削り取ると言いますよ。そんなものを稼働させるんだから、僕らも業が深い」
その魔導武器は自立歩行型で、魔法使いであれば多少離れた地からも遠隔操作可能だった。一目で機械と分かる無機質な四本足の上には白い箱のようなものがあり、そこから巨大なノズルが突き出ていた。
魔力を詰めておけば、砲手なくして砲弾を放てる。しかも連続してだ。魔導石を惜しみなく使用したそれは、間違いなく我が国で最も新しく、最も凶悪な武器だった。開発者は、ロゼッタ・セント・シャドウストーン。今や占領地を公国として与えられるまでに上りつめた、セラフィナの父親だった。
「僕は、争いを終わらせたくて宮廷魔法使いになったんですよ。人殺しの武器を作るためじゃない」
「崇高な奴だな。だがこれは抑止力さ。人を守るためだと思え」
「それは一般論でしょう。アーヴェルさんはどうです? 我が国の戦争に、本当に賛同していますか?」
明らかにバレリーは酔っ払っていた。普段はここまで踏み込んでこない奴なのだから。青色の瞳が俺に向けられ、思わず苦笑が出た。
「勘弁してくれ、俺は皇帝の親族だぞ」
何を言わせる気だ。どこに鼠がいるとも分からないこんな場所で、よもや本心を語るなど馬鹿げていた。とはいえ、シリウスが北部統括府に顔を出すことはまれで、役職にも関わらず、あいつはほとんど中央にいた。
だから気が緩んだのだろうか。ふいに過去思っていたことが、表出した。
「我が国がこれ以上領土を拡大することを、近隣諸国は当然よく思ってはいない。近く連合軍が組織されるとも噂があるだろう、おそらく真実だ。戦争が長引けば、それだけ中央に反発する連中が出てくる。内外から攻められたら、国は崩壊するだろうな」
俺の言葉に、あろうことかバレリーは微笑んだ。
「ふふ。そうしたら、皇帝たちはフェニクス家の前の皇帝一家みたいに、なるんでしょうね」
なぜ笑うんだ? 普通に怖い。
「お前はたまに、ぞっとすることを言う」
顔が引きつる俺に反して、バレリーは楽しそうに笑った。
フェニクスの前の皇帝一家の末路。つまりそれは、一家全滅ということだ。俺の親父がそうさせたように。
一般市民にとって今日と同じ明日が来ればそれでよく、国の首がだれであろうが関係がないのだ。権力者の排斥は時にエンタメにさえなり得る。
バレリーが語る皇帝“たち”の中に、北壁フェニクス家が含まれてないことを、祈るばかりだった。