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舞踏会

 数年は、驚くほど順風満帆に過ぎていった。


 リリィは俺より早く学園を卒業し、帝都での研究職に就いた。

 泥沼となった喧嘩の後から、ジェイドは俺に絡むこともなく、同時期に卒業し、奴はそのころ南部総督となった兄クルーエルのもとで働くことになった。

  

 そうして俺は、以前の知識をフル活用し首席で学校を卒業して、前と同じく宮廷魔法使いになった。


 セラフィナは十六歳になり、その美しさはもはや隠しようがなかった。しかも兄貴が彼女を方々へ連れ出すため、至る所で彼女の噂が囁かれるようになっていた。


 事件が起きたのはそんな折だった。

 時が戻る前の世界でも経験したことだが、叔父である皇帝の息子の、誕生日を祝う舞踏会が開かれた。正直言って俺は行きたくなかったし、実際、前は適当な言い訳をつけて行かなかった。叔父上のことは好きではないし、その息子シリウス――俺にとっての従兄弟殿だが、そいつのことはことさら嫌いだった。

 告白すると嫉妬のせいだ。

 シリウスは、糞みたいな父親から生まれたとは思えないほど嫌味のない爽やかな奴で、子供の頃から非の打ち所がないくせに、俺のような人間にも見下すことなく分け隔てなく接し、実に皇子の器であり、つまり俺の対極にいる最たる人間だった。奴に会うと己の醜さばかりが露呈し、惨めになるから嫌いなのだ。


 だが俺は、行かねばならなかった。


 なぜなら、このパーティで、セラフィナは叔父上他、貴族連中に目を付けられることになる。まあ、叔父上始め傲慢な貴族どもも、ショウが死ぬまではセラフィナには手を出さなかったのは一応は常識的ではある。

 だが行くなとも言えないのは、俺はセラフィナの婚約者でもなんでもないからだ。それに、俺たち一家が行かなかったとしたら、叔父上に反発しているとも捉えられない。政治的立ち回りというのは、中々ままならないものだ。

 少なくとも今日できることは、なるべくセラフィナから目を離さないことだった。


 肝心なセラフィナはというと、普段家にいるときよりも一層輝きを増しており、これだけ大勢の中にあっても彼女だけが存在する唯一の物であるかのように、他を寄せ付けぬ美貌を放っていた。

 兄貴もそんな彼女が自慢でもあり心配もしているようで、片時も側を離れない様子に俺も安心し、ならば少しぐらい楽しんでもいいだろうと、寄ってきた令嬢達の相手をしていた時だ。声をかけてきた人間がいた。


「やあアーヴェルさん、こんばんは」


「おうバレリー、楽しんでるか」


 それは同僚の宮廷魔法使いバレリー・ライオネルだった。

 この男のことを紹介しておこう。


 宮廷魔法使いという役職に就いている人間は珍しくもなく、そのうちの数人は、地方での業務に当たっていた。北部には二人いて、一人は俺であり、もう一人はこのバレリー・ライオネルという俺よりも三つ下の、いわゆる天才少年だった。

 叔父のコネと以前の知識を最大限に生かして、いわばズルをしているのが俺だが、バレリーは俺がへらへら実家で過ごしているうちに中央の学園に入りさっさと飛び級し卒業し、俺より数年早く宮廷魔法使いになった本物だ。


 時が戻って魔法が強まった俺よりもずっとできる奴で、困ったことに顔もいい。身分は平民だが、そんなことは大した問題ではなかった。時が戻る前も親しくしていた男でもあり、完璧な人間が嫌いな俺だが、こいつのことは好意的に見ていた。無害だからだ。


 研究のためのいつもの適当な服装とは違い、正装に身を包むとこいつは一層顔がよく見える。だがその表情はいつもと同じで、せっかくのパーティでも浮かれた様子はなかった。


「僕はあんまり、こういう場は好かなくて。でもシリウス様のご招待ですからね、断るわけにもいかなくて、知り合いを探していたんですよ。助かった。抜け出しませんか、城の内部も見られるらしいですよ」


 こいつも世渡りの犠牲者というわけだ。城の内部などさほども興味はなかったが、バレリーに付き合ってやるのも悪くはないかと、頷こうとしたとき、兄貴が近づいてくるのが見えた。いつになく焦った様子で、側に来るなり小声で囁いた。


「アーヴェル。セラフィナを見なかったか?」


 見渡しても、たしかに彼女はいない。この時ばかりは「くそ兄貴」と、声に出して罵ってしまいそうだった。お前が守ってやらないでどうするんだよ。世間知らずのセラフィナが、今まさに貴族の阿呆たれどもに絡まれているかもしれないのだ。


「心配しすぎでは? きっとどこかで休んでいるだけですよ。それよりも――」


 俺を引き留めようとするバレリーの言葉を最後まで聞かず、前に立ちはだかる彼を脇へを寄せた。


 探す、と言って、俺と兄貴は、それぞれ彼女の行方を追った。


 異変を感じたのは庭だった。こんなパーティの場では、人知れず抜け出した男女が庭で背徳的な愛を愉しむことが常だ。一瞬、その類いだろうかと考えた。だが、様子がおかしい。数人が言い合う声がしたのだ。


「放して! 嫌よ!」


 明らかにセラフィナのものだった。音楽が鳴り響く会場へは、この騒ぎが届いていないらしい。


「お高くとまりやがって。いくら名家に生まれたからって、無魔法のお前は女としての価値しかないんだろう! その美貌で皇帝一家に取り入ったか? どうせショウにもやられてるんだろうが! 男を知らないとは言わせないぜ!」


「もうやっちまおうぜ」


 男の笑い声がした。やばい、と直感的に思った。声のした方へ走っていくと知らない男たちが、セラフィナを羽交い締めにしているところだった。

 心臓が凍り付いてしまったかのようだった。だが次には、燃えるほどに熱くなった。覚えているのはそこまでだ。


 気がつけば、セラフィナが俺の腕に触れていた。

 会場の音楽は鳴り止んでいて、さっきまで会場にいたはずの貴族どもが、俺を取り囲むように見つめていた。皆、一様に、怯えた表情を浮かべている。

 俺は自分の呼吸の音を聞いた。セラフィナが、泣いている声も聞いた。自分の手が赤く染まっているのも見た。セラフィナに絡んでいた男達が、血まみれで芝生の上に倒れていた。いつの間にか側に来ていた兄貴が、何かを言いながら、俺の肩を抱き、無理矢理歩かせた。


 ――結局、男達は全治数か月の怪我を負った。再び会ったら、今度こそ殺すことを俺は誓った。


 あの後すぐセラフィナと俺は帰されたから知らなかったが、パーティは一応最後まで続いたのだと兄貴は言っていた。従兄弟シリウスなどは、招待客が無礼を働いたことを大層気に病んだらしく、後日お詫びの品と手紙が届いた。どこまでもできた皇子である。

 兄貴が俺を叱らなかったのは、セラフィナの証言によるところが大きい。俺たちが大事に育てたセラフィナが、あやうく糞みたいな男どもに襲われるところだったんだ。しばらくの謹慎の他には、兄貴は何も言ってこなかった。

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