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そんなこんなで4月が終わろうとしている練習のない土曜日、父さんは道場、母さんと和総が出かけている朝。いつにもなく強ばった表情の光訓に話がある、と言われて部屋に呼び出された。俺が思ったのは、ついにこの日が来たか、ということだった。
(大丈夫、俺と光訓の仲は良好、事故ではなく光訓が自ら告白……大丈夫)
ベッドに腰掛ける俺を背に、光訓はクローゼットを開ける。その奥の奥の方、厳重に隠されたそれを取り出した。
「あのね、兄さん、兄さん前に僕に言ってくれたよね、なんか悩みがあるなら聞くって……」
怯えている。この表情は、前回のあの事件の翌朝と同じ顔だ。俺は出来る限り優しい声色を心掛けて、光訓に応える。
「言った。何だって受け止めてやるよ、俺に出来るのは聞くことくらいだ」
「……」
今にも泣きそうな顔で、俺の横、ベッドの上に真っ白なワンピースを広げる光訓の手は震えていた。
「僕ね、『かわいい』が好き……女の子になりたい訳じゃないけど、男の子でいたくない……。男らしさを求められるのが苦手、ズボンが嫌いなんじゃないけど、履きたいのはスカートなんだ……」
「……話してくれて、ありがとうな」
少なくとも一年、長ければもう俺の想像できないくらい。光訓は一人で悩んでいたんだ。それがついに決壊して、真っ先に俺を頼ってくれた。それが嬉しくて、動揺より前に感謝が出てしまった。
「……引かない?」
「別に……お前が『男らしい』を避けてるのはなんとなく分かってたし、着たい服着ればいいと思うよ、俺は。あー、でも母さんには言った方が良いかも?そういう服、手入れ大変だろ多分……隠れて洗濯するのも難しいしな」
よかったあ、とへにゃりと笑う光訓と暫く話をしていたら、何となく、今だったら実際着ている姿を見ても受け入れられるような気がしてきた。
「なあ光訓、一回着てるとこ見せてくんね?」
「え!?嫌だよ……」
「だよなぁ……」
即答されたので引き下がると、暫しの逡巡の後光訓が俺の手首を掴んで立ち上がらせた。そのまま部屋の外へ連れて行き、「僕が入っていいって言うまで入っちゃだめだからね!」という言葉と共に扉が勢いよく閉じる。
あんな風に口調を荒らげる光訓って久々というか、初めて見たかもしれないなあなどと呑気に思いつつ扉の前で立っていると、「入っていいよ」というか細い声が聞こえてきた。念の為入るぞ、と声を掛けてから扉を開けるとそこには、
「…………」
「……わぁ」
美少女がいた。
顔立ちは確かに光訓である。しかし、目元と唇に紅が薄く引かれているだけでこうも雰囲気が変わるのかと驚いた。というか化粧道具も持っていたのか。男にしては少し長めの髪はそのままに、首元や肩幅、手の甲などは上手く隠れるような形の純白のワンピースは、光訓にとてもよく似合っていた。
(前回の俺、混乱しすぎて絶対ちゃんと見ずに出てっただろ……!!)
「な、何か言ってよ……」
「いや……正直、予想以上で……何を言えばいいのか……」
「何!?予想以上に似合ってない!?」
「違う違う違う、似合ってんの!!お前、そこら辺の女より圧倒的にかわいいぞ」
大きな瞳を潤ませて狼狽える光訓は、どこからどう見ても可愛らしい少女であった。最早、俺にいたのは弟ではなく妹だったのかと錯覚してしまう程度には。
その時、階下から母さんと和総の声が聞こえてきた。予定よりも早い帰宅に、光訓は焦る。
「ににに兄さん一旦出て!!着替えるから!!」
が、俺はこれを好機と見た。
「……いや、このまま行くぞ。」
「は!?」
光訓の手首を掴んで部屋を出る俺と、混乱する光訓。母さんに説明するには、実際『かわいい姿』をしているところを見てもらうのが一番手っ取り早いと感じたから、俺は光訓を無視してリビングへと歩みを進める。
「母さん、ちょっと光訓見てくれよ」
「あああああ」
出来る限り明るく、笑顔で母さんの前に光訓を連れ出す。
「あら光訓?可愛いじゃない」
そして母さんの肝は俺以上に太かった。
食卓に向かい合って座って、光訓と母さんが話している間に俺は和総を構う。パーソナルな部分に、俺には踏み込まれたくない可能性があったから意図して聴覚をシャットアウトした。
「なるほど……いいんじゃない?好きな服着ればいいわよ~、どうせ自分の人生なんだし」
あっけからんとした母さんの声に振り向くと、光訓は泣いていた。聞けば、本当に怖かったらしい。受け入れてもらえるのか、糾弾されるんじゃないかと階段を下りながら気が気ではなかったと。少し申し訳ないことをしたと思ったので謝罪すると、「兄さんが連れ出してくれなければ僕はこの一歩を踏み出せなかったよ」と笑われた。結果オーライ?
「みっちゃん、ふわふわ!かわいい!」
俺が食卓の方へ向かったことで、後を着いてきた和総も光訓の格好に気付く。
「かずさもきたい!」
「いいよ、じゃあ今度は和総の分も作ろうね」
「作……?」
「あ、この服自分で作ったんだ。レディースの服だと、どうしてもナチュラルにかわいくなれなかったから」
「……ヒョエ~…………」
俺の弟は、予想以上にハイスペックで、ストイックに『かわいい』を追求していた。