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高校一年、春。俺とセイは揃って蔓来高校に入学した。中学の三年間に加え、今年もセイとは同じクラス、出席番号は前後。案の定というかなんというか、新入生代表はセイで、セイが壇上に立った瞬間女子たちの息を飲む音が聞こえてきた。正直門を潜った瞬間から、俺たちが人目を集めていることは自覚していた。入学式後の、クラスでの自己紹介が少し憂鬱である。
「先程も挨拶させてもらいました、伊之上聖です。灯中から来ました。剣道部に入る予定です。チャームポイントはオッドアイと泣きボクロ、後ろにいる織田晋成は相棒です!よろしくお願いします!」
少し憂鬱だった自己紹介が、かなり憂鬱になった。
「あー……織田晋成、灯中から。剣道部の予定。……よろしく」
周りからの好奇の視線を感じつつ、手短に済ませてさっさと着席する。もうさっさと帰りたかった。周りの視線なんて約三十年ですっかり慣れたと思っていたが、どうやらメンタルはすっかり十代に戻ってしまっているらしい。そうだ、この視線が俺は嫌いだった。コンプレックスかと言われれば別にそうでもないが、視線を集めるのが嫌だった。面をしていれば気にならないのが、俺を剣道に打ち込ませたひとつの要因なのかもしれないと今更ながら思った。他の人の自己紹介を何一つ聞かないまま、いつの間にか解散になっていた。
「ねね、織田くん織田くん」
後ろからぽんぽんと肩を叩かれる。今日は部活動禁止日なので既に鞄を手に持ち、帰る気満々だった俺は胡乱な目を後ろに向ける。
「コッワ!!」
「あ?」
「晋成」
反射で威嚇してしまった俺をセイが諌めるが、これは俺悪くないと思う。
「あー、いやごめんね、俺同中の奴いなくって……とりあえず誰かに声掛けたかったというか……」
頬を掻きながら軽く謝るそのふわふわした栗毛の少年は、小田野衣と言うらしい。名前を聞くと、「君のすぐ後だったのに……」と困ったように笑っていた。人懐っこい笑顔の、幼さを感じさせる顔立ちである。そういえば、自分の次の奴がそう名乗っていたような気がしなくもない。セイには軽く小突かれた。
野衣は、どうやら県外から来たらしい。というのも、親の転勤で地元の高校の受験を諦めたそうだ。駅まで歩きながら話を聞けば、新居はどうやらセイの家と俺の家の間くらいにあるようで。新生活が始まって早々、朝練のない日の登校メンツが増えてしまった。家に着く頃にはお互い名前で呼ぶ仲になっていたし、喋りやすくて良い奴だなと思った。
さて、翌朝からが大変だった。
まず上級生からの部活の勧誘。俺もセイも、ついでに野衣もタッパがあるのでほとんどの運動部から声を掛けられる。男子生徒が面と向かって勧誘してくることもあれば、女子マネージャーが色目を使ってくることもあった。そう、女子からの目が凄くしんどい一週間だったのだ。俺もセイも剣道部一択だったし、野衣も既に部活は決めているようなので頑張って断ってはいるが、何故か勧誘の先輩は諦めてくれないし、何故か別の部活の女子マネージャー同士が牽制し合うような事態になっていてとても怖かった。「早く勧誘期間終わってくれねえかな」とぼやけば、両側から「それな」という声が返ってきて少し安心した。
勧誘の先輩だけでなく、特に関係のない女子も俺たちが気になるようだった。前回彼女を取っかえ引っ変えしていた印象のあるセイも、意外なことに辟易していた。声を掛けられるだけならまだ良いが、困ったことに盗撮がかなり多い。大抵は俺が睨むと顔を青くして何処かへ行くのだが、中にはそれでもめげない人もいる。疲れ果てた俺たちにクラスの女子は概ね同情的で、数日もしないうちに我が一年三組の窓には目隠しの布が張られることとなった。先生にも相談しており、きちんと許可を得ているが布はクラスメイトが持ち寄ってきてくれたらしい。ありがとう、と微笑むと男子に怒られてしまった。解せぬ。
剣道部は平和だった。強豪だけあって誰も俺たちの容姿についてとやかく言わないし、そもそも中学時代に成果を上げているのでとても歓迎された。部活を見学したがる女子が増えたそうだが、顧問と指導員が散らしてくれた。練習のレベルは高いし、この指導が受けられるだけで蔓来に入った意義を感じた。
ところで、うちのクラスから一人、女子が剣道部に入部している。名前は別部春、長い黒髪をお下げにして眼鏡で、誰とも目を合わせずに休み時間も一人で本を読んでいるような、そんな少女だ。どうやら経験者のようで、綺麗な太刀筋をしていると思った。俺は別部の顔になんとなく見覚えがあったが、結局何も思い出せなかったので話し掛けるのは断念してしまった。そもそも俺から女子に話し掛けることのハードルが今は凄く高い。
俺の高校生活は、こうして騒々しく幕を開けた。