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翌日、いつも通り登校前に俺の家に来たセイを見て驚いた。頬が紫色に腫れている。
「頬っぺどうした!?イケメンが台無しだぞ」
「うるせえ腫れててもイケメンだよ俺は!親父とバトった!」
聞けば、進路のことで父親と大喧嘩になり、最終的に平手打ちを食らったらしい。どうにか許しは得たらしいが、多分納得はいってないだろう。いやまぁそりゃ順風満帆だった一人息子が突然同級生の男に合わせて偏差値大幅に下げた志望校に変えたら混乱するだろ。俺にとっては蔓来だって届くかわからないが、全国模試一桁のセイにとってはそうじゃないから。素直にそう告げるとセイは困ったように肩を竦めた。
「伊之上先輩、兄さんのこと大好きですね」
「もちろん、晋成は俺の唯一無二の親友だからね!」
「ふふ、いいなぁ……」
朝練がない日はこうして光訓も入れて三人で登校している。これは今年度になってからいつの間にか始まった習慣で、親友と弟の仲が良くて俺としても嬉しい。
「あ、てか俺蔓来受けるわ」
丁度いいので俺も昨日のことをセイに伝える。途端、セイの表情がぱあっと明るくなり、ニコニコしながら俺の肩をばしばしと叩く。
「ありがとう晋成!ワンチャン殴られ損じゃないかなって思ってたからめちゃくちゃ嬉しい!!」
痛々しい頬を吊り上げて笑うセイに、俺もつられて笑う。
それから歩きながら光訓とセイの二人で俺の勉強計画を立ててもらった。何から何まで申し訳ないと思いつつ、俺にはそのノウハウが一切ないから仕方ないと割り切ってもいる。いつの間にか、セイと共に夏期講習から塾に通う話になっていた。光訓曰く「兄さんがやる気になってくれたことが嬉しいから母さんはオッケーするでしょ」とのこと。まぁ、光訓に教わるのも限度があるしいい機会だと思い了承しておいた。申し込み用紙とかはセイが貰ってきてくれるらしい、俺たちが行こうと思っている塾に既に通っている同じクラスの女子から。
期末試験でもすこーし成績を上げ、夏休み。部活は引退してしまったが、相変わらず家の道場で毎日のように竹刀を振っているのであまりそんな気はしない。夏期講習の時期はすぐにやってきて、俺は生まれて初めて塾に行く。セイとは志望校が同じだから同じクラスではあるが、周りを見るとセイ含め皆頭が良さそうに見えて少し焦る。俺、浮いてないか?
「まぁ、このクラスって進学校行きたい子が多いからね。晋成みたいにピアスバチバチはそりゃいないよ」
「あ、はい」
中二の春、厨二病真っ盛りで開けたピアスは何故かじわじわと数を増やし、今や左右六つずつシルバーが光っている。逆行前の俺、何も考えてなさすぎるだろ。幸い髪が耳を隠す程度の長さがあったので、今のところ教師からのお咎めは無しである。ファーストピアスの期間の体育はサボってたし、部活の際は顧問はほとんど不在だし。今は夏休みなので普通に目立つものを付けて髪を耳に掛けている。視線が痛い。
自分で言うのも何だが、ピアス以前に俺は目立つ容姿をしている。それは顔が整っているとかスタイルがいいとかではなく、シンプルに背が高くて珍しい髪色をしているから。中学に入ってから止まることを知らない身長はもうすぐ一八〇に届きそうだし、母親譲りの銀髪はここらではあまり見掛けない。
そして、隣にいるセイもそれはそれは目立つ。俺より少しだけ低い身長に、ハッキリとした目鼻立ち、要するにスタンダードなイケメン。何より、その大きな瞳は左右の色が違う。黄色と青の不思議な色彩は見るものを惹き付けるのだ。
要するに、俺ら二人が揃うと本当に視線が煩わしくて仕方ない。学校ではもう皆慣れたものだが、初対面が沢山いる場に行くとどうしても気になってしまう。いくら気になるからって他人の顔を不躾にじろじろ見るんじゃない。人としての礼儀だろ。
「睨むな晋成」
「見てきたから目合わせてるだけなんだが」
「お前に無表情で見られると睨まれた気分になるもんなの」
言外に目付きが悪い顔が怖いと言われたような気がしたが、言われた通り目を逸らす。俺と目が合っていた生徒はあからさまにほっとしていて、何だか無性に腹が立った。もう一回合わせてやろうか。
「晋成」
はい。
夏期講習は、驚くほど何事もなく終了した。
それどころか、2学期も冬期講習も、特に大きな事件は起こらなかった。
逆行して二度目の、冬が終わる。
もう結果から言ってしまおう。俺は蔓来高校に合格した。
セイと共に行った合格発表では、相変わらずセイの方が俺より俺の合格を喜んでいて、実感の湧かないまま家に電話を掛けるとやっぱり俺より光訓が喜んでいた。
春から、高校生になる。前回とは全く違う進路、違う人生。二十七年プラス一年、アラサーの俺が今更青春なんて、と少し笑えたが……それでも、もう少しこのまま進んでいってみようと思う。