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「しんくん、あさ!」

 

 腹に衝撃を感じて目を覚ますと、俺は自室のベッドにいた。あのまま光訓の部屋で寝ちまったのかな、父さんが運んでくれたのか?と思いつつ声のした方に目を向ける。そこにいたのは、

 

「かずさおこしてっていった!しんくんおねぼーさん!」

 

 幼い頃の妹だった。

 

「か……和総?」

「しんくんまだねてる?」

 

 妹の姿もだが、自分から発された声にも驚く。

 

(……乾いてないのに、枯れてる)

 

 この感覚には覚えがある。俺はこれを知っている。

 

(声変わり……?)

 

 いや、もう二十七だぞ。アラサーになってもう一度声変わりとかないだろ。

 ぐるぐると考えている間に和総はベッド……もとい、俺の腹からもそもそと降りる。

 

「しんくん、しあい?ママがいってたよ、あさたべないとだめだよ」

 

 そう言い残し、自分の身長ほどの高さにあるドアノブを押して部屋を出ていく妹を呆然と見送る。

 

「は?試合?何の?」

 

 階下から母親の声が聞こえる。

 

「晋成!二年生最後の練習試合でしょうが!大将が遅刻は流石に良くないわよ!」

「……二年生?」

 

 ベッドを降りて、洗面所に向かう。何年帰ってなくても、流石に身体が覚えている。しかし様子が何かおかしい。何かがおかしい。嫌ではない――懐かしいだけだ。

 

「あー……なんか……そんな気はしてた……」

 

 洗面所に辿り着いた俺が見たのはまだ顔立ちに幼さが残り、身長も伸びきっていない中学生の俺だった。


「逆行ってやつ?俺は俺のままだし、うちもうちのまま……和総も記憶のままだし、異世界じゃないよなあ……タイムリープってやつなのか……?マジで……?」

「晋成!!」

 

 母親の声に苛立ちが混ざる。そういえば怒ると怖いんだよな、母さん。中学時代はよく怒られてたっけ。大人になってからはなくなったけど。こんなファンタジーみたいなことが自分の身に降りかかるとは全く以て思っていなかったが、何故か妙に冷静な自分がいる。歯を磨き、顔を洗って着替えてからリビングに降りる。

 

「おはよ。和総、起こしてくれてサンキュな。母さん今日弁当ある?」

「ん!」

 

 ダイニングテーブルに着席してパンを頬張っている和総は……十一個下だから今は三歳か。小さいなあと思いながら頭を撫でてお礼を伝えておく。そして台所にいる母親に目を向けると、信じられないものを見る目でこちらを見ていた。

 

「え?晋成が身なりを整えてから降りてきたの……?あの寝汚い晋成が……?」

「は?」

「しかも和総にお礼を……?いつも不機嫌になるのに……?」

 

(俺、やらかした?)

 そういえば学生時代の俺はかなり生活態度が悪かった記憶がある。この程度で母親が不審に思うのも無理はないほど。遅刻常習犯で、成績不振で、剣道以外何にもできなくて……

 

「あー……最高学年になるし、これからは心を入れ替えてみようかなー、みたいな……」

 

 とりあえず当たり障りのなさそうな返答をしておく。五年間の社会人経験のおかげで、一応それなりの、朝きちんと起きられる程度の社会性は身に付いていたらしい。いや、でも本当にこの年からやり直せるとしたら今度は真面目に、まともに生きようと思う。彼女ほしいし。

 

「いつも伊之上(いのかみ)くんに引きずられて行ってるのに……」

「そんな、いつまでもセイと一緒にいる訳じゃねえし……」

 

 セイというのは伊之上聖という俺の友人である。本当はヒジリと読むのだが、俺が最初にセイと読んでしまったのを面白がりずっとセイと呼ばされている。同じ剣道部で、()()()部長に任命されていた。遅刻常習犯でサボり魔の俺を練習に引きずり出す可哀想な役目を仰せつかっている。

 思い返すと、前回もセイとはずっと仲が良かった。セイは俺より成績が良かったので、高校以降の進路は分かれてしまったけれど、それでも数ヶ月に一回は会って遊ぶ仲だった。会う度に違う彼女がいたな、あいつ。結婚願望はないみたいだったけど。

 

 母親と雑談しながら記憶のすり合わせをしつつ朝食を食べ、荷物の準備をする。剣道も、就職を機に辞めてしまったので5年ぶりだ。前日に準備をしない過去の俺に苦笑しながら、それでも身体が覚えているようにてきぱきと防具袋に必要なものを詰めていく。最後に竹刀袋を持ち、玄関を出ようとしてふと思い立って母親に聞いてみる。

 

「光訓は?」

「まだ寝てるわよ。昨日も遅くまで起きてたみたいだし……勉強でもしてたんじゃない?それよりまだチャイム鳴ってないけど出るのね?」

「ふぅん。そろそろセイ来る頃だし外で待つわ。いってきます」

 

 光訓、この頃から女の格好してたのかな。それで寝るの遅くなったのかな。そんなことを考えるが、表情に出さないようにして家を出る。丁度チャイムを鳴らそうとしたセイが驚いていた。

 

「え?マジで晋成?」

「晋成だけど?」

「お前……成長したなぁ……!!」

「二年しか知らねーだろお前」

 

 泣き真似をするセイを無視して歩を進める。チャイムを鳴らされる前に家を出ただけでこの反応、俺の生活態度どれだけ悪かったんだよ……改めよう。真人間になろう。大丈夫、五年間も社会人やってたんだ。

 

「いやでも助かるわ晋成!このまま三年生になっても俺の手を煩わせないでくれ!」

「頑張るわ……」

「言ったな?言質取ったからな?」

 

 どこと試合するかなんて知らないので、通っている中学で試合をすると聞いてそっと息をついたのは内緒である。

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