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初投稿です。よろしくお願いします。


 とある冬の日、数年ぶりに実家から電話が掛かってきた。弟が死んだという知らせだった。享年二十六歳、自殺だったらしい。

 

 思えば、大学進学を機に一人暮らしを始めてから実家には殆ど帰っていない。そこそこの大学を出て、そこそこの企業に入って、彼女もおらず独身のままもう二十七歳になってしまった。

 家族仲は悪くはなかったが、弟とは疎遠だった。きっかけは忘れてしまった、喧嘩をしたのだろうか、中学生のある時から弟とは会話らしい会話を交わしていない。少し内気だが優等生で、多分多くの人に慕われていたと思う。生徒会にも入っていたらしいし。俺と違って成績が良く、妹からの又聞きだが良い大学に入って大企業に就職したはずだ。浮いた話こそ聞かなかったが、きっと好い人はいたのだろう。母親似の、整った顔立ちをしていたから。成功した人生というのは彼のようなものを言うのだと思っていた。そんな弟が、どうして。

 

 そんなことを考えながらチャイムを鳴らす。実家の鍵など、とうの昔に失くしてしまった。出てきたのは、泣き腫らして真っ赤な目の妹だった。


「晋くん、みっちゃんが、みっちゃんが」

 

 俺の顔を見るなり大粒の涙を零す。妹の和総(かずさ)はまだ十六歳だ。思春期の女の子に酷な体験をさせる、と他人事のように思った。

 泣きじゃくる妹を宥めながら玄関に足を踏み入れる。リビングに顔を出すと、両親がダイニングテーブルの真ん中に置いた紙を見つつ沈鬱な表情をしていた。

 

「……ただいま。光訓(みつくに)、マジで死んだの」

「ああ、晋成(しんせい)おかえり。……本当よ」

 

 真ん中に置かれた紙は、どうやら弟の遺書らしい。許可を取って見せてもらうと、中学の頃と殆ど変わりない弟の筆跡がそこにあった。そういえばこんな字を書いていたなとぼんやり記憶を辿りながら読み進める。()()通り両親への感謝と、謝罪と、和総へのメッセージが書かれていた。俺への言及は、なかった。――そして、最後にひと言。

 

『理想を押し付けられる人生なんて、もういやだ』

 

 そこだけ酷く乱雑な字で、涙であろう水滴でところどころが滲んでいる。弟は、光訓は、どんな気持ちでこれを書いたのだろう。

 

「私たち、光訓に理想を押し付けすぎてしまったのかしら」

 

 母親がぽつりと呟く。俺は何も返すことが出来なかった。弟とは、接点がなかったから。弟に何かを押し付けた記憶などないし、そもそもここ十年ほどは会話もしていないのだから。

 

「……光訓の部屋見てくる」

 

 何となく居心地が悪くなった俺は、とりあえず光訓の部屋を見に行くことにした。部屋に行けば、何かしらの思い出が蘇るかもしれないと思ったから。

 光訓の部屋は三階建ての三階にある。自分がいない間に部屋の配置を変えられていたらどうしようかと思ったが、光訓だけでなく俺の部屋もそのままの場所にあった。がちゃり、とドアノブを回して部屋を見渡す。記憶と変わらない部屋がそこにあった。

 

「あいつ、中学時代から模様替えしてねえのかよ」

 

 ひとりごちながら部屋をぐるりと一周する。そして、姿見の前に立ったとき――思い出した。思い出して、しまった。中三の時、弟と最後に交わした会話を。

 

 

 

 当時は確か春で、俺は自分の部屋で宿題をしていて……そうだ、シャーペンの芯がなくなって、替芯も買い忘れていたからとりあえず光訓に貰おうと思ったんだ。俺と光訓の部屋は近いから、自室の扉を開けてすぐにノックもせず光訓の部屋の扉を開けて。そうして俺の目に飛び込んできたのは、ふわふわのワンピースを身につけて姿見の前に佇む光訓の姿だった。扉を開けた音でこちらを振り向いた光訓はどんな表情をしていたっけ。俺は何て言ったんだっけ。ああ、そうだ、


「はは、変なカッコ」

 

 軽く笑って扉を閉めたんだ。部屋の中から兄さん、と呼ぶ声と泣き声が聞こえた気がしたっけ、俺は聞こえない振りをしたけれど。

 その日からだ、俺と光訓の会話がなくなったのは。光訓は俺と話したそうにしていたけれど、俺が何となく気まずくて避けていたんだ。光訓はずっと俺に怯えていた。それはきっと、いつ言いふらされるか気が気じゃなかったから。

 

 

「――何が押し付けた記憶もない、だよ……」

 

 最初に光訓に()()()()()()()()()()()()のは、俺じゃないか。 光訓が自分の気持ちに蓋をするようになったのは、最初に光訓の心を殺したのは、俺のせいじゃないか。

 あの時俺が光訓の格好を、いや、光訓自身を否定しなければ何か変わったのだろうか。光訓は――死なずに済んだのだろうか。

 

「俺のせい、俺のせいだよな……ごめんな、光訓……」

 

 罪悪感が身体を蝕み、姿見の前でしゃがみこんでしまう。涙が溢れてくる。この涙は、光訓の死を悼んで出てきたものではないことに少し笑えた。顔をあげると、死んだ弟と同じ色彩をした男が酷い顔でこちらを見ていた。

 

「……やり直せるとしたら、ちゃんと受け入れられるのかな」

 

 俺の意識は、そこで途絶えた。



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