表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/152

好戦の微笑

 試合を終えた蓮司がベンチに戻ってくる。汗にぐっしょり濡れた髪が顔に張り付き、紅潮した顔色のせいで泣いているようにも見えた。結果はストレート負け。しかも最後のゲームは相手のサービスエースが4本連続で決まるという、実力の差を見せつけられるような終わり方。懸命に食らい付き必死の抵抗を見せた蓮司だったが、その終わり方は実に呆気ないものだった。


「コラ、自分が負けたからって暗い顔しない」


 なんといって声をかけて良いやらと気まずい感じになりそうだった雰囲気を、ミヤビが真っ先に打ち消してみせる。その声色は、敗者にムチを打つようなものというより、全員を律するような厳しさを含みながらも、仲間の奮戦を称える優しさに満ちていた。


 片手で濡れた髪をかき上げる蓮司。何か言おうとしたようだが、言葉は出ない。


「強かったね。最後のあれは、たぶんとっておきだよ」


 そう言いながら、ミヤビは蓮司にタオルを差し出す。黙ったままの蓮司はタオルを受け取り、俯いてしまう。そんな蓮司の肩に優しく手を置くミヤビの仕草は、何も言わなくて良いと伝えているようだった。


「ま、反省会は追々ね。今は私の応援よろしく」


 ミヤビはそれだけ言って、軽やかにベンチをあとにする。それを見て慌てて、マサキやデカリョウが声援を送った。続くように女子メンバーもミヤビに向けて声をかけ、勝敗を決する最後の試合に向かう彼女の背中を後押しした。


「蓮司、お疲れ」


 聖はスポーツドリンクの入ったボトルを蓮司に差し出す。蓮司は無言で受け取ると、先にグシャグシャと汗に濡れた髪を乱暴にタオルで拭った。まるで搔きむしるように頭や顔を強く擦っていたかと思うと、突然タオルを取り払ってコートへ向かったミヤビに声をかける。


「ミヤ! 頼むぞ!」


 蓮司の声に気付いたらしいミヤビが、振り向いてウインクしてみせた。


<あ~~~クッセ! クッセェですわ~~~!>


 頭のなかで叫ぶアドに、人知れずうんざりする聖。


「さぁ! ラストだよ! ちゃんと応援しよー!」


 鈴奈が空になったペットボトルを両手に、ポコポコ鳴らしながら全員に檄を飛ばす。日本、イタリアともに、チームの勝敗数は二勝二敗とこれでイーブン。残るは女子シングルスのみ。すなわちミヤビの試合の結果がそのまま、勝敗を決定することになる。


 日本チームが追う最初の白星の行方は、才色兼備の少女の双肩に託された。


           ★


「よぉぉっしゃあ~! よくやったぜぇジオ!」

「おめ〜手ぇ抜いてんじゃあねぇよ〜! サクっと倒せあんなやつ!」


 重要な場面で勝利をあげたジオに対し、思い思いの賞賛と野次を飛ばすイタリアチームの面々。メンバーの言葉を適当に受け流すと、ジオはひとまず水を飲んで喉の渇きを潤した。勝負を決めた第2セット、彼はゲーム間の休憩で水分すら摂っていない。


「また悪いクセが出たな」


 荷物を背負ったティッキーが、特に声色を変えずに言う。諫めている風でも呆れている風でもない。その言葉に、ジオは少しバツの悪そうな表情を浮かべて言い訳を口にした。


「あのチームは面白い。やれば分かります。きっと楽しめますよ」

「オマエまで何を言うんだ。目的を見誤るな」

「いえ、ティッキー。それも重要なこと(・・・・・)です」

「なに?」


 ジオの意図することが分からないティッキーは、眉をひそめる。時おりこの男は意味深な言い回しで相手の理解力を計ろうとするきらいがある。出会った当初はそれが鼻についたものだが、大抵の場合それは言われた相手が自分で気付いて初めて価値を見出せる、といった類のことだった。裏の社会に生まれ表の社会で育ち、そしてまた裏の社会へと積極的に関わろうとするジオの価値観は、育ちの良いティッキーとは大きく異なる。それは自分たちの目的を遂げるために重要であると彼女は学んでいた。


「そうか、なら確かめてみよう」

「えぇ、是非そうしてください」


 仲間に送り出される彼女は、マイアミの夏空の下にあって尚、風霜高潔(ふうそうこうけつ)な雰囲気を漂わせながら戦いの場(コート)へと向かっていった。


           ★


 国際ジュニア団体戦 予選Dブロック

 日本 VS イタリア 第5試合 女子シングルス

 雪咲雅(ゆきざきみやび) VS Ticky(ティッキー・) Fin(フィン・) Broad(ブロード)


 昼を過ぎ、太陽の位置が少しだけ西へ傾き始めた。九月下旬のマイアミは雨が多い傾向にあるが、空にはまばらな雲があるだけで今朝からずっと快晴のまま。現地の天気予報では大会期間中、雨の心配は要らないそうだ。もっとも、メインアリーナのコートには自動開閉式の屋根が設置されているため、ある程度試合数が絞られる大会後半であれば雨天であろうと問題はない。


(インドアも嫌いじゃないけど、やっぱり外でやる方が気持ち良いね)


 日本とは違う異国の夏風を頬に感じながら、対戦相手のティッキーとウォーミングアップするミヤビ。自分の勝敗がチームの勝敗とイコールである場面だが、彼女は自分が特に気負うことなく普段通りのテンションを維持していると客観的に自覚する。


(相手、背ぇ高いな。私もあと5㎝身長があればなぁ)


 コートの反対側に立つ対戦相手を観察しながら、ぼんやりと思うミヤビ。日本人女子の平均身長でいうなら高身長な方だが、世界のアスリートを基準にした場合は小柄な部類に入る。身体的な特徴として、やはりアジア人は全体的にサイズが小さい。


(ま、大きい方が必ずしも有利じゃないのがテニスだけど)


 人間は身体が大きくなるほど、動作に必要なエネルギーが増える上に挙動の敏捷性が低下する。テニスはスピードやパワーだけではなく、スタミナやテクニック、何よりも機敏性(アジリティ)がプレースメントに影響する。この点こそ、身体の大きさが一概に有利であるとは言えない理由の一つだ。


(現にありすちゃんみたいな選手もいるしね。昔から日本の選手は海外から忍者みたいだ、なんて言われるぐらい、フットワークと機敏性(アジリティ)を武器にしてる人が多いし。この人とは対戦経験は無いけど、もっと大きい選手とやって勝ったこともある。臆せず気負わず、いつも通りにいこう)


 ウォーミングアップを終え、両選手がコイントスの為にネット前へ駆け寄る。トスに勝ったミヤビはサーブを選んだ。相手のティッキーは太陽の位置を確認することもなく、立っていたコートを選び直すこともない。改めて対戦相手のティッキーを間近で見たミヤビは、彼女の放つどことなく常人とは異なる雰囲気を肌で感じた。人種の違いから来る差異も当然あるだろうが、彼女とはなんだか人生の経験値が違うような気がする。とても1歳差とは思えず、もっと大人なのではないかと内心で訝しんでしまう。


「その様子では、覚えていないか」

「え?」


 ティッキーが流ちょうな英語でそう言ったのを、ミヤビは聞いているようで聞いていなかった。彼女の雰囲気的に、まさか話しかけてくるとは思わなかったのだ。それでなくとも、今まさに試合が始まろうというこのタイミングで対戦相手と会話をしようとする選手は少ない。通常は、互いに火花を散らすような空気になるものだ。


「私は12歳のとき、日本でプレーしたことがある。その時、君と対戦した」


 話しかけられたことに加え、ティッキーの語る内容に驚くミヤビ。彼女のいっていることが本当なのだとすれば、ミヤビが11歳の頃ということになる。だが記憶を思い返してみても、ミヤビにはどうにも心当たりが浮かばない。


「無理もない。当時、私は年下の君より背が低かったからな。それに、勝手に自滅して記憶にも残りそうもない無様な試合をした。君や別の大会で対戦した素襖春菜(すおうはるな)のように才能ある選手からすれば、有象無象の対戦相手の一人に過ぎなかっただろう」


 彼女の語り口は、自虐とは異なる優しいものだった。試合前に相手を委縮させようとする意図さえ感じない。幼い頃に疎遠になった友人と再会し、思い出せる限りの話題を使って旧交を温めようとするような話し方。これからお互いの、そしてチームの勝敗を賭けて試合をする選手とは思えないぐらい、穏やかな雰囲気だ。


「あれから随分と色々あった(・・・・・・・・)。これでも、それなりに腕を磨いて成長したと思う。チームの勝敗の懸かる一戦ではあるが、お互い気負わず良い試合をしよう」


 穏やかな話しぶりからすっと色を変える様に、彼女は決意に満ちた表情を見せる。今の会話は、まるで決闘を行う前の口上であったかのよう。正々堂々の真っ向勝負。ティッキーはそれをミヤビに宣言しにきたのだ。それを承知したミヤビは、嬉しい気持ちと昂る気持ちを抑えながら、ニヤリと笑って言った。


Certo(もちろん)!」


 二人がそれぞれコートへ向かう。


「The best of 3 set match,Yukizaki to serve play.」


 審判が試合開始をコールする。

 日本対イタリアの勝敗を賭けた、最後の一戦が幕を開けた。


           ★


 日本とイタリアの最後の試合が始まる少し前、スタジアムから離れた場所にある特設駐車場の隅で、数人の男たちが一人の男を跪かせて囲んでいた。仲間と思しき人員が数人、人目を遠ざけるように距離をあけて立っている。


 跪いている男は、男子ダブルスの際に観客席から妨害を実行した人物だった。それなりの金額の入った紙袋を腹に抱え、怯えるように震えている。大会本部の一室で両目を焼かれたあと放り出され、自分の居場所がどことも分からないまま、幽かに感じる光を頼りに彷徨っていたところを追っ手に捕らえられた。隠そうともしないイタリア語を耳にしたとき、想定し得る最悪の状況に自分がいることを、彼は理解した。


「オラ、目を潰されたぐれェで甘えんじゃねぇ」


 そういって、赤い縁のメガネをかけた男が容赦なく蹴りを入れる。バランスを失った盲目の男は苦悶とともに倒れ、羽をもがれた虫ケラのように這いつくばるより他ない。蹴られたことよりも、これから自分が辿る運命を思うと、足が竦んで動けなかった。


「いいか、しらばっくれるのはお互いのタメにならん。オレたちも忙しい」


 恫喝慣れした言い回しで、イタリアチームの監督役(・・・)であるリッゾがいう。試合の最中ではあるが、今大会のルールでコート内のチームベンチには選手しか入れない。コーチや監督などは選手から離れたシートが割り当てられ、コーチングなどは全面的に禁止されている。あくまでジュニア同士の試合であることが大会のコンセプトだった。とはいえ、長時間監督が席を空けるのは表向きにはあまりよろしくはない。


「オマエはロシア人だな? だがどうせ、どこの組織にも属してないチンピラだろう。どうせ普段はモグリのノミ屋でもやりながら日銭を稼いで、ときどき仲介人を通してヤミ仕事を斡旋してもらう。そんなところか」


 男の素性については完全に当てずっぽうだが、反応を見るに多かれ少なかれ当たっているようだ。リッゾはゴミでも見る様な瞳で男を見下しながら、思考を巡らせる。この怯えた男の現状は、もしかすると利用できるかもしれない。


「アメリカの連中と何を話した? なんと言われた?」


 本来であれば男に仕事を斡旋してきた連中について喋らせたいところだが、どうせこの程度のチンピラは何も知らんだろうとリッゾは判断した。それよりも気になるのはアメリカの対応だ。一歩間違えれば試合の進行に支障を来しかねない妨害をしたこの男を、自分たちの手で制裁したいというのは分かる。イタリアのせいでトラブルを持ち込まれたというアーヴィングの主張も、納得はしないが理解はできた。


「その金、お使いの駄賃にしては多いな? 誰に貰った?」

「……」

「アメリカか。なるほど」


 男の反応やさきほどのアーヴィングの応対から、リッゾは仮説を立てる。アメリカの対応はつまり『うちの庭で騒ぎを起こせば誰であろうと容赦しない』という警告だ。それと同時に、両目を焼いておきながら金を持たせていることから、大人しくしていれば悪いようにはしない、というメッセージも込められているのだろう。それをイタリア側に悟られたくないがゆえに、リッゾの要求を無視して男を開放したのだ。幸運だったのは、確保した際に念のため超小型の発信器を画鋲のように男の靴へつけることができ、それがアメリカに見つからなかったこと。電波チェックを掻い潜るため、発信パルスが60分間隔となっていたのも功を奏し、アメリカは恐らくリッゾたちが男の行方を掴めずにいると判断したはず、リッゾはそう考えた。


「まさか、大会の運営側がコッチ側(・・・・)だというのはオレたちも予想外だった。スポーツの国際大会とはいえジュニアだからな。てっきりもっと健全だとばかり。目は大丈夫か? オレたちも鬼じゃない。これ以上オマエを痛めつけても仕方がないからな」


 少しずつ声色が軟化していくリッゾに、赤縁眼鏡の男が怪訝な表情を浮かべる。リッゾは彼が発言する前に手のひらを見せて黙らせ、大失敗をやらかした子供を諭すような口調で続けた。


「眼球ってのは思ってる以上に頑丈でな。視神経さえ無事なら視力は落ちるだろうが回復することが多いらしい。最近じゃあ医療用のカメラ義眼も普及し始めてる。早いうちに病院へ行けば間に合うかもしれない。オレたちが運んでやってもいいし、それが怖いならタクシーを呼んでやってもいい。金は出さないがな。しかしその前に、オマエにはオレ達の身内へ危害を加えたことに対する弁明が必要だ。どうやら軽傷で済んだらしいが、未来あるジュニア選手の片目を負傷させたうえ、こうして捕まっている。分かるよな(・・・・・)?」


 相手のリアクションを見ながら、ゆっくりと喋るリッゾ。まずは落ち着かせ、こちらにこれ以上危害を加える意図が無いと思わせる。怪我の窮状について希望を与えたうえで、自分のしたことに対する罪悪感を煽り、少しでも素直な気持ちにさせて口を軽くしてやる。


「こ、この金か? これなら喜んであんた達に」

「そういうのは良い。これはオマエに必要だろう」

「じゃ、じゃあオレになにを」

「オレ達と友達(・・)になろう」

「な、なに?」


 男はほとんど見えていない目で、相手の真意を探ろうとする。リッゾは男の肩に手を回し、昔馴染みの親友同士であるかのような馴れ馴れしさで顔を耳に近づけ囁いた。


「オマエは仕事に失敗した。痛手を負ったが、それでもどうにか機転を利かせて逃げ切ったんだ。その金は先に受け取っていた前金と、さっきの口止め料として握らされたんだろう? それを持ってもう一度仕事をくれたやつに情報提供してやれ。『イタリア野郎どもとは別に、アメ公もなにか企んでやがる』ってな」


 リッゾたちは、ロシアンマフィアの一部組織が、イタリアを目の敵にしていることは既に知っている。ヨーロッパでのスポーツギャンブルに関する利権構造から、ロシアを追い出したのは他でもないイタリアマフィアだ。そのことについて随分根に持っていたらしく、イタリアで起こったテニスの八百長事件発覚を機に反撃に転じた。以来、イタリアでのきな臭い事件の背後には大抵の場合ロシアの影がチラついている。そしてロシアは、アメリカに対しても常に弱みを握るべくアンテナを張っているようだった。


「スパイをやれ、ってのか」

「人聞きの悪い事を言うなよ。友達になろう、といってるんだ。ん?」


 リッゾは男が首から下げているペンダントに気付くと、それを掴んだ。


「よせ!」


 咄嗟に取り返そうと反応した男の首を、その痩躯からは想像できない凶暴な腕力で絞め上げるリッゾ。倒れ込むようにして体重をかけ、絞めるのではなく首をへし折らんばかりの勢いだ。泡を吹いて気を失う直前で解放すると、男はげえげえ言いながら激しく喘いでいた。そんな男に目もくれず、ペンダントの蓋を開けるリッゾ。そこには、少し若い頃の男と、よく似た少年が写っていた。


「よく似てるな。息子か? それとも弟? 家族ってのは良いな(・・・・・・・・・)


 苦しそうに喘ぎながら、男は声の方向を頼りに手を伸ばす。


「なぁ、友達になろう」


 親し気な微笑みを浮かべて、リッゾはもう一度提案した。


           ★


 ミヤビが最初に放ったサーブを、俊敏な反応でティッキーはリターンする。角度をつけ辛いセンターに打ち込まれたにも関わらず、彼女は平然と対応してみせた。女性にしては珍しい片手(シングル)バックハンドで絶妙なラケットワークをみせ、ミヤビの非利き手(バック)側へと鋭く流し打つ。


(鋭い!)


 サーブで優位が取れなかったと即座に判断したミヤビは、守勢に転じて堅実にそれを打ち返す。打った感触から狙い通りのショットが成功した手応えを感じ、次に来る相手の応手を予測する。強烈なリターンを成功させた相手はコート内側へ入り、次の一手で主導権を完全に握ろうとしていた。


(止まるな、走れ)


 逆を突かれる可能性もあったが、ミヤビは勘で相手がオープンコートを狙うと判断。力強くコートを蹴って加速すると、思った通りの方向へボールが飛んでくる。予想通りといえば聞こえは良いが、会心のサーブを放ったにも関わらず、コートの上を左から右へと大きく走らされる形となってしまった。まるでファスナーを下げられた衣服のように、ミヤビの守備範囲が大きく開かれていく。


(させないっ!)


 ボールへと追いついたミヤビは、全力で走りながらも体勢を崩すことなく返球した。甘い返球を想定して前に詰めた相手の頭上を狙い、弧を描く一打(ロビング)で攻撃を回避する。相手の球威を利用したため高さよりも推進力があり、いかに身長のあるティッキーといえど手が届く前に頭の上を通過する弾道を描いていた。即座にボールの軌道を見抜いた彼女は、草原を駆ける白馬のようにしなやかな長い足を使ってボールを追う。


(今のう、ち――!?)


 打ったボールがティッキーの頭上を抜けたタイミングで、ミヤビの体勢が整う。相手がボールを一度地面に落とす前提でいたミヤビはしかし、ティッキーがノーバウンドで処理しようとする予備動作を見て一瞬動揺する。相手は宙にあるボールから目線を切りながらも、正確に位置を把握して振り向きざまにラケットをスイングした。


 空を掴む鉤打(スカイ・フック)


 横薙ぎに振られたラケットが放つスマッシュの軌道は、三日月もかくやといわんばかりの曲線を描きながらミヤビを襲う。再びミヤビの立ち位置から離れた場所へ着弾したボールは、バウンドしてなおまだ変化する。追いかけたミヤビの虚を突くように身体へ向かい、打ち返しはしたものの詰まった当たりとなった。そしてボールの向かう先には、今しがた後ろへ下がり、無理な体勢からスマッシュを打ったはずのティッキーが待ち構えている。彼女は油断なく、チャンスボールを仕留め切った。


 ポイントが終わると同時に、女子二人の見事なプレーに観客が湧く。


「それなりに腕を磨いた、ね」


 試合前にティッキーが口にしたセリフを、なぞるように呟くミヤビ。ネットを挟んだ両者の視線が、ぶつかるように交差する。ティッキーの口元が僅かに笑みを浮かべるのが見えると、


「やってやろーじゃん?」


 ミヤビはそう言って、つられるように微笑んだ。


                                    続く

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ