アイスブレイク
撹拌事象による能力の上限解放をもってしてもなお、プエルタは強かった。
今回、聖がその身に宿したのは『アイアンマン』、『人類最強』と呼び声高い、ダビド・フェレール。彼が持つ強靭なスタミナやフットワーク、リターン能力を駆使して、ようやく同等に渡り合うことができたほどだ。ただ、もしもプエルタが、自身のプレーを変えることなく、第1セットと同様の戦い方を選択していたら、試合自体は長引きこそすれ、もう少し楽に聖が勝っていただろう。ここまで苦戦を強いられたのは、彼が大胆にも、これまでの赤土の王道を手放し、全身全霊で勝ちに来たからだ。それによって、両者の実力は拮抗することになった。何故、プエルタがその選択をしたのか、彼の心の内で何があったのか、聖は知らない。知る由もないが、恐らくは聖が能力を宿し、撹拌事象が起こったことで、何かが変わったのだろう。聖はそんなふうに感じていた。
「おめでとう。君と試合ができてよかった」
死力を出し尽くし、疲労困憊でコートに倒れる聖に、プエルタが手を差し伸べてくれた。手を借りて立ち上がり、互いの健闘を称え合う。プエルタのことは詳しく知らないが、試合に負けた直後に、対戦相手を心から祝福できるその態度はとても好ましく思える。自身の戦績に驕ることなく、常にスポーツマンシップを発揮して、多くの人々から尊敬を集めたラファエル・ナダル。プエルタは、その偉大な人物にちなんだあだ名がつけられるに相応しい選手だった。観客席からは、熱戦を演じた二人に惜しみない賞賛の拍手が注がれる。これで、準決勝進出。聖の次の対戦相手は、マイアミで日本チームの監督を務めた、同郷である日本の金俣剛毅だ。
「あと2つ」
仮にこの大会で聖が優勝すれば、日本人テニス選手史上最年少でのツアータイトル獲得となる。それを意識して狙っているつもりはないが、もし勝つ事ができたなら、デビューしたばかりの選手としては非常に高い評価を得るといえるはずだ。そうなれば、自身の心の内はともかく、世間に対して堂々と自分がプロ選手であると胸を張っても良いかもしれない。それこそ、天才少女、素襖春菜の隣に並び立つ者として、相応しいほどの。
<獲らぬタヌキのキンタマってな>
聖の胸中を見透かして、アドが水を差す。
(皮算用、ね。はいはい、分かってますよ)
<スケベ心出すと、足元すくわれンぜェ~>
(そういうんじゃないってば)
鬱陶しく思う一方で、聖はこれがアドなりの祝福と激励なのだろうと察した。激戦を制したばかりで、つい自分が何かを成し遂げたかのように錯覚していたが、聖がプロになり、ここまで勝ち上がれてきているのは、あくまで虚空の記憶の力があってのこと。目標に近づいていることを喜ばしく思うのは良いが、確かに皮算用をしている場合ではない。特に、次の相手はこれまで以上に、色々な意味で警戒が必要だ。身体は疲れ切っていたが、緩みそうになる意識を締めなおして、聖は試合会場を後にした。
★
ホテルへ戻った聖は、食事を済ませたら早々に眠るつもりでいた。天候の関係で大会スケジュールがあれこれ変わっていた為、明日にはもう準決勝が控えている。まだ陽が落ちて間もないが、少しでも体力をリカバリーする為には、少しでも睡眠時間を確保した方が良いと考えたからだ。
「聖くん、お疲れ様! ベスト4おめでと~!」
「ミヤビさん!」
<出たな、エロ忍者!>
レストランで食事をしていると、ミヤビが顔を見せた。会うのは数日ぶりになる。大会前に合流した後、てっきり同じホテルなのかと思っていたら、男女で宿泊先が異なっていたのだ。また、大会が男女共催であるがゆえに、男子と女子の試合時間が重なったりなんだりで、なかなか顔を合わす機会がなかった。男同士の徹磨ですら「遊びに来てんじゃねぇんだよ」と、練習以外ではピリピリした空気を出し、必要以上に聖と一緒にいようとはしなかった。結局、徹磨はジオとの試合に敗れたその日のうちに、別の大会へと向けて出発してしまった。「次に会ったら、覚悟しとけよ」と言い残して。
「なんか、お互い日焼けしましたね」
「ね~、結構しっかり日焼け止め塗ってるんだけど」
キャミソール姿のミヤビはそう言いながら、焼けた肌とそうでない肌の境目を指でさすってみる。二の腕のほか、顔から首筋のあたりにかけて、肌の色が小麦色に焼けつあり、鎖骨から胸元に向かっては、生来の色白い肌のまま。そのコントラストが妙に健康的で色っぽく、聖もつい目が離せなくなる。
<オレは思う。この美人JKはもう少し胸があったら天下獲れた。惜しい。尻は合格>
(生々しいこというな。意識しないようにしてるんだよ、こっちは)
<つーかなンでキャミなワケ。あのエロエロなクノイチウェアは〜?>
(試合じゃないんだから、着るワケないだろっ)
アドを諫めつつ、聖はチラリとミヤビの服装に目をやり、すぐ目を逸らす。アゼルバイジャンでもそうだったが、海外遠征するようになって、聖は日本以外の文化に多く触れるようになった。その中で国を問わず言えることが一つある。日本以外の国の人々は、日本に比べて男女問わず肌の露出を躊躇わない。トレーニングルームなどですれ違う海外の女子選手など、正直目のやり場に困るような恰好で筋トレに励んでいたりする。男は男で、明らかに日本より上半身半裸で練習する選手が多い。最近になってようやくその環境にも慣れてきたが、相手が知り合いの女性となると話が変わる。ただでさえミヤビは妙に距離感が近いので、油断していると聖とて変な気分になりかねなかった。
「えっと、結果見ました。残念でしたね」
妙な気分を振りほどこうと、聖は自ら話題を振った。
「ね〜。頑張ったんだけどさ〜。聖くんとは逆の結果になっちゃった」
ミヤビは予選から勝ち上がり、順調に勝ち進んだものの、結果はベスト8。プロ初年度の選手としては、こちらもまずまずといった戦績を残せたといってよいだろう。ただ、本人はあまり満足しているようには見えなかった。負けず嫌いの彼女としては、逆転負けが堪えたのかもしれない。
「でも、当初の目的は果たせたんじゃ? かなり話題になってるみたいですよ」
「ま~ね、モデルが良いですから~」
ミヤビは春にプロ転向したが、その前にATCを退所している。その為、プロ活動に必要な資金が足らないという問題に直面していた。プロテストに合格しているミヤビや蓮司は、本来ならば日本テニス協会からのスポーツ奨学金制度の対象選手だ。だがそうはいっても、まだプロ転向したばかりの彼女らに、いきなり海外遠征を伴う多額の援助がされるというわけにはいかない。まずは、国内で実績を積むという段階を踏まなければならなかった。1、2年は国内で活動し、実績を残すのがセオリーなのだが、聖の活躍を目にした彼らは、少しでも早く活躍の場を広げようと、自らが広告塔となり、セルフプロデュースする作戦を採った。要するに、勝って目立って、さっさとスポンサーを獲得してやろう、と考えたのだ。そして分かり易く目立つ為に、日本の着物をモチーフにしたデザインの特徴的なウェアを身に着け、大会に出るようになった。それが、アドがいうところの、エロ忍者、またはクノイチウェアである。聖もSNSで目にしたが、見た目のインパクトは、なかなかのものだと思う。
ミヤビは早速いくつかの大会で優勝し、途端に注目を浴びる。多かれ少なかれ批判の声はあったが、人や幸運に恵まれたお陰で、今回ミヤビは男女共催のバレンシアオープン予選出場にこぎ着けた。ATCの先輩であった鈴奈は先に敗退してしまったが、ミヤビは今日まで勝ち残り奮戦。その甲斐あってか、日本のみならず、海外のテニスファンからも結構な人気を集め始めているようだった。
「でもそれはそれとして、今日は勝ちたかったぁ」
テーブルに突っ伏して駄々をこねるように、ミヤビは不満げに顔を歪ませる。そんな気を抜いた態度も、妙に色っぽく見えるのだから聖としては困ったもの。頭のなかでアドがなにやらはしゃいでいるようだが、そちらにも意識を向けまいと、聖はどうにか平静を保とうとする。
「あっ、ごめんね食事の邪魔して。私も明日帰国するから、顔見ておきたくて」
「いえ、全然。みんなによろしく伝えておいてください」
気遣いに感謝して、素直に礼を述べる。
すると、ミヤビは何やらまじまじと聖の顔を見つめてきた。
「あの、なんでしょう……?」
整った顔立ちの少女が、真っすぐ自分の目を射抜いてくる。
ミヤビの黒く深い瞳に、なんだか吸い込まれてしまいそうな気がした。
「聖くん、疲れてるでしょ」
「え? あぁ、まぁ。初戦から今日まで、全部フルセットだったので」
聖の言葉に、あぁそうだっけとミヤビは一人頷いて納得する。
そしてすぐに椅子から立ち上がって、言った。
「よし、ご飯食べたら、お姉さんとイイトコに行こう!」
★
パンツ一枚で、聖はその鋼鉄製のカプセルに首だけを出して閉じ込められた。装置が起動すると、コンプレッサーが低い唸り声をあげ、聖の首から下を急激に冷やしていく。最初の1分ほどは冷たくて気持ち良いな、と思っていたが、2分を超えた辺りから余裕がなくなり、2分半ぐらいで本能的な危機を感じ、思わず聖はミヤビに助けを求めたが、彼女はニコニコしながら「頑張れ~」としか言わず、その綺麗な笑顔が妙に憎たらしく思えた。
「はーい、あと20秒〜。頑張って~」
「痛くなってきた! 痛くなってきたんですけど!」
「はいはーい、あと15秒~」
「きつい! やばい! むり!」
「あははっ、聖くんそんな顔すんだね。がんばれ~、がんばれ~」
意味深なセリフでミヤビが聖を連れてきたのは、ホテルの一室だった。まさか彼女の部屋ではあるまいと思いながら部屋に入ると、そこは大会が用意した選手向け治療・処置室だった。そしてミヤビは、そこにある最新型の超極低温冷却治療装置を使うよう聖に持ち掛けたのだ。
「要するに、氷風呂のすっごいやつ」
クライオセラピーは、液体窒素を使い、マイナス180度で筋肉を冷却させるリカバリーマシンのことだ。筋肉、血管、神経、血液を急激に冷やすことで、人が本来持つ免疫反応を活性化させ、筋肉痛や全身疲労を回復させる。施術後、血流が促進されることにより、新陳代謝がアップし、美肌効果やダイエット効果も期待できるというもの。無論、マイナス180度とはいえ、体感温度的にはおよそマイナス5度程度なので、いうまでもなく凍傷や低体温症などのリスクはない。
「あぁ~、なんか、冷やしたのに身体の中から熱くなってくる」
どうにかこうにか冷却を終えた聖は、ぐったりしながら椅子に腰かける。首から下が本当に氷漬けになったみたいで、装置から降りて歩くのもきつく、ミヤビの手を借りなければならなかった。介護される側とは、こんな感じなのかなとぼんやり思った。
「そうそう、身体が自発的に体温を上げようとするからそうなるの」
数分間、文字通り全身を凍結されるような冷却を味わい、聖は心臓が止まるのではと思った。タオルをかぶって徐々に体温が戻るのを待つ間、寒いのに身体が熱くなっていくというなんとも奇妙な感覚が聖を襲う。そんな様子の聖を、ミヤビが実に可笑しそうに眺めている。
「これ、本当に回復するんですか?」
「するする。じゃなきゃさせないって。なんかね、施術した後にエンドルフィン、っていう幸せホルモン? とか出るんだって。細かくはあんまり知らないけど、私もやった日はすっごいよく眠れたよ。睡眠の質が上がるんだって。あ、水分補給はいつもよりこまめにしなきゃいけないみたいだから、気を付けてね」
幸せホルモンがなんなのかは正直よく分からなかったが、少なくとも聖の様子を見て楽しんでいるミヤビは随分と幸せそうに見える。幼い頃、姉と春菜の二人から事あるごとにからかわれたり弄り倒されたりしていたのをなんだか思い出してしまう。
「クレーで連続フルセットだから、確かに疲労は溜まるよね。でも、男子はグランドスラムじゃ5セットマッチなんだよ? ストレートで勝つとしても、常に3セットはやるんだから、このぐらいで疲労を溜めてるようじゃ、聖くんもまだまだ、だね」
まだ弄り足りないのか、それとも何やらそういう気分なのか、身体が自然に暖まるのを待つ聖にミヤビが軽い追撃を加えてくる。それに対して聖は、逆らわないから勘弁してくれと言いたげに項垂れながら応えた。
「それはそうですけど、気が早いですよ。僕がGSに出るなんて、いつになるやら」
プロ転向してから順調に勝ち進んでいるとはいえ、聖はまだワイルドカードを貰ってようやくATP250に参加しているレベルなのだ。GSに出場するとしても、今大会よりもレベルの高い予選を勝ち上がらなければならない。そもそも、今のランキングでは、その予選のエントリーに参加できるかも怪しい。
「一人で快進撃続けてるのに、ずいぶん弱気だなぁ。しっかりしなさ~い」
「いやいや、プロ初年度でGS参加は、さすがに厳しいですって」
グランドスラム。
全豪、全仏、全英、全米。年に四度開催される、最も格式高い四つの大会。およそテニスと関わりのある者で、これら四つの大会を意識しない者はいないだろう。プロとして生きる選手ならなおさらである。自分とはまだ縁が遠い大会だと感じつつ、聖はふと、前から疑問に思っていたことがあるのを思い出した。
「そういえば、GSについて、ひとつ分からないことが」
「なぁに?」
「出場する選手のレベルが一番高くて、世界でも注目される大会だっていうのは分かります。でも、オリンピックみたいに数年に一度じゃなくて毎年開催ですよね。しかも年に四度も。開催数で考えると、かなり頻繁にやってる大会なのに、どうしてそこまで注目されるんでしょう?」
大会毎で異なるが、GSの賞金総額は平均するとおよそ90億円を超える。ウインブルドンなどは2014年度から2024年度までの10年間で徐々に上がっていき、遂には2倍にも膨れ上がった。それ以降は一時的にそのまま推移したが、スポーツバブル以降再び上昇し始め、現在では平均100億円に届きそうな勢いだ。当然ながら規模でこそオリンピックには及ばないが、テニスのGSほど毎年何度も賑わうスポーツは限られている。スポーツバブルが始まるよりも以前から、テニスはずっと長いこと国際的なスポーツとして世界の上位にいる。聖にはそれが少し不思議だった。
「単純に、世界的な競技人口の話もあるんだけど」
そう前置きして、ミヤビは説明を始める。
「まずね、テニスって元々はヨーロッパ周辺の貴族のお遊びだったんだよ。当時の価値観としてはどこも男尊女卑が当たり前だったけど、テニスは女性も一緒に参加できる遊びっていうのがすごくウケたみたい。貴族同士が社交の場の遊びとして、男女一緒に着飾ったドレス姿で楽しむ、ただのレクリエーションだった。だからテニスの歴史的に言うなら、ミックスダブルスがテニスの歴史的には、今も残ってる一番古い形式っていえるかも。それに、女性がスポーツに進出してきたきっかけもテニスって言えそう。近代オリンピックで女性選手が初めて金メダルを獲得したのは、テニスだからね」
さらりと語るミヤビの話に、内心で感心しながら、聖は相槌も忘れて聞き入った。
「で、年代的にヨーロッパを中心とした大航海時代が訪れて、それと一緒にテニスは世界中へ広まっていったの。主に商人たちの手によってね。当時世界の最先端だったヨーロッパで、お金持ちの貴族達が夢中になっていた遊びだから、商人たちがそれをビジネスに活用しようとするのは、自然な発想でしょう? テニスをするっていうのが、一種のステータスみたいになっていたのかもね。今でもテニスの大会が色々な国で開催されているのは、この辺りの事情が元みたい。スポーツとしてではなく、ビジネスの潤滑油としての役割を果たしていたわけだけど、それが次第に競技化して独立しはじめていく。元が貴族の遊びだったから、テニスに興味を持つのも自然とお金持ちが多くなる。そうなるとより良いものにしようとして、人が集まり、モノが集まり、お金が集まり……そうやって、知らず知らずのうちに市場として大きく成長していった」
何が最初のきっかけだったのかを正確に紐解くことは、恐らくもうできないだろう。ただ事実として、人間たちが生活基盤を構成していくにあたって、ヒトとモノとカネが集まり、それらが流通するために経済活動が生まれ、社会が成立していき、やがては文化を作り上げる。後に生まれた者たちは、生まれた時から既に『それがルールとして成立している世界』を目の当たりにし、疑問を持つことなく受け入れていく。
「つまり、テニスが今の世界で高額な賞金の出る大会を開催しているのは、そういう昔から続く経済事情に因るところが大きいっていえるかな。私はこれを知ったとき、少しガッカリしたんだけどね。てっきり、テニスには他のスポーツにはない、特に人を魅了する何かがあるからって思ってたから。でも、経緯がどうであれ、今みたいにテニスが価値のあるものだってブランディングされてくれたお陰で、今の私たちはテニスを生業にするっていう選択肢を採れる。実力主義で厳しい世界だけど、それでも、注目されないマイナースポーツがいくつもある事を考えれば、ぶっちゃけすごく恵まれた環境にあるって思うんだよね」
そこまで聞いて、聖はミヤビが今、スポンサーを集める為にやや奇抜な手段を用いていることを思い出した。聖の知る限り、ミヤビは普段から自信に満ち溢れた態度で振る舞う。外見的に優れていることを自覚し、他人が自分をどう評価しているのかを把握したうえで、極力周囲と摩擦を起こさないよう誰に対しても自然と気を配る。自分が目立つ存在であると自覚しているからこそ、悪い目立ち方をしないように、ミヤビは人知れず注意を払っていた。
そんな彼女が、下手をすれば批判の的になりかねない手段を使ってまで目立とうとしている。そこに何かしらの葛藤があったのだろう。聖の疑問に答えながら、テニスが世界に与えている経済的な影響やその成り立ちについて咀嚼し直すことで、なにか自分が納得できる言葉を探しているように見えた。
「聖くんが活躍してくれて、すごく助かってるよ。あまり興味ないかもしれないけど、日本じゃ今、聖くんはかなり期待の新人だから。ガネさんなんて、アイツのお陰でマスコミの取材が減って助かってる、とか言ってた。まぁ、ちょっと不服そうではあったけど。私も蓮司も、早く聖くんに追いついて、話題をかっさらうつもりだから、期待して待っててね」
★
その後、話題は他愛のないものに移り、聖の身体が落ち着いたところで二人は別れた。クライオセラピーの効果か、それともミヤビと話したお陰か、不思議と身体の疲れがほぐれているように感じた。
(まだ20時前か。あ、そうだ。バナナ買っておかなきゃ)
そう思い、ホテルの外にあるスーパーへ向かう。
その道すがら、心底つまらなさそうにアドがぼやきはじめた。
<オマエってさァ、ホントつまんねェ野郎だなァ。絶対ワンチャンあったろ>
またそういう話しか、とややウンザリしながら、聖は応対する。
(あのね、僕はミヤビさんをそういう目ではみてないの)
<ちょっとドキドキしてたクセに。試しに部屋で話そうって言えば絶対きたぞ>
(なんでそう、本能に忠実なのさ)
<アホか。オメェが派手にやらかすトコがみてェだけだっての>
(僕に怨みでもあるのかよ……)
<面白いモンがみてェの! 派手に笑えるやつ!>
(知らないよ、いつもみたいにゲームでもやっててよ)
せっかくほぐれた疲れがまたぶり返しそうな気分に、顔をしかめる聖。
<お? へェ。期待してたのとは違うが、面白そうなのが来たな>
(はい?)
<気合い入れろよ、今夜は長そうだぜ>
途端に、アドの声色が緊張感を帯びる。
何事かと思い、周囲に視線を走らせると、一人の大柄な男が近寄ってきた。
「よぅ、明日の準備か?」
親し気な笑みを浮かべ、男は無遠慮に距離を詰めてくる。
近寄られると、微かではあるが、酒の臭いが鼻をついた。
「監督……」
明日、聖と対戦予定の選手、金俣剛毅、その人だった。
続く




