115_バカップルの休日
日常回です。
今回はバカップルのターンです。
115_バカップルの休日
これはギルバートがコル村に到着した次の日の夜の事。
「あなた、ネスさんから聞きましたよ。私に隠し事をしようとしたんですって。
酷いわ、酷すぎるわ。私はこんなにあなたの事を愛しているのに。」
「すまない。でもお前に心配を掛けたくなかったんだ。
お前を愛しているからこその判断だったんだ。許して欲しい。」
「許しません。あなたとはもう口を聞きません。
・・・10分間。」
「なんだと、それはあまりにむごい。俺が悪かった。考え直してくれ。」
実はこの日の昼にメリッサの元にネスが訪れ、以前バクラがメリッサに内緒で魔族に対応しようとしていた事をチクったのである。
その為、今メリッサは大層不機嫌である。
「・・・なあ、メリッサ、俺の天使、頼むから機嫌を直してくれ。」
「・・・・」
「俺なりにお前の事を考えたつもりだったんだが、どうやら独りよがりだったようだな。
お前が怒るのも無理はない。俺の事を罵ってくれてもいい。
だが頼む、お前の声を聞かせて欲しい。
お前の美しい声をもう二度と聞けなくなると思うだけでこの世の全てが虚しく色褪せたものに思えてしまう。」
「・・・・」
「なぁ、ハニー。」
「・・・ごめんなさい。あなたと話せないなんて私には耐えられない。
こんな我が儘で聞き分けのない女の事なんて嫌いになってしまうわよね。
お願い捨てないで。あなたがいないと私生きていけないの。」
「何を馬鹿な、俺がお前を嫌うなど全世界、全時空が滅びてもありえない事だ。
今回の件は全面的に俺が悪かったんだ。俺のことを許してくれるか。我が女神よ。」
「あなたは悪くないわ。我が儘を言ってごめんなさい。
世界一あなたを愛しているわ。私のプリンス。」
「俺もだ。愛しているよ。俺の愛しいエンジェル。」
この間わずか1分ちょっと、このバカップルにしては持った方である。
「俺の天使、お前の声が聞けてホッとしたよ。
その神々の奏でる音楽よりも美しい声を聞けなくなると思っただけでこの世の終わりかと思ったよ。」
「あなたにそんな辛い思いをさせていたなんて。私はなんて酷い女なのかしら。
私は優しいあなたに愛される資格が本当にあるのかしら。」
「何を当たり前の事を言っているんだ。
そうだ、お前に対する愛を示したい。
明日俺とデートしてくれないか?」
「え!あなたからデートのお誘いだなんて。
私は世界一、いえ、人類史上一の最高の幸せ者だわ。
喜んでお受けいたします。私の騎士様。」
「ああ、期待していて欲しい。俺の可愛い天使様。」
こうしてバカップルのデートが決まった。
そして次の日の朝
2人はおめかししてバンの街に行くことになった。
バクラは黒のスーツを着ており、如何にも厳つく正にマフィアのボスの様な出で立ち。
メリッサは爽やかな白のワンピースを着ており、実年齢3○歳にも関わらず、20代前半と言っても通用しそうな美しく若々しい姿である。
この2人を並べると色々と犯罪臭がするのはおそらく気のせいではないだろう。
だが、彼らは正真正銘の夫婦でバカップルなのである。
2人は周りの目を余所に自分達の家の前でいちゃつきながら話を始める。
「では、まずは目的地のバンの街に向かうとするか。」
「ええ。でもあなた、どうやって行くの?アル君にグレートサイクロン号で送ってもらうの?」
「そんな無粋はしないよ。ハニーお手をよろしいかな。」
「!!、はい!」
バクラがメリッサに対して手を差し出すように促すとメリッサが恥ずかしそうに言われた通り手を差し出す。
この2人、結婚して20年にも関わらずこんなところはまだ初心なのである。
だがあろう事か、ここからバクラはメリッサをお姫様だっこする。
「!!あなた!!!これは!!!!」
「このまま、バンの街に向かおう。」
「え!!私!!こんなの!!死んじゃう、幸せすぎて死んじゃうわ!!!」
「それは困る。お前が死んだら俺は絶望で世界を滅ぼすかも知れない。
それに幸せなのは俺も同じだ。さあ、首に手を回してくれ。出発するぞ。」
「ああ、目の前にあなたの凛々しい顔が・・・」
2人は赤面しながらバンの街へ向かう。
だが忘れてはいけない。コル村からバンの街までは50キロ離れているのだ。
それをバクラはメリッサを抱えたまま走破しようというのだ。
普通に考えたら頭がおかしいのだが相手はバクラである。
今、バクラの中にはメリッサへの愛という他の人類にとっては未知のエネルギーで満ち溢れていた。
今のバクラなら列人を殴り殺す事も可能だろう。割とマジで。
そんな最強状態のバクラの疾走風景を今からご覧に入れよう。
「さあ、出発だ。『フォースシールド』」
バクラはまず手始めに霊力の壁で自分達全体を覆い、風の抵抗を受けなくする。
そしてバクラはメリッサを抱えた状態でゆっくりと加速していく。
決して急加速はしない。メリッサへの負担を限りなく0にするためだ。
今のメリッサは新幹線のリクライニングでゆっくりと寛いでいるくらいに身体の負担が少ない。
走り出してから1分、既に時速は100キロを超えているにも関わらず、メリッサの快適空間に変化はない。
強いてあげればバクラの体温や匂いや身体の感触を感じてメリッサの感情のメーターが振り切れそうになっている事くらいである。
そんな2人の幸せ空間にちょっかいを掛けて来る無粋なお邪魔虫、もとい命知らずが存在した。
バクラの前方に馬車とそれを襲う盗賊の姿が見える。
「ヒャアハハ!お前たち、金目のものと女をおい『スパイクシールド』ぶはぁ!!!」
「なんだ、今のは!我々は助かったのか。」
「そうみたいです。盗賊どもがミンチになっています。」
この地点でバクラの速度は時速200キロを超えていた。
その高速状態に刺付きの霊力の盾を纏って突撃されれば誰でもミンチになる。
バクラにとっては目の前のうるさい蝿を追い払った程度だったが、襲われていた馬車の中の善良な市民にとっては正に神の救いだった。
後にこの地には『神の鉄槌が振り下ろされた地』として石碑が立つがそれはバクラの預かり知らぬ事である。
こんな状態でもメリッサの目にはバクラしか映っておらず、周囲の惨状に全く気づいていない。
それからさらに進み、チル集落付近
「大変です、ゲオルグ先生。ウルフの群れです。数は10体。」
「なんですって!戦える方はおられますか?」
「いえ、ほとんどが先のコルト病に罹患していた者達で体力が回復仕切っていません。
おそらく戦っても勝目はないでしょう。」
「なんと言う事だ。こんな時にエレメンタルズの方々がいれば。」
『ガルルゥゥゥ!!!ガル『アイアンウォール・ランサー』キャイン、キャン』
「・・・・あれはバクラ殿とメリッサさん・・・・いや、まさか。」
「えっと、何かよくわかりませんが、ウルフ達が全滅しました。」
「なんか、女を抱えた厳つい男のように見えましたが?」
「・・・まさか、そんな訳はないですよね・・・どうやら私は疲れているようだ。
すみません、急患がいないのでしたら休憩を頂きたいのですが。」
「はい、ゲオルグ先生から休憩を要求するなんて珍しいですね。
先生は働きすぎですから、しっかり休憩してください。」
「・・・・・はぁ、わかりました。」
何者かが目の前で巨大な槍と化し、ウルフ達を蹴散らしていく光景に、ゲオルグは自分が見たものが気のせいである事を願いながら疲れた顔で休憩に向かうのだった。
ちなみに巨大な槍と化した本人であるバクラにとっては目の前で犬っころが道を塞いでいたのが鬱陶しかっただけなのだが、またしてもエレメンタルズはチル集落の恩人になっていた。
尚、メリッサは(以下略)
こうして多少のゴタゴタはあったものの無事バンの街の門の前に辿り着いた。
「さあ、着いたぞハニー。名残惜しいが降ろさせてもらうぞ。」
「嫌!一生このままでいたい。」
「それは俺も同じだが、このままではデートができない。
帰りもまた同じように抱えて行くから今は我慢して欲しい。その代わりデート中は手を繋いでいよう。」
「!!はい!!喜んで!!!」
このようにいちゃついた後、二人は入場手続きを終わらせる。
その時、門の前にはそれなりに人がいて、ガッツリ注目されていたのだが当人達は全く気にしていない、というよりお互いしか見えていない。
その後2人は手を繋いでいちゃつきながら街の中に入っていく。
彼らが向かったのはこの街でも1、2を争うくらい美味しく、そして高いと評判のレストランである。
この店への予約はバクラが魔術端末(ギルドの備品)を利用して行っており、特に問題ない。
ここで一つおかしいと思った方もいるだろう。
そう、今回のデートの発端はメリッサとの痴話喧嘩(傍から見ればいちゃついているだけ)だったはず。
いつ予約する暇があったのか。
実はこのデート、最初から計画されていたもので、痴話喧嘩のお詫びの形になったのはたまたまなのである。
今までバクラはギルドマスターの仕事が忙しく、休日にメリッサと出かけたり出来なかった事を残念に思っていた。
そして今、ギルドマスターを辞めた事で休日の時間に余裕が生まれた。
この漢がメリッサの為に行動しないわけがない。
2人はムード満点の高級店で上品な料理を食べながら穏やかに会話を楽しむ。
会話の内容はバクラがハンターに復帰した後の様子についてが主である。
「ねえ、ダーリン。お仕事が変わってからのあなたの様子を聞かせて欲しいの。
何か辛いことがあったりしない。私ができる事があるなら何でも言って。」
「あぁ、ハニー。お前はなんて優しいんだ。やっぱりお前な世界で一番優しくて美しい最高の女だ。
確かに色々あるが、お前の美しい声で慰めてもらえるだけで俺はいくらでも頑張れる。」
「まぁ、ダーリン。あなたが私の為に頑張ってくれているのは世界で一番わかっているわ。
でもダーリンがいくら強くて、かっこよくても頑張りすぎは禁物よ。
その色々って部分を是非聞かせて。」
「そうだな。最近困った事と言えば、とある探し物だな。」
「探し物?」
「俺がアル達と同じ魔法とは違う霊力という力を手に入れた事はこの間説明しただろう。
その力をさらに強くする為に精霊という存在を探しているのだが、これがどうにも雲を掴む様な話なんだ。」
「あなた、その精霊と言うのはどういうものなの?」
「ああ、アルが言うには超常的な力を司るもので、神々や伝説に残る様な偉人の形をとっているそうなんだ。
しかしこれが曲者で普通の人には見えず、伝承なんかを頼りに探して行くしかないみたいなんだ。
俺が探しているのは防御に優れた伝説の持ち主だが漠然とし過ぎててどこから手をつけていいのか。」
「それだったら一つだけ心当たりがあるわ。」
「本当か!!ハニー!!」
精霊について心当たりがあるらしいメリッサの言葉にバクラは思わず食いつき話を促す。
「ええ、ダーリン。私のご先祖様『ロード・スチュワート』の話よ。」
「ロード・スチュワート?聞いたことがないな。ハニーのご先祖様なら調べてないはずがないのだが。」
「この話は一族の中でも秘中の秘の話だから。スチュワート家の直系にしか話されていないわ。」
「ハニー、そんな大切な話をしてもいいのか?」
「ダーリン、もうスチュワート家はこの世にないわ。それにダーリンは私の旦那様だもの。
話しても問題ないでしょう。ましてやそれでダーリンのお役に立てるのなら。」
「そうか。ありがとう。俺の女神。」
この時のバクラの顔つきは優しく、でも目の奥には熱いものが宿っており、その凛々しい顔つき(傍から見たらヤクザの鋭い眼光)にメリッサは俯き頬を赤らめる。
「ええ!お役に立てそうで嬉しいわ、私の騎士様。
ロード・スチュワート。
伝説の『炎の勇者』のパーティーのひとり『神盾』と呼ばれた人物よ。
世間では『炎の勇者』と『癒しの聖女』の2人で魔王を倒した事になっているけど、実際のパーティは4人いたの。
『炎の勇者』、『癒しの聖女』、『剛剣』グライゴス、そして『神盾』ロード・スチュワートの4人よ。
ロード・スチュワートはその圧倒的な防御の力でモンスターや魔族の攻撃をことごとく防ぎ、魔王討伐に大きく貢献したそうよ。
スチュワート公爵家の起こりはこのロード・スチュワートの息子と、『炎の勇者』と『癒しの聖女』の娘が結婚した事が始まりと言われているわ。」
「凄い人物なんだな。流石ハニーのご先祖様だ。しかしそれほどの人物ならもっと一般に知られていてもおかしくないのだが?」
「それはロード・スチュワートの死因が理由ね。
実はロード・スチュワートは同じパーティの『剛剣』グライゴスに殺されているの。
グライゴスは力を欲し、魔王なき後に魔族の力を自ら得て、その力を試す為に『炎の勇者』達を殺そうとしたの。
その時にロード・スチュワートとグライゴスが相討ちとなった。
これを歴史の汚点と考えたフラム王国はこの事実を隠した。
それが今日までロード・スチュワートの話が広まってない理由ね。
私の知っている話は以上よ。お役に立てたかしら。」
「ありがとう。とても参考になったよ。
ちなみにロード・スチュワート縁の地とかは知っているかい?」
「そうね。結婚してすぐに私とダーリンでご先祖様のお墓参りに行ったでしょう。
その時にあった一番大きな墓がロード・スチュワートのものよ。
たしかその霊廟にスチュワートの騎士がお参りすると、ロード・スチュワートから守りの加護を授かる事ができるとされているわ。」
「そうか、じゃあ、今度機会があればまたお墓参りに行こう。
そのときはまたお前をお姫様だっこしてな。」
「え!またあの幸せ空間を体験できるの。私はなんて幸せ者なの!」
この後も彼らのデートは続く。
美術館に行って彫像を見れば、『彫像よりあなたの方が逞しくて素敵だわ。』と宣い、
劇場で音楽を聞けば、『確かに素晴らしい演奏だがお前の声の方が何十倍も綺麗だ』と囁き、
公園で可愛い小鳥を見かければ『美しく可愛らしいお前の事ばかり見ていて気付かなかったよ。』とほざく。
途中、ガラの悪いチンピラに絡まれれば2人して人が殺せそうな眼光でひと睨みして、チンピラを撃退する。
2人の時間を邪魔された時、バクラは当然としてメリッサについてもそこらへんの小悪党くらいなら震え上がる様な眼光を放つ事ができる。
実際、睨まれたチンピラは軽くチビっていた。
商店街に行って、思い出の品やお互いへのプレゼント等を買ったり、結婚して20年間で出来なかった事をこれでもかと言うほど堪能した。
だが時間は無常にも過ぎ去っていき、もうすぐ夕方、村に帰らなくてはならない。
「ダーリン。名残惜しいけど、もう帰らないといけないわね。」
「そうだね、ハニー。でもまた来ればいい。時間も機会もいくらでもあるのだから。
さあ、我が姫よ。お手をよろしいですか。」
「!!はい!愛しの王子様。」
朝の出発時にやった遣り取りをここでも行なう。
まあ、本人達が幸せそうで何よりだ。・・・けっ(非リア充の僻み)
これは蛇足であるが、この後先に街を出た百香達3人をバクラが抜き去って先にコル村に到着した。
周知の事実ではあったがやはりバクラも人間をやめていた。
そしてメリッサはその事を気にしないどころか『逞しさに磨きが掛かって素敵』くらいにしか思っていないのであった。
バカップルがいちゃつくだけじゃあんまりなので、ちょっとした伏線も入っています。
この回は今後の展開において、結構重要な話です。
バカップルの会話がちょっとキツイですが、是非とも耐えて下さい。
しかしバカップルが出てくると文字数が嵩みます。
登場人物2人だけなのに今までで一番文字数を使いました。
基本一話辺り5000文字は越したくないのですが、今回は6000文字です。




