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王朝のゆくえと、シャルルのこころ

 その後、どんなに捜索をしても魔法使いが見つかることはなかった。

 一連の顛末を見ていた兵士たちからは『稀代の魔法使い』と呼ばれて敬意を集めているようだ。その墓にはたくさんの花が供えられている。

 シャルルから見れば、自分の好奇心に任せて暴れていたようにしか見えないのだが、なぜか市民や兵士の命を守ったと思われている。とんだ勘違いだが、新しい世界の創世の神話としてちょうどいいかもしれない。

 シャルルは、騒動の後、自ら国境に赴き、軍を率いた叔父と話をした。

 叔父はシャルルにシャルルの母であり、自らの姉の面影でも見たものか、涙ぐんだ。それからシャルルの提案を受諾し、撤退を約束した。

 提案を叔父が呑んだのは、利益があるという以上に、母の影響の方が大きいだろう。血筋が有効な場面は、やはりあるのだ。

 そこでシャルルは、数年ぶりに自らの姉と再会した。叔父の横に佇む姉と、シャルルは無言で視線を交わす。

 それだけで十分だった。





 国を率いていたジョンは、かろうじて生き残った。

 顎は砕かれ、化け物に右手、左脚を喰われた。

 砕けた顎では、二度と喋ることはできないだろう。

 王子と議会は、彼からすべての権限を委譲させ、幽閉を言い渡した。どのようなことがあっても、彼が表舞台に戻ってくることは二度とない。

 それがシャルルの決意だった。

 シャルルはジョンの治療を手配し、ジョンは病院に押し込められた。もちろん、監視が四六時中、ついている。

 塔にいた頃とは逆の構図だ。

 ジョンの治療をするのは、アンリという医者だ。『研究バカのアンリ』と呼ばれているのだと、本人はシャルルに語った。実際、彼以上にすぐれた技術の持ち主は、この国にはいないのだと彼の同僚たちは言う。


「本当に技術のある人間は、この国の外か、墓の下ですよ」


 そう肩をすくめていったのは、だれだっただろうか。

 最初に会った時、アンリはシャルルに尋ねた。


「シャルル。ティエリーって医師見習いのこと知っていますか?」

「ああ」


 シャルルは頷く。


「ぼく、アンリ・シモンって言います。ティエリーの兄なんです」


 そう言って、わずかに微笑むアンリは、たしかにどこかティエリーの面影が感じられた。


「ティエリーの……」

「その様子じゃ、記憶にしっかり残っているみたいですね。よかった。あの子は、だれも行きたがらない治療のボランティアなんかして、バカだなあと思ってたから」


 アンリは、ティエリーが死んだことは知っていても、どのように死んだかは知らないだろう。


「……もうしわけない」


 顔を曇らせたシャルルに、アンリは首をふった。


「いいですよ。あの子がバカだったんだ。でもぼくはあの子が誇らしい。ぼくらの職務は人を殺すんじゃなくて、治療をすることです。この憎らしい男だって治療してやりますよ」

「ありがとう」


 やがて、長い時間をかけて治療が済んだころ。ジョンの希望で、彼は地下墓地の管理人になることになる。

 しかし、それはまた、別の話だ。








 事態がほんのすこし落ち着いたころ。


 シャルルは、王家と縁のある修道院を訪れた。

 護衛兼、見張りを兼ねる国民衛兵をのこし、一人、礼拝堂に入る。


 手には、ふたたび戻ってきた瓶、『地獄の坩堝』を大事そうに抱えて。


 窓からステンドグラス越しに注ぎ込まれる陽の光を浴びながら、シャルルは目を細めた。目に焼き付けるようにその光景を見つめ、告解室の一つのドアをあけると、そこから地下に続く階段を降りていく。


 この修道院の地下には、地上にある礼拝堂とは別に、もう一つの礼拝堂がある。そこが、今まで、瓶に生贄を捧げてきた場所なのだ。


 凄惨な歴史の積み重ねのこの場所が、ひどくうつくしい。


 地下に続く階段をくだりながら、シャルルは手の中にある瓶を見つめた。


「今になって惜しくなるとは」


 シャルルは苦笑する。

 もう少し生きていてもいいと思えた自分に驚いていた。

 しかし、瓶はもう一秒でも持ち堪えることができないというように震えている。シャルルは、落ち着かせるようにそっと瓶を撫でる。


「ああ、……いい人生だったな」


 思わず微笑みが浮かぶ。

 長らく開けられていなかった礼拝堂の扉を開ける。

 中は、誇りの匂いがした。

 青い漆喰の壁。

 祈りを捧げるための長椅子。

 その間をまっすぐに祭壇に向かう。

 そして、祭壇の前で深く礼をとると、その上に『地獄の坩堝』をそっと置いた。


 シャルルは自らの命を捧げる覚悟があった。

 それで二十五年を稼ぐのだ。たとえそれがほんの少しの時間稼ぎでしかならないとしても。その身には他の人間よりよっぽど価値があった。ならば己が死ぬ方がいい。


 いずれ後世がその解決方法を見つけるだろう。


 箱から聖具である剣を取り出す。

 敬虔な気持ちでそれを見つめていた時。

 上から場違いな音が聞こえた。

 重力にしたがって、なにかを破壊するような音。


「いててててて」


 ため息をはくと、音の方向に振り返る。


「君、死んだんじゃなかったのか」


 自分の声に含まれているのが、呆れか怒りか、もしかしたらほんの少しの喜びか。突き刺すようなものになってしまう。

 石のタイルに思い切り腰を打ち付けて、涙目でさする魔法使いがそこにいた。


「死ぬわけないだろ、敗けただけ」

「ああ、そう」


 心配して損した、そう嘯いた。





「なんの用だい、魔法使い?」


 シャルルの質問に、ハンスは床に座ったまま、いやそうに顔をしかめた。


「ふうん、死ぬんだ」


 全て見透かしたかのような静かな口調だった。

 シャルルは唇を吊り上げてみせる。


「白雪には穏やかで立派な最期だったとでも伝えてくれ」


 後処理をしている最中も、ここに来る前も、彼女に会うつもりはなかった。時間の余裕はなかった。そして、それ以上に会うべき理由がなかった。

 ハンスはあぐらをかくと、肩肘をついた。


「起こしに行かなくていいの?」

「うそだろう、それ」

「ばれたか」


 ベっと舌を出す。

 シャルルは笑って言う。


「千年後じゃ、君は死んでいる。君は、おもしろいものは自分の目でたしかめずにはいられない。よって、君は嘘つきだ」

「なにそれ。見破られたみたいでやな感じ」


 この国から亡命する時、シャルルの父親はどこかから魔術師を見つけ出し、幼い姫に魔法をかけさせた。記憶を眠らせる魔法。やさしく、愚かな父の気遣いだったのだろう。たとえそれが人質相手でも父王はやさしくせずにはいられない人間だったのだ。


 魔女はのこのこと祭壇までやってきて、装飾をぐるりと見まわした。


「国民に国をちゃんと建て直すって約束したんじゃないの?」

「そうしたいのはやまやまだけどね」


 もう瓶は持ち堪えそうになかった。

 ミシミシと音をたて、今にも破裂しそうだ。

 シャルルにできることは、地下の聖堂に籠り、その身を捧げることくらいだ。

 ふと。疑問に思う。

 この魔法使いは、どうしてこんなふうにシャルルの元に訪れるのだろう。


「もしかして、君。僕のことが好きなのかい?」


 その質問に、ハンスは心底いやそうな顔をすると、腐ったものでも食べさせられたような声を出した。


「そうだよ。私はあんたのファンなんだ。前にも言ったじゃないか」

「たしかにそんな会話もしたな」

「うげえ」

「もう少し隠したまえ」


 おおかた、その好奇心を満たしにきたのだろう。


「蠅の王に付き従うつもりか?」

「蠅の王? あんたそんな上等なものじゃないだろ」

「巻き込まれるよ」


 シャルルの忠告に、ハンスが眉をあげた。


「一人は寂しいだろ。見ていてあげるよ」


 ハンスの口調があんまりにもやわらかく聞こえたものだから。

 その言葉に、ようやくシャルルは本音をこぼすことができた。


「……そうだな。寂しい。願わくば、死後の世界くらい、幸せに皆んなと再会できることを願うよ」


 ところが、あろうことか、ソルシエールはキッパリと言い切ってみせた。


「死後の世界はない」


 なんという残酷な突きつけだろう!


「あのなあ」


 思わずシャルルは文句を言う。

 ところが、ハンスは反論は許さない、とばかりにペラペラと御託をまくし立てる。


「あるのは魂の永遠の休息だけだ。お前という個は分解され、二度と現れることはない。失ったものは戻らない。欲しいものがあるのなら、痛みも、後悔も抱えたまま生きていくしかない」


 どこか感情を失った機械のような、事実をただ言うだけの調子に、シャルルは深くため息をつく。

 なんとなくこの魔法使いのこの先が心配になった。


「君がどう信じようと自由だけれども、人々が願う慎ましく優しい嘘を木っ端微塵にすることが魔法使いの役目かね? 魔法使いなら夢を見せろ」

「生を愚弄する嘘が慎ましいと。そんな甘い嘘を私に紡げと?」


 けんもほろろもない。


「そうだよ。それで救われる人間はいるだろう」


 どこともつかぬ宙を見ていたハンスが、この言葉に、急にくるりとシャルルを向いた。


「あんたは救われたいのか?」


 どこかとぼけた顔。

 シャルルはその時初めて、その瞳の色が茶色であることを知った。

 シャルルは穏やかに答えた。


「ああ。救われたい。僕には甘い嘘に惹かれてしまう人間の気持ちが分かる。僕のような優れた頭脳と、尊い血の持ち主でも、世界に絶望するのは案外簡単なんだ。最後に残った希望が、死後の幻想ならそれに縋るしかない」

「死ぬための嘘は嫌いだ」


 ハンスが言い切る。

 シャルルは気がついた。

 それが魔法使いの限界点であることに。惑わすことはできても、人の上に立ち、生きることはできないだろう。少なくとも、政治をやれるほどの器用さない。

 魔法使いは、政治家にはなれないのだ。

 少なくとも、この目の前の人物に限っては。

 どこか温かい気持ちになった。


「ならどうか、人を生かすための嘘をついてくれ。君ならできるだろう」


 ハンスが今にも泣きだしそうな顔をしたような気がしたのは、シャルルの気のせいだったかもしれない。


「遺言を残すのはやめろ」


 ふてくされた子供のように顔をしかめると、尋ねる。


「まあいいや。で、どうやって死ぬの?」


 シャルルは無言で祭壇の上の瓶を指さす。


「なにそれ」

「瓶」

「なんの? 毒物?」


 矢継ぎ早に繰り出される質問に、シャルルは呆れた。


「呪いの瓶だよ、君はもう、本当に存在がうるさいな」


 ところが、ソルシエールの方も同じように呆れた顔をしているのだった。

 あろうことかシャルルから瓶を取り上げて、こんこんと瓶を叩いてみたり、中を覗き込んだりしている。


「なんだこれ。いったい何人の命をこんなものにつぎ込んだんだ」

「『地獄の坩堝』の正体が分かるのか?」


 王宮の人間には分からなかったことも、この魔法使いなら分かるのかもしれない。


「名前なんてつけているのか? そんなご大層なことをするから、こんなものがとても希少なものに思えるんだよ。この容れ物はなんだろう? ガラス? 貴重なものなの?」

「そうじゃないのか?」


 思わずシャルルが聞き返す。

 ガラスが重要な要素なのだろうか。


「ガラス職人じゃないから知らない」


 聞いて損した気持ちになった。


「中に詰まっているのは……たくさんの人の魂と、それから、これは……元は悪魔だったものの残骸、か? この世のありとあらゆる醜いものが詰まっているじゃないか。あんたら、こんなもん集めてどうすんのさ。趣味悪いな」


 三百年の歴史に歯に物着せぬいいようだ。


「こんなものって言うな。集めているんじゃない、これは国の宝であり、呪いなんだ」

「ん?」


 シャルルはハンスに説明をしてやる。

 納得しなければシャルルの邪魔をしそうなのだから、仕方がない。


「生贄を求め、国に災いを齎したのはこの瓶だ。代々僕たち王家はこの小瓶に膝まづく事が求められていた。その瓶の機嫌伺いをしていた。この国を守るため、」

「ああ、そっか」


 だというのに、ハンスは途中で中断させる。


「……なんだ?」


 先ほどまでの穏やかな気持ちはどこへやら、先ほどまでとちがう種類の微笑みが思わず浮かぶ。

 ハンスは全く意に介した様子もなく、楽しそうに答えてみせた。


「ちがう。逆だよ。国に起こるはずだった災厄を瓶に閉じ込めていたんだ。生贄はその維持費だよ」


 そう言って注ぎ口から中を覗き込む。

 軽い口調なのに、言葉の意味は重かった。

 空気がひとつ、鈍く変わった気がする。


「……なに?」


 シャルルは思わず瓶を見つめた。

 表面には、今にも破裂しそうなひびが、うっすらと走っている。


「おやおや、異様に効率がいいぞ。この術式を作った人は天才だな。はあん、禁術を使ったな。禁術が禁止されているのは、それが実現可能か不可能かに関わらず、それが倫理に反しているからだよ。知らないのか?」


 ほんとうに、うるさい。


「分かってるよ」

「おや。おやおや。でももう限界だな。溜め込みすぎてひび割れている」


 今にも笑い出すんじゃないだろうか。


「話を聞け。とにかく、どうしようもないんだ。この瓶は僕が産まれるより三百年も前に作られたんだから」


 ハンスは瓶をとん、と祭壇に戻し、堂々と宣った。


「瓶を壊せばいい。呪いを解き放て」


 むちゃな要求をしているくせに、ずいぶん朗らかにものを言う。

 思わずシャルルは手で額を抑える。


「しかし、中には三百年分の災厄が詰まっている。それはどうする」

「どうしようもない。魔法使いでもどうしようもない。でも、悪いものを一箇所に留めている方が良くない。こんな澱んだもの、壊してしまえ。風が吹けば流れていく。それにもう、この国は一度壊れたじゃないか」


 それは、心のどこかが高鳴る提案だった。

 そして、同時にあまりに心が苦しい。

 苦し紛れに反論をする。


「人が苦しむ」


 ハンスは、その反論をものともしない。


「耐えきれないほど、あんたの民は弱いのか?」

「人は、弱い」

「そうだねえ」


 うんうん、とハンスが頷く。


「そして僕は民のことを守りたい」


 その言葉に、ハンスはまるで気色のわるいものでも見るように、シャルルを見た。


「そんなもの余力があったらやる事で、命をかけてする事じゃない。君主が守らなかったら守らなかったで、人は自分の足で勝手に立って歩いて行くよ。うまく行かなきゃ死ぬさ。民の方はもう、その道を選んだじゃないか。あんたが言ったようにね。あんたにどうして他人の人生に干渉する権利がある? 呪いを壊して因縁を断ち切れ。必要なら本当に新しい時代の象徴にでもなればいいじゃん」

「……勝手に押し付けようとしないでくれ」


 シャルルはなんとかして言葉を探す。

 だって、よくないはずだ。

 これは放棄してはいけないことのはずだ。

 しばらく、沈黙があった。

 焦れたようにハンスが言った。


「いいかげん、覚悟を決めろ。死ぬまで生きろ。いずれ死ぬ日がくる。それまで生きることを欲張れ」


 なんとか、反論しなくてはいけない。


「これを壊したら……、僕には、なにもなくなる」

「蹴られたいのか、あんた。私は、誰からも必要とされない人間とは契約できない。流れがないから。それが私を縛るものの一つなんだ。あんたを必要としている人間がいる。生きているものがいやだって言うなら、形見を持っているだろ」

「偽物だろう。君がそう言った」


 しまった、という顔をする。


「それが縁になるのなら、それと共に生きていけばいい。偽物と本物の境界線はあんがい曖昧だよ」


 とりつくように言った後、ハンスはその顔をキラキラと輝かせた。


「いいじゃないか。あんたのひしゃげた魂がどうなるのかを私は見たいんだ」

「君の個人的興味のために僕を生かそうってのかい?」

「そうだよ。他の人間には他の人間なりの理由があるだろうさ。あんたに縋ったピエールだけでは不足か?」

「だって、僕の所業は王族の人間としては、胸は張れたもんじゃない」

「まだ足りないのか。欲しがりめ」


 ハンスは、なにがあるかな、とつぶやいた。

 それから、じいっと瓶を見つめ、ん?という顔をする。


「この魔法……」


 また瓶を手にとり、なにやら眺めはじめた。


「ねえ、あんたの父親はこの瓶をどうしてたの?」

「……父上は、この因縁を断ち切ろうとした唯一の人だ。うまくいかなかったようだけど」

「そうなのか?」


 ハンスは首をひねる。

 それから、これは思いつきだけど、と言った。


「あんたたち一家、一度この国から逃亡しようとしただろ。人々がそう話していた。方向はゲルベ王国の方。ちょうど白雪が住んでいた方向だな」


 唐突な話題の転換にシャルルも首をひねる。


「それが……?」

「あんた自分のことに手一杯で、何も知らないだろ。白雪はさ、そこで小人たちと住んでいたんだ。これが変な子供達でさ」


 この話はどこへ向かおうとしているのだろう。


「差別か?」


 理解に苦しむ。

 ハンスは謂れのない謗りを受けたように、悲しそうな顔をした。


「ちがうよう。透けるように白い肌をしていて、背が小さい。妙に気になって、何日か観察していて気がついた」

「…………」

「魔力を吸収する体質をしているんだ。しかも魔力を循環させてクリーンなものにしている。空気清浄機みたいな性質だな。彼ら、元の国では天使って呼ばれていたらしいよ」


 なにが言いたいのか、なんとなく理解した。

 でも、そんなことが本当にあるのだろうか。


「なにが言いたい。父上が彼らの存在を知っていて、そこに向かっていたと? 知っていたなら問題が起きるより先にそこに向かったはずだ」



 あんなに愚かだと、

 優柔不断だと言われ続けた父親が正しいだなんて、

 そんなことがあるのだろうか?



「それが彼らがこの国にやってきたのは、元の棲家で迫害されたからなんだそうだ。それがちょうど革命勃発前後の時期らしい」


 どうしてだろう。

 必死に反論してばかりだ。

 まるでハンスがシャルルを生かそうとしていて、シャルルの方が死ぬための理由を探しているかのように。


「それでも、その瓶を封じるほどの力はないだろう」

「ないよ。でも、瓶を壊して残った悪意くらいはなだめる事ができるんじゃないか。それくらいには彼らの力は強い。彼らに郵便夫の仕事でも与えて、国中巡らせなよ」


 うんうんと頷く。


「彼らも、炭鉱で働くよりいいんじゃないかな」


 世界が塗り変わるような感覚がする。

 今まで正しいと思っていたものは、案外そうでもなく。

 心のどこかで正しくないと思っていたものは、そこそこ正しかったのではないか。

 まるで、シャルルの心の世界に敷かれているタイルが一枚一枚裏返されていくかのようだ。


 震える声が出る。


「父上は正しかったのか?」


 ハンスが間髪入れずに返事をする。


「そうだよ」


 きっと適当だ。

 ハンスの言うことは、なにもかもが適当なのだ。


「そうか」


 でも、シャルルがようやく答えたのは、そんな相槌だった。

 夢中になって瓶を手のなかで弄んでいたハンスが、シャルルの顔を見て、ギョッとした顔をした。


「え、なんで泣いてんの。こわ」

「うるさいよ」


 思わず肩をはたく。

 ばしんといういい音がした。




 その日、三百年ぶりに、瓶から魔法が解放された。


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