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神話!大乱闘!!!

 罪人たちは革命軍から、革命軍の手に渡る。

 馬から降りたシャルルは道を作った革命軍、国民衛兵、それから市民の間を通り抜けると、処刑台の元、まっすぐ、ジョンに近づく。

 意味ありげに視線をよこす彼に、シャルルは皮肉っぽく言って見せた。


「あの塔はさむい。暖炉に火を入れなければ僕はとっくに死んでいた。お前の過失だ」


 顎を負傷したジャンは言葉を喋らない。

 ただ、じっとシャルルを見つめるのみだ。


「約束は守るよ」


 シャルルが言う。

 それから、処刑台に上りピエールの肩をぽんと軽く叩くと、囚人の縄を断ち切って見せた。





 そのとき、大声が聞こえた。


「待ちなさい、ソルシエール! 行ってはいかん!」

「なぜです、王子よ」


 そのとき、人垣の中から掻き分けるようにして、裾の長いローブを纏った女が躍り出てくる。きれいな顔は悲壮に満ち、その片手で背丈の低い女児の手を引いている。


「なぜその男を助けるのです。その男は平等を理由に私の母を殺したものです。父を嬲ったものです」

「あなたは?」


 とっさにシャルルを囲む兵士の間から、シャルルが問う。


「無能な政治家を恨む者です。意味のない殺人を憎む者です。我々はその男のせいで親も姉弟も失った。その罪は裁かれるべきでしょう」

「シャルル。お下がりください」


 兵士の言葉にシャルルは首を横に振った。

 シャルルは応える。


「その通りだ。彼の罪は裁く。約束しよう。ただ、今このような事をしている場合ではないんだ」


 その答えに女は悲鳴をあげる。

 正気の沙汰とは思えない。


「これは王権への裏切りです、王子! あなたは先祖に顔向けすることができるのですか!」


 その言葉はシャルルの心を抉るものだろう。

 少し顔を険しくすると、それでも彼はそのよく通る声で言い切った。


「その通りだ! 王家はもう元には戻らない、しかし僕は王権を裏切ろうとも、国は裏切らない! 国を作るのはシステムではない! そこに住んでいる人間だ! 僕は国民と共に前へ進む道を探す!」


 それは兵士たちや市民たちの心に届くのには十分だった。再び歓声が湧き上がる。

 しかし、女は納得がいかないのだろう。

 女はシャルルに縋ろうとして、兵士に押し返される。


「あなたの目的は、父君の復活でしょう!」

「父はもういない! 復活することはない。僕らは、僕らの足で歩いていかねばならない」


 その言葉に糸が切れたように、女はふらふらと後ろに下がると、人垣にぶつかり、絶望したようにぶつぶつとなにかをつぶやく。手を引かれた女児は、振り回されている。


「ああ、……あなたは幼い時から家族と引き離され、受けた度重なる拷問によって変容させられてしまったのですね。壊れた器への説得は意味のない事でしょう」


 シャルルは痛ましそうに女を見ると、やさしく兵士に声をかけた。


「兵士たち。彼女は保護を必要としているようにみえる」


 シャルルの言葉に、兵士が女に近づく。

 しかし、女はふらりとそれを躱すと、


「王子、穴の空いた器に水は溜まらない。治療をする必要があります。そのためには邪魔を排除しなくては」


 虚な瞳でナイフを構え、自分が連れていた女児を人質にするように腕の中に抱える。

 周囲の人間から悲鳴が上がった。

 兵士たちが戦闘体制をとる。

 やめろ、と口々に説得する中で、


「ソルシエール。その子は弟子だろう!  やめるんだ!」


 最初に静止の声をかけた男が焦ったように声をかけた。

 女はいやいやをするように首を振ると、


「ここに贄を。『白百合よ、世界よ、流れを我が手の中に!』」

「いけない!」


 どこかからハンスの声が聞こえる。

 だれも動けなかった。

 その言葉の意味が分からなかったからではない。

 空気が凍ったのを感じたからだ。

 言葉にできない異様なものを肌が感じ取る。

 それがなにかは分からない。

 なにか、いやな流れがある。



 なにか、よくないものが近づいてきている。



 子供を人質にした女はほんの一瞬、女児に向けて痛ましそうな顔をする。

 そして。

 静止より先に、女は女児の首を搔き切ってしまった。



 鮮血があたり一面に円を描くように跳ね渡る。



 暴れていた女児は息をのむまもなく、ぐったりとした。

 女はどの遺体を地面に投げ捨てる。


「なんてことをするんだ!」


 悲鳴が上がる。

 いつのまにか、人垣と女の間に姿を現したハンスが、人々を庇うように手を広げると、叫んだ。


「逃げろ! さもないと取り込まれるぞ!」


 言い終わるか終わらないかの瞬間、飛び散った血が異様な光をはなち、それが周囲にいた人間を照らした。

 その光が収まった時、そこにいたはずの人間たちは、───いなかった。

 代わりにいるのは、女と異形の化け物。




 見上げるほどに大きい。建物二階分の高さ。いかなる生物と似ても似つかない黒いヘドロ。


「みんな、逃げるんだ!」


 シャルルの言葉を必要とするまでもなく、市民は一斉にその場から逃げ出した。

 軍隊に抵抗をする気概はあっても、これは本能でわかる。

 ぜったいに叶わないし、話も通じない化け物だ。

 女がすっと手をあげる。

 その先にいるのは、ジョンだ。

 それを合図に化け物は勢いよく飛び出した。

 逃げていく市民にはまったく構わず、人々を薙ぎ払い、圧倒的な力で押し潰し、進むと、国民衛兵に拘束されたジョンに向かって突進した。

 ジョンの前に立っていた衛兵がとっさにサーベルで薙ぎ払う。

 しかし、それはわずかに軌道をそらしただけで、ジョンの肩口にその異形の口でもって齧り付いた。


「ぐっ……」


 ジョンのうめき声。

 一瞬のち、化け物が頭を上げる。

 ジョンの肩から先、右腕が消えていた。


「喰わ……?」


 ピエールの口から困惑の言葉が漏れる。

 化け物が再度、その大きな口をひらいて今度はその抵抗する左脚を奪った。


「場所をあけて!」


 ハンスが立ち向かおうとする兵士たちを、退かせるとパチン、と指を弾いた。

 途端、化け物はなにかに弾き飛ばされる。

 そして、今度は人差し指をそれに向け、呪文を唱えた。


「『風よ、その邪悪な盾で混乱と服従をもたらせ』」


 疾風が起きる。

 それは、すぐさま、化け物を切り裂いた。

 いくつものカケラになったヘドロが、地面に降りそそぎ、地面に打ちつけられる。それらは地面でビチビチと跳ねた。


「だれでもいい。負傷者の手当を! 代議士は生きているか、……くそっ」


 兵士が、救いを求めている。



「物騒なことしちゃってまあ」


 ぼやくハンスがソルシエールと呼ばれた女と対峙する。

 逃げそびれたツレの男が、


「なんてことを……」


 と蒼白な顔でつぶやいて呆然と地面にへたりこんでいる。

 それと同じくらい、女の顔も青白い。

 反対に、ハンスはどこか眠そうなとぼけた顔でソルシエールに歩み寄った。


「やあ、お招きどうも。遠路はるばる会いにきたよ。さて、招待の理由を聞こうか?」


 皮肉な挨拶に、ソルシエールも答えた。


「ようやく現れたか。魔法使いめ。とっとと姿を現せば、このような犠牲はなかったものを」


 正気を失った、獣じみた目でハンスを睨みつける。

 ハンスはまるで意に介した様子もなく、地面でのたうち回るかけらを一つ、拾い上げると、


「ははん、なるほど、魔法使いの命を使って反魂の儀式をしようとしたのか」


 と呑気に言った。

 この混沌の中で、一人余裕を見せている。

 それは混沌に身を堕とすより、よほど異質だ。


「今回はうまくいかなかった。なら、成功するまで試し続けるだけだ」


 その言葉に、ハンスはつまらなそうに鼻を鳴らすと、告げる。


「残念だな、いかなる者の魂を使っても、死んだ人間は蘇らない」


 ソルシエールは唾を飛ばして、


「ウソをつくなっ」


 ハンスはほんの少し、憐れむように目の前の人物を見ると、歌うように言う。


「必要なのは、魔法使い一匹、男児の胃腸、女児の鮮血。まず、ローズマリーにカルダモン、ヒキガエル三匹の肝を混ぜ、そして、」

「お前だって知っているじゃないか」


 勝ち誇ったように言う女に、魔法使いは静かに返した。


「だれからその話を聞いたんだ? その人間は教えてくれなかったのか? 最後に混ぜるのは『魔女殺し』だって」


 ソルシエールの瞳が徐々に、こぼれんばかりに大きく見開かれる。


「魔法使いの間の愚かなジョークだよ」

「うそだ……」


 しかし、疑念を拭うことはできないのか、声に先ほどまでのたしかさはない。


「ウソなものか。これは手を出してはいけない領域であると同時に、叶わない領域なんだ」


 信じたくないのだろう、女は叫ぶ。


「こちらは信頼できる筋からそれを聞いた。どうやってそれを信じろと……」

「魔法使いの命にかけて宣言してもいいよ」


 ハンスがため息をついて答える。

 それは、魔法使いの最上の宣言だった。

 ソルシエールもそれを知っていたのだろう。絶望したように黙り込んだ。


「だれを生き返らせようとしたんだ?」


 ハンスは問いかける。


「…………」

「そうだね。だれでも同じことか。あんたの願いは叶わない。残念ながら」


 ハンスの手の中で暴れる物体を握りしめると、そのカケラは変な汁を出して動きを止めた。

 それをぽいっと放り投げ、ソルシエールを指さす。


「降参するといい。そこのおじさん、この魔術師をつかまえろ」


 様子を眺めていた国民衛兵に言う。

 言われた方は瞬間的に不服そうな顔をしたが、結局、なにも言わず、言われた通りに捕縄を取り出した。

 ところがソルシエールは、ハンスを睨みつけたままだ。

 その瞳は、最後の抵抗を試みるというものではない。希望はまだあると、獲物は目の前だと物語っている。視線は一切ぶれることなく、ハンスに固定されている。

 ハンスは諭すように言った。


「あんな中途半端なものでも、生きものを生み出すのは、とても力がいるだろう。あんた、壊れかけている。それ以上、魔法を使ったら死ぬよ」

「構いません」

「そりゃあんたは構わないだろうけど」


 肩をすくめる。


「私が困る。聞きたい事があるんだ」

「殺す程度なら問題ないと? 見くびらないでください」


 そして呪文を呟き始めた。

 しかし、すぐに眉をひそめる。

 うまく魔法を発動できないでいるのだ。


「どうして……」


 動揺するソルシエールにハンスはにやりと笑いを浮かべた。


「やっと効き始めたか」


 ハンスは一気に距離を詰めると、その拳をふるった。

 ぱしん。

 頬を叩く乾いた音がする。


「なぜ……」


 ハンスのひょろひょろの体格から一撃など、痛みというより衝撃なのだろう。ソルシエールはただ、呆然と目を見開いた。


「お返しだよ」


 そして、ポケットから『魔女殺し』の空き缶を取り出してみせたのだった。

 ぽい、と地面に空き缶を捨てる。


「魔法使いだって、魔法以外を使うことができる」


 そう自慢げに言ったハンスに、ソルシエールは懐からナイフを差し出すと、それを振り翳した。

 ナイフは真っ直ぐにハンスの胸に突き刺さる。


「魔術師だってそうだ」


 憎しみに満ちた顔で、ハンスを睨みつける。

 ハンスは痛みで顔を歪めると、


「これであんたに武器はなくなった。……でも、やられたな」


 直後。

 口から大量に血を吐き出す。

 それから、その体は弾けて消失した。


「消えた。死んだ……?」

「その女性を捕まえろ!」


 戸惑う兵士はシャルルの声で、ふたたび動く。

 そのすぐ後、ソルシエールは兵士に捕縛された。


ほとんど書き終わったので、しばらく頻繁に投稿しますっ

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