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強敵なお姫様たちは今日もうるわしい・改改  作者: のらりん目
君は君。笑わない王女編
28/65

プロローグ:ヤナギランの魂送り

 見渡す限りどこまでも広がる丘陵。

 薄紅色のヤナギランが咲き誇っている。

 辺りには甘い香りが漂う。

 穏やかな陽の下、そこでオオカミの毛皮を纏った一人の少年と少女が花摘みをしながら、話し合っていた。


「ゲルダ、魂送りは無事に終わった?」


 少年が少女に尋ねる。

 つい先日、少女の姉代わりのオオカミが死んだばかりだった。愛情深く、懐の広い雌オオカミで、その眩いばかりの白い毛皮がとても美しかった。彼女は密猟者の罠にかかってしまい、発見した時にはもう息も絶え絶えだった。せめてもの行いとしてこのオオカミを運び、最も親しかった彼女の家で見送ったのだ。


 少女は花や葉、茎をぷちりぷちり、もぎりながら、ふう、と息を吐き出した。それぞれが持ってきたカゴにはヤナギランが半分ほど溜まっている。

 返事をする。


「ちゃんと終わったわ。ねえ、カイ。やっぱり、痛かったかな」

「さあ。どうだろう。でも、怖くはなかったかもしれない。君がそばにいたから」

「魂は空に還ったかしら」

「きっと、見守ってくれているよ。そしていずれ、巡ってくる」


 少年はそんな慰めを口にした。


「うん。……あたし、忘れないわ。一緒に藁の上で眠ったこと、追いかけっこをしたこと。あの子があたしにとって、トクベツなこと。人生が終わる最期の瞬間まで、きっと、忘れない」

「うん。そうするといいよ」


 二人はそれから、無言で作業を続けた。

 少女は、もうすぐ村で祭りが行われることを思い出した。獲物に感謝し、森が豊かであり続ける事を祈る祭りだ。祈りや願いは力になるのだという古から伝わる伝承に則って、天に彼らの生活が安泰であるように希う。

 その祭りの最後には、村人全員での踊りを行うのだった。そこで未婚の若い男女が共に踊ることは、彼らがその晩、共に過ごす事を意味していた。


 ふいに、少年が口を開く。


「ねえ、ゲルダ。今度の豊饒祭、一緒に踊ってよ」


 へ、と少女が少年を振り向くと、彼はその頬を真っ赤にして少女を見つめていた。

 その熱が伝播して、少女の頬も熱くなる。


「い、いいけど」

「ほんと!? 約束だからな!」


 少年の顔は嬉しそうにくしゃくしゃになった。

 少女は照れ臭くなる。


「で、でも、ちゃんと可愛い花かんむり作ってくれなきゃ承知しないからね」


 だから、そんなツレない事を言ってしまう。


「わーかってるって」


 少年は赤い顔で頷くと、


「今はとりあえずこれを」


 少女の耳元にヤナギランの花をかけてやる。


「ふふ、ありがと」


 少女が耳元に手をあててはにかむと、そのまま少年の手を握る。

 彼の手は小指が欠損していた。幼少頃の事故によるものだ。少女はそれすらも愛おしく感じ、その手に頬ずりをすると、そっとないはずの小指を撫でた。


「くすぐったいよ」


 少年が笑う。

 外から嫁いできた母親を持つ故に、村では珍しい金の髪がサラサラ揺れる。

 その朗らかな笑い顔も。

 その声も。

 少女にとって、特別だった。

 ずっと、この時間が続けばいいのに。

 少女は思った。

 その時。

 この季節にしては珍しく、冷たい風が吹いた。

 空模様が灰色になり、急に怪しくなる。


「そろそろ戻った方がいいかな……?」


 二人は顔を見合わせた。

 しかし、草原を出るか出ないか、そんな辺りで二人は一歩も先に進むことができなくなってしまった。

 急な霧で視界が覆われてしまったのだ。

 気温が急激に低くなる。


「おかしい。この時期にこんな天気になるなんて」


 少年が険しい顔をして辺りを見回す。


「とりあえず霧が晴れるのを待つしかないわ。暖をとりましょう。枯れ木を集めてくるわ」

「そうだね」


 二人は互いに遠くに離れない事を約束して、それぞれ枝を拾いに行った。

 枝を集めながら、少女はふと耳にかかった花の存在を確認し、微笑みを浮かべた。

 それから、少女が両手にいっぱいの枝を抱えて元の場所に戻ろうとした時。悲鳴が聞こえた。すぐにそれが少年のものである事に気がつき、枝を地面に放り投げて彼の元へ向かう。


 果たして彼は、そこに居た。

 虚ろな目をして空を見つめ、何事かぶつぶつと何か呟いている。


「ね、ねえ。カイ! どうしたの?」


 少女は必死に少年を揺さぶるが、彼はなんの反応も示さなかった。

 それどころか少女の腕を振り払い、まるで引き寄せられるようにどこかに歩いて行ってしまう。

 まるで彼女の存在自体が目に入っていないかのようだ。


「待ってよ!」


 必死に引き止めようとするが、少年は耳を貸さない。

 ズルズルと引きずられるようにしていた少女は、少年の向かう先に人がいるのに気がついた。


『おいで……』


 女性の声が、囁く。

 霧の向こうで手招きをしている。

 相手の顔が見えるほどの距離までやってきて、少女はハッと息を飲んだ。

 冷たいその顔は、少女が見たことのないほどの怜悧な美貌だったからだ。

 色素の薄い髪に、どこまでも見通すような薄い青の瞳。

 こんなに美しくて、そして冷たい顔をした人間を少女は知らなかった。

 臆する心を制して、少女は声を張り上げる。


「あなたね、こんな事をしている人は。カイを放して!」


 しかし、その訴えも虚しく、何が起こったのか、急激な眠気が少女を襲う。崩れ落ちる体で必死に少年を掴もうとするが、それは効果をなさず、結局少女は地面へと転がった。


 待って、そう言いたいのに、声が出ない。

 眠気にどうしても逆らうことができない。

 瞼が閉じ切る寸前。

 少年が相手の手をとるのが見えた。



 次に目を覚ました時、霧はすっかり晴れていた。

 そして、彼はどこにもいなくなっていた。

 それきり、この少年は消えてしまったのだった。

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