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強敵なお姫様たちは今日もうるわしい・改改  作者: のらりん目
君が好き。シンデレラ編
20/65

18 余計なお世話

 どれほどの時間が経っただろうか。

 もはや喋るものはいなかった。

 喋ったところで解決策は見つかりそうにもない。外に出れば闇に呑まれる。ただじっとしているだけなのは、案外こたえるものだ。


「どうして、ここは侵略されないんでしょうな」


 ソファに腰掛けたオーギュスターブ警部が声を出した。

 どうしたわけか彼らは無事だった。


「結界が残っているのかもしれませんね」


 警部の近くで、なにやら考え込んでいたアーノルドが小声で応える。

 それに異を唱えたのはピエールだ。彼は窓の外をじっと見つめる。


「いや。魔女ごろしが使われた以上、それはないだろう」


 赤ずきんは大きなリクライニングチェアに深く背を預けて、目を閉じている。起きているのか寝ているのかする判然としない。力の抜けた人形のようだ。

 突然、彼の手首に巻き付けられていた組み紐が切れた。

 縄がすり落ちていく、かすかな感触に赤ずきんがその目をそっと開いた。


「……」


 その大きなガラス玉のような大きな瞳がじっと、地に落ちた縄を見つめる。

 それに気がついて警部が、組紐を拾ってやった。


「君みたいな子でもこういうのつけているんだな。しかし地味な色だな。他の色でもよかったんじゃないか?」


 ほれと、差し出された手から、赤ずきんは組み紐を浚う 。


「礼くらい言いなさい」


 と警部は苦い顔をした。

 赤ずきんは無言のまま、素早い動作でナイフを一本取り出す。それを、オーギュスターブ警部の頬すれすれに投げつけた。とん、と軽い音を立てて、背後の壁に突き刺さる。

 突然の暴挙に、場が凍りついた。


「ねえ、だれ?」


 その感情の篭らない目が、その場にいる人間をじっと見つめた。

 アーノルドが腰を浮かせる。


「や、やめなさい」


 警部が両手を上げて、なだめようとする。しかし、それが却って赤ずきんの怒りを買ったらしい。だん、と床を踏み鳴らす。


「やめなさいと言っただろう! 大人に従えないのか!」


 それに激昂した警部は、威嚇するように声を張り上げる。

 赤ずきんは冷ややかに警部を見つめた。


「静かにして。うるさいな」

「人に向かってなんて口を…」

「呪いがエラさんのものでも、他に魔法を使える人がいるんだよね? だれ?」

「やめなさい 、赤ずきん」


 アーノルドが止めようと一歩踏み出すが、赤ずきんは全く動じなかった。それどころか、一歩分余計にオーギュスターブと距離を詰める。


「近づかないで。おれが猟師なの、知ってるよね。得物はこれだけじゃない」

「だ、だからと言って内輪揉めを起こしても問題は解決しないぞ」


 流石に赤ずきんが本気であることが伝わり、警部が狼狽えるが、


「おじさん、実は魔法を使えるんでしょ。それを隠すために魔女ぎらいのフリをしてたんだ」


 断定するような言い方に、警備は慌てて首を横に振った。


「ち。違う」

「どっちでもいいよ」


 緊張が走る。


「匂いでわかるんじゃないか?」


 そう口を挟んだのは、座り込んで静観を決め込んでいたピエールだった。


「君は嗅覚に優れているんだろう? この中に魔法を使った犯人がいるのなら匂いを嗅ぎ分けられるんじゃないか?」


 オーギュスターブをじっと見つめたまま赤ずきんが答える。


「ここは、花の香りが強いんだ。それが全てをかき消している。……ここにいる全員を捌いたら、魔法は解けるのかな?」

「より複雑な状況に陥るかもしれない」

「それは、試してみなければ、分からない。試さないことに、可能性なんてないんだ」

「君に取り返しのつかない失敗をさせるわけにはいかない。魔女が悲しむぞ」

「悲しむ?」


 赤ずきんが魔女そっくりに首を傾げた。


「そうだ。あの魔女が気に食わない相手をそばに置くと思うか?」

「関係ないよ。関係ない」


 赤ずきんが首を振った。


「人間は死んだら、なにも考えない。感じない」


 赤ずきんがじりじりと警部に歩み寄る。

 いまにも襲いかかろうとした時。


「赤ずきん、この暴れん坊」


 真後ろから聞き慣れた声がしたと思ったら、ふわり、と赤ずきんは後ろから抱きしめるように拘束された。ひんやりした手が赤ずきんの目をふさぐ。

 ナイフをつかんだ腕もそっと掴まれた。


「し、師匠…」

「ダメだよ、愛しい子。君なら人殺しなんかより、もっとむずかしくて、もっとすてきなことができる。こんな短絡的で、だれにでも出来ることはするもんじゃない」


 耳元で囁かれる。

 嘆かわしい、と眉根を寄せるソルシエールに、唐突に後ろから抱きすくめられて押し黙っていた赤ずきんは、身を振り払って向き直る。

 怒鳴り声をあげた。


「…師匠のバカ! どれだけ心配したと思ってるんだよ!」


 とん、と床に着地したソルシエールは今気がついた、というように、ぐるりと目を一回転させて思案する。


「え…、ごめん」

「ほんとだよ! 怪我はない?」

「とくに…、いてて、触らないでよ」

「頭にたんこぶできてんじゃん!」

「いたいって!」

「どうやってここに来たの?」


 傷口にぐいぐい触ろうとする赤ずきんを避けて、胸を張る。


「組み紐を辿ってきたんだよ。一回きりの魔法。でも役に立ったでしょ?」


 などと誇らしげに言うので、赤ずきんはますます怒りを募らせた。

 怒りに任せて言い放つ。


「当分口利きたくない!」


(おまけ・その18)


「きっと刑事さんには分からないわ」


 魔女が相棒の首筋に腕を絡ませる。

 そして、まるで睦言でも囁くかのように甘い声を出した。


「だって、彼。あまりにも真っ当だもの」

「そうかな。でも…、」


 なにか言いかけた相棒の唇に人差し指で触れて、止めさせると、魔女がこちらに向かって微笑んだ。


「正義の味方の刑事さん。たった一人になってしまったわね。二対一じゃ、分が悪いわ」

「…」


 じっと魔女の双眸がこちらを観察する。

 まんじりともしないのに、飽きたのか、ふう、と息を吐き出した。


「ねえ、とっておきの秘密を教えてあげるわ、刑事さん。わたしの可愛い天使たちはね、薬を摂取しないと夢を見続けられないけれど、夢を見るには魔法が必要なのよ」

「…その魔法はどうすれば解ける?」


 恫喝するような詰問に、魔女はにやあと唇を釣り上げた。


「それはね、刑事さん。悪い魔女を退治するの」


 暗闇でも見て取れる真っ赤な唇が、そう告げた。


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