05
頭の中の情報が飽和してきた、ふて寝したい。
なんて、ちょっとぼんやり現実逃避をしていたら、
「前世でハーレムルートを突き進んで公爵令嬢を無実の罪に陥れ、その冤罪が露呈して処刑されたヒロインから転生され「それはないから!」
思わず立ち上がって、テーブルを両手でバァン!と叩く。
「ハーレム!ルートなんて!私の人生で!選択することなんて!絶対!ありえませんから!」
「……あ、ハイ。すみません」
私の勢いに慄いたメイドさんは、椅子に座ったまま仰け反る。
メイドさんの様子に我に返った私は、しまった、と思いながらゆっくりと腰を下ろした。
二度と来れない、この店。恥ずかしい。いや、貴族御用達のお店なんてもう来ることもないだろうけど。
「……前世で『悲劇の悪役令嬢に転生してしまったので、BLを広めて私好みに住みやすくしたいと思います 〜布教活動は貴腐人たちで〜』を読んだことがある、単なる一般市民です。私は『小説を読んだ人物』としての記憶以外の記憶は持ってないですし、乙女ゲームそのものを遊んだ記憶も、一度転生してハーレムルートを押し進めた記憶もないです」
「……そうですか。……と、言うことは私達と一緒、と言うことですね」
彼女は、私の言葉にうんうんと頷きながら答える。
「私達、お嬢様と私も『悲劇の悪役令嬢に転生してしまったので、BLを広めて私好みに住みやすくしたいと思います 〜布教活動は貴腐人たちで〜』を読んだことのある『転生者』です。貴女が小説と同じようにハーレムルート選ぶのであれば、私達は阻止するように動くつもりでした。と、言うか現在進行系で動いております。そうでなくては、小説の題材になった乙女ゲームの結末のように、お嬢様が断罪される可能性もありますから」
つまり……と、私呟く。
「タイトル通り、BL小説を量産しているんですね?」
「………………そうです」
メイドさんはとても辛そうな表情を浮かべた。
おや?と思う。
メイドさんって作中では、お嬢様の才能に傾倒して、第一のファンになるとかじゃなかったっけ、と。
コホン、とメイドさんは取り繕うように咳払いをすると、話の本筋を元に戻した。
「ところが、今年になって挙がってきた『聖女』認定者のリストに、貴女の名前がありませんでした。お嬢様と私はそれを見て……貴女がハーレムルートを回避するために、『聖女』認定の儀式をどうにかして回避したのではないか、と考えたのです」
「なるほど、こちらも小説の知識がある『転生者』だと思ったわけですね」
メイドさんは頷く。
「ええ、その上ハーレムルートを回避しよう、ということは、小説本来のヒロインのような性根ではない可能性が高い……つまり同じ『転生者』として、そして常識人として協力体制が取れるのではないか、と考えたのです」
「お互いハーレムルートや断罪ルートを回避しあい、平和な日常を送れるように、と?」
「そういうことです」
いかがですか?とメイドさんは首を傾げて私の意向を確認してきた。
つまり、私が当初掲げていた目標のうちの二つ目、『悪役令嬢にも近寄りません(眺めることができるなら遠目から眺めます)』の部分を『悪役令嬢と協力します(近くから目の保養できる可能性有)』に変更するということか。
私は頭の中で、その状況になった場合の今後を簡単に思案してみた。
あれやこれやと私が考えている間、メイドさんは気を使ってくれているのだろう、静かにお茶を飲んで待ってくれている。その姿は先程も感じた“小説にあった挿絵通り”の、楚々とした落ち着きのある美少女だ。
そして恐らく、悪役令嬢も。
「……その、私の安全を確保していただけるなら、お互いが平和に暮らすための協力をすることは惜しみません」
「本当ですか?」
メイドさんは、飲んでいたお茶のカップをそっとテーブルに置くと、嬉しそうに微笑んだ。
とても素敵な笑顔だ。
「とても助かります。同郷の人が増えるだけでなく、それが常識人だなんてとても嬉しい」
……んんん、さっきも思ったんだけど、変な言い方をするなぁ……。
まるで、もうひとりのお嬢様が常識人じゃないような言い方。
いや、待てよ。
「もしかして、悪役令嬢に転生された方は、小説作中の転生した悪役令嬢と同じようにBLがお好きなんですか?」
「…………………………そうです」
メイドさんは、たっぷり十秒くらい言いよどんでから、目を逸しつつ答えた。
「もしかして、メイドさんご本人は、前世でBLがお好きでなかった?」
「……あの、ヒロインさんは、BLがお好きですか?」
質問を質問で返されてしまった。まあ、さっきからの態度を見ていると答えはわかるんだけど。
「好きも何も、『悲劇の悪役令嬢に転生してしまったので、BLを広めて私好みに住みやすくしたいと思います 〜布教活動は貴腐人たちで〜』なんてタイトルの本読むとしたら、最低限の興味があるからだとは思うんですが」
まあ、実際の内容には『悪役令嬢がBL本を作った』って言う行があるだけで、悪役令嬢本人は、婚約者だった金髪碧眼王子様とヒロインの断罪後に、側室腹の王子様と結婚して将来王妃になる、ノーマル恋愛ものなんだけど。
だからタイトルに『BL』って文字があっても、悪役令嬢ものにハマってたノーマル好きの友人は、恐る恐る読んでたっけ。
確か、彼女は腹黒側室腹王子と悪役令嬢のカップリング押しだったよなぁ。
そう言えば、スリから助けてくれた金髪碧眼王子様は、ヒロインと一緒に断罪されて北の塔に幽閉されるんだっけ、可哀想に。
「つまり、メイドさんはBLが苦手なので、BL好きの悪役令嬢がBL小説を広めるのを止めることに協力して欲しいと?」
「そもそも、ヒロインさんがハーレムルートを走ろう、王妃になるために断罪イベントを起こそう、などと考える方でなければ、生き残るためにとBLを広げる必要はないはずです。なのに、小説のご令嬢よりも激しい内容の、コアなカップリングを続々製造してしまって、……世の貴婦人方にドン引きされつつあるんです……」
「ああ……ガチムチ男子と初老男性かハゲとヒゲとか、そういう」
「そうなんです……よくおわかりで!」
メイドさんはコクコクと頷く。
ああ、私のBL押し友人もそうだったそうだった。
私自身もちょっとだけ一般的な趣味嗜好とは違うから、人の好みを否定する気はない。
とは言え、この世界のBL初心者の貴婦人たちには、刺激が強すぎるだろうなぁ……。ああいうのは段階踏まないと。
段階踏まずに読まされたもうひとりの友人が、毛嫌いする羽目になったのも懐かしい思い出だ。
……うん。
「あー、あのー、私からの質問なんですが」
恐る恐る片手を上げながら、メイドさんに質問してみる。
「なんですか?」
メイドさんは、嘆くのを一旦止めて私を見つめた。
本当に、とっても好みなお姿なんだけどなぁ……。
「お二人のお名前、“田中清海”と“松崎玲香”って言いませんか……?」
メイドさんは目を見開いた。
「まさか」
「私の名前は、“吉田ほのか”と申しますが、聞き覚えは」
「………ほのかっ!?」
ガバっとメイドさんが私に抱きついてくる。
ああ、これは……間違いなく、
「れーちゃんなのねぇ……」
れーちゃんは私に抱きついた状態で、ガンガン体を揺さぶってくる。ごめん、ちょっと三半規管に響いて酔いそうなんだけど。
「ほのか助けて!馬鹿キヨを止めてー!」
「れーちゃん、ここ貴族御用達のカフェ……」
少し離れたところから、白い目を向けながらコホンコホンと咳払いする店員さん。
そのうち、笑顔で追い出しにかかられる気がするんだけど。
なるほど、悪役令嬢とメイドさんは、私の悪友二人でしたか……。
ぐっばい私の理想、ようこそ現実。
まあ、でも二人と出会えたのなら、なんとかなるかな、この世界も。
最悪ルートを避けれそうな予感と、憧れにちょっとがっかりした気持ちと、追って来るように湧き上がるよくわからない暖かい気持ちと。
そんな複雑な気持ちを混ぜ混ぜしながら、メイドさんことれーちゃんの肩をポンポンと叩いて落ち着かせると、今までになく、これから先のことを考えるのが楽しくなったのでした。
「あ、ねーねー、れーちゃん。キヨちゃん私じゃ止まらないよ?知ってるよね?」
「……………………」
ここまでお読みくださいまして、ありがとうございました。
もしもここまで辿り着いてくださった方が一人でもいらっしゃったら、とてもとても嬉しいです。
2021/1/31追記
この05をラストとしてUPしていましたが、次話を追加させていただき、それを持って完結させていただきました。
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ある日のパジャマパーティーにて。
「そういや、なんで私に悪役令嬢ものをオススメしてきたの?」
「だって、一人でハマるのって寂しいじゃん」
「……あー、キヨちゃんらしいわ」
「私達には、カップリング違いという深い溝がありますけどね」
「え、BL良いじゃん」
「貴女のその思考のおかげで、私は意識が刷り込まれたのですけれどね……」
別日のパジャマパーティーにて。
「最近、私の一押しは腹黒側室腹王子×軟弱ざまぁ王子のSえ」
「それ以上口に出していうなぁぁぁぁぁーーーー!」
「私の押しは消えた……(メイド×悪役令嬢)」
「私の押しだって儚く消えたわ……(腹黒側室腹王子×悪役令嬢)」
「儚くなってないよ、キョウレツになってるよ」
「……………………(さめざめ)」